第33話 ゴブリンの個体差えぐいて



 今までとは違う動きに、私は戸惑いを隠せない。

 向かって来たゴブリンを避け、決して見失ってしまわぬように目で追う。ゴブリンはまた木に隠れるように移動していく。


 は? その戦略うざ。


 留美が冷静であったなら、即座に離脱していただろうが。今は頭に血が上っていて、『相手を殺す』しか選択肢が浮かばない。



 目の前にあった、倒れた木を足場にする。『シャドウステップ』

 狭くても。今の留美の機動力なら、動き回っていようがゴブリンには負けない。


 私はゴブリンが手に持っている蔦を切った。


「ギャウッツ!」



 地面に着地したゴブリンが私に向かってくる。

 そこはドテッて転げとけよ。


 反応が早い。


「…………」


 私もゴブリンに向かって足を進める。


 ゴブリンが剣を振るった。

 それを後ろに跳んで回避する。タイミングミスったら死んでたやつ〜。


 私は戦いの高揚感で笑みを浮かべていた。敵がまた手に力を加える前にナイフを喉元へ。


「ガッ……」



 これで終わりや。


 私が気を抜いた瞬間に、ゴブリンは最後の力を振り絞るように剣を振るう。その姿を見た私は、慌ててナイフから手を離して後ろに下がる。


 剣が。…………瞳孔が見開く。



 ズシュッ

「ウッァァァアア゙!!」


 シャドウステップで、避ければきっとこの攻撃は受けなかっただろう。

 無意識にわざと受けたのかもしれない。ゴブリンはそのまま倒れこんで、体重で、ナイフが喉を貫く。


 ゴブリンの最後の力で振るわれた剣は、私の目。右の瞼を切り裂いていた。

 額から頬へできた傷が、痛みで自らの存在を主張してくる。


「アアアーーー!! 痛い! 痛い! 痛い! ハァッ……ハァッ。これくらい……無理無理痛いぃ、あぁああー、ぃぃ痛い!! グッ……目ガッ……ぅぅ……っク」


 あまりの痛みにうずくまる。溢れてくる涙が傷に沁みて痛い。


 いつまでもこの場所におったらあかん。

 早く移動しないと。近くにゴブリンいるのに、声を出し過ぎた。痛い痛い痛い。逃げないと。


 痛みを感じながらも、耳、肉、剣を雑に回収する。

 痛い痛い、痛い。いたい。



 早く移動しよう。


「いっ!? ぃグゥッ……」


 後ろからの衝撃だった。視線を向ければ何か刺さっていた。状況を飲み込めずにいると、すぐそばにドスッと矢が刺さる。

 それが私の肩に突き刺さっているのだと気づくのに、そう時間はかからなかった。


 周り見たはずやのに! 見逃してたとかアホ!!


「くそっ、なんやねん!」


『シャドウステップ』で物陰に隠れて、周囲を探る。


 アイツか!!

 よぅもやりやがったな。その首、命で償ってもらうで!!


「ぅヒッ……はぁはぁ……」



 矢を無理やり抜くと、また痛みが増す。それでも居場所を特定されないために、歯を食いしばって声を出さないように気をつける。


 ゴブリンの分際で、絶対殺してやる! 絶対絶対殺す! 殺す殺す殺すッ。


 あんなに痛かったのに、感情が上回って痛みが鈍くなっていた。

 もうどうでもいい。あいつを殺せるなら。どうせ、いらないのなら。ひ、ひひひ。あはははハハッ。壊して、壊して、壊すのッ! 壊される前に、ね?


 頬に伝ったのは血と涙。浮かぶのは狂気の笑顔。


 なんか今、とっても楽しいっ。



 ゴブリンが周りを見回している。

 私は気づかれないように、木々の隙間を通って近づく。やるからには、最っ高に、完璧に、とってもいい顔。見せてね。


 私と敵の距離が縮まると『シャドウステップ』を使う。ゴブリンの背後に回り込んで、斬る。そして刺す。

 バキッと骨がいった音がした。


 バタッ。



「はぁ、はぁ。ハハッうまくいったわぁ〜」


 ふん。ざまーねぇな。


「あれれ? 終わり? そんなわけないよね?」


 私は耳と、剣を回収する。

 …………剣!? 左目を見開いた時には、もう矢が放たれていた。



「グッ、ああぁ!! もう!! ほんまくそっ!!」


 放たれた矢は、顔に向かって来ていたが、左腕を前に出して、顔に刺さるのは回避した。

 しかしその代償も軽くはない。

 左腕を矢が貫通しており、どくどくと痛みが襲ってくる。


 あぶねぇー。てか、いてぇーな。おい!!


「あはははっ、なんか違うと思ったぁあ! 嬉しいなぁ。嬉しい? 嬉しいわけねぇだろうが!! ……あはっ」


 私は正気ではなかった。たぶん。よくわからないけど。

 何もかもに怒りを感じて、それを処理できずに叫ぶんだ。少しでも冷静になるように。攻撃してくるみんなをぶち殺すために。


 これ以上増えるのはちょっと嫌やな……。帰りたい。逃げたい。……えぇ? なんで? あいつらぶち殺さないとダメでしょ。やられたらやり返さないとな。やっちゃわないとね。あはははっ!



「ふっ、アハハハッ!」


 もうなんか、もうなんかなんか、おもしろ。

 怒ってる自分が面白くてたまらない。煽られてハマってるのが面白くてたまらない。自分が傷つけられて行くのがウレシイ。



 弓を使うゴブリンは木の上にいた。


 笑顔なのはいいことