第37話 木刀を作ろう!



 朝。

 もう朝か。

 太陽が寝ぼけた頭を覚醒させてくる。二度寝してしまわないうちに、さっさとベットから出て、身体を伸ばし出す。

 柔軟を終えると、部屋から出た。


 木でできた手すりを掴んで、まだ慣れない階段を降りていく。


 まだ七時だ。



 真夜中に起きるの覚悟してたけど、結構起きるの遅かったな。

 なんで、誰も降りてこうへんのやろ?


 誰もいない広間を見渡して、私は息を吐く。


 井戸の方行って、自然の音でも聞いとこ。




 家の庭。

 たくましく生きてる雑草たちの上に一人寝転がる。

 井戸の下で流れる水の音に少しだけ癒される気分だ。

『音聞き』を発動させて、じっくりと聞き取る空間を広げて行く。それはもう感覚としか言えないもので、ローグのスキル教官であるジアさんが、言葉で説明してくれなかった理由がよくわかる。


 鳥の声。何の鳥やろ? どの辺にから聞こえるんやろう。


 風の木々を揺らす音。枝葉が擦れる音って、なんでこう落ち着くんやろうな。


 町に流れる川の音。人の声。



 薄目を開ける。


 結構広くなったな。

 スキルって、いくらくらいで覚えれるんやろ?

 覚えても使えんスキルとかもあるみたいやし、お財布と相談しつつ。どういう場面で使えそうかを考えつつ。慎重に選ばんと。


 次行った時リスト書いてって言ってみようかな……。


 でもまぁ。最初は探知極める気で……えっと、空間と勘やっけ? あれを覚えるか。

 何気にゴブリンに探知潜り抜けられたことがまだ悔しい。


 攻撃系は雷とパパに任せて、補助する方へ回るべきやと思うし。

 ゴブリンくらいなら、攻撃スキルなくても倒せるしな。



 すぅ。




「――――い。留美」


 …………んぁ? ……いつのまにか寝てた。

 呼ばれた声に反応して目を開ける。薄目で体を起こす。


 声をかけて来たのは雷だ。


「なにぃ?」


 目をこすりながら聞くと、雷は立ったまま少し目を逸らす。

 言いづらそうで、なんとも言えない表情をしている。


 珍しー。

 あくびを一つして立ち上がる。


「今から二人で、ゴブリン退治行こうや」


「……却下。二人は無理、四人で行こ」


 留美の強い否定に、雷はビクッと後ずさる。



「でもさ、ママもパパも行く気ないし……」



 焦る気持ちは失敗の元や。過度の緊張は失敗の元や。今この場での失敗は死や。

 これからを左右する局面に来てる。絶対に間違えられへん。慎重にいかな壊れてしまうかもしれん。


 人のことを言えないのは承知の上だが、留美は決めていた言葉を発言する。


「そんなん説得するしかないやろ。ママもパパもわかってると思うで。後回しにするのも限度があるって。実際お金もそんなにないし」


 わかってて、気持ちの整理と覚悟を決める時間を必要としてる。



「お金あとどれくらい?」

「昨日みんな何食べた?」

「いつも通り、銅貨五十枚のやつ」


「じゃぁ、残りは銀貨十四と銅貨五十くらいちゃう?」


 そういや、留美はゴブリンの肉と木の実しか食べてないわ。…………お腹すいてきた。

 雷が私の腕を引っ張っていく。


「ゴブリン行くぞー!」

「留美あんまり今日行く気ないんやけど……」

「は? 行くぞ」

「説得できたらな」




 広間。九時。


「パパ—、ママー。ゴブリン倒しに行こー」


 雷は広間に入るなり、椅子に座ってる両親に声をかける。軽い調子で言った雷に対して、ママはため息交じりに返す。


「だから、今日は止めとこって」

「なんで?」


 頭痛がするのか頭を押さえてママは黙ってしまった。

 パパは寡黙な方だが、いつもにもまして口を固く閉ざしている。


 踏ん切りがつきそうにないか。

 留美が。留美が何か、後押しをしないと。お金に関わることしか思いつかん! 

 大丈夫でも、安全でもないし、できれば行きたくないっていう空気を変えるのはムズイ。



「ちなみに、お金が銀貨十四枚な。……詰めてもあと、七日くらいで一文無しになる。自業自得かもしれんけど留美の服とかも穴開いたままやから、新しいの欲しい。タオルも欲しいし。歯ブラシも欲しい。トイレットペーパーとか、ランプオイルとか、櫛とか、時計とか、他にもいろいろ欲しいもんある。消耗品もいつまで持つか分からんからなぁ」

「そうそう! どうせいかなあかんのや!」


 あれ。恐怖煽っただけな気がする……。



「でも、……今日はちょっと」


「そうやね。留美は今日じゃなくてもいいと思うよ。準備期間って必要やし。今日か明日か。あまり伸ばしても怖いだけやし、早めに行こうってのは思うけど」

「裏切ったな!」

「裏切ってへんわ」


 留美は椅子にもたれる。


「今日はあんま行く気ない言うたやろ」



 それにちゃんと今日か明日って限定したやん。

 雷が刺された時を思い出したのか、顔色が悪くなった。


「ママ調子悪いん?」



「……ちょっとな」


 確かに顔色悪い。

 精神的なストレス? 頼むから、病気とかにならんといてや。病院なんていくらするかわからんし、あるかすらもわかってない。お金もないし、しんどくなるのは見てるだけで、こっちまでしんどくなる。

 ……健康でいてくれ。健康が一番や。


「体調が悪いんなら今日はあかんな」

「えー」


 不服そうに口をすぼめているが、反論がないことから今日は行かないという結論に至ったと思っていいだろう。

 でも明日もこの調子やったら? これからもこんな反応が続くのなら、いっそ二人で行く?


 前衛二人やし、一匹のを見つければ余裕を持って倒せるはずや。

 ポーションもあるしな。



 ママ。あんまり狩りに行くの拒むと、雷と留美二人で行ってくるから。早く体調治してな。……言えへんわ。

 こんな卑怯な言い方。嫌われたくないし、ママも傷つくかもしれん。

 でもこうでも言わんと、ズルズルお金が無くなるまで体調が悪いって言い続けそう……今はやめとこう。わかってるはずやし。



「雷。井戸から水汲むの手伝って」


「いいよー」


 この場所にいるのが気まずくなった私は逃げた。

 パパ一言も話さんかったな。


 皆で物理的に傷だらけになったらいいねん。ママもパパも刺されたくらい大丈夫やって分かるかな?

 一瞬よぎった物騒な考えを振り払う。



 バンッと雷が扉を強く閉めた。


「今日こそ行くと思ってたのに」


「ママ顔色悪かったし、四人で行く方がやっぱり安全や」


「だって暇やし」


 たぶん。暇だから、という理由だけでは無い気がする。

 雷なりの罪悪感を感じていたり、何をしたらいいのか分からないことが、焦りに通じているのだろう。

 こういう時は、何か打ち込めるものがあった方が気が紛れるよな。


 外の遊びは詳しくない。何か答えを……。暇を埋めるなら、体を動かす方がいいよな。……ならー。


「木刀でも作る?」


「はぁ? 無理やろ」


「なんで? 木を削るだけやん。木ならいっぱいあるし、失敗したらお風呂に使う薪行き」



 勝手に切ってもいい木なのか分からないが、一本や二本切ったところで咎められるとも思えない木の量がある。どちらかというと、二人で木を切る事ができるのかという方が問題だ。

 倒れてきた木の下敷きになった、なんて事故が起こらないことを祈る。特に雷。留美はスキルで避けれるし。



「木刀なら撃ち合ってもやーやー言われんやろ」


 同じ失敗は繰り返さない。


「……いや、無理やろ」


 雷はあまり乗り気ではないようだ。

 しかし思い立ったが吉日! こういう時に留美が無理矢理誘うのが通例だった。


「一回やってみよ。意外と出来るかも知れんし。何も損にならんやん。雷は暇潰せる。木刀作るか薪が増える」


「えー」

「やるぞー、おー」


「…………はぁ。やるか。……って事はまず木を切り倒すんか」


 当たり前のことを言った雷の言葉で、道具がないことを思い出す。

 倉庫に斧なんかあったか……? パッと見なかった気がする。奥に積むことはないやろうし。ないのでは……?


 一応探してみるも、ごちゃっと詰め込まれていて見つからない。


「雷、薪割り何でやってんの?」

「気合」

「しばくぞ」

「剣」


 剣か。


「斧とかどっかで借りれへんかな?」

「剣あるやん」

「お前さー、もし折れたりしたらどうする気なん?」

「そん時は、そん時って事で」


「……折るなよ?」


 剣を買うお金なんかないからな。

 留美のナイフ一本渡すとかなしやで。リーチ短いナイフで前衛とか怖すぎる。


「折れたら、素手?」

「ゴブリンの剣奪うとかは?」


「ねっちょりしてそう」

「偏見笑」


 楽観的というかポジティブというか。

 でもやる気になってくれたようで留美はひと安心していた。


 剣以外に道具はない。斧を貸してもらうのはちょっと無理。

 もし持っていたとしても容易に貸してはくれないだろう。知り合いもいないし。不便極まりない。


 やるか!



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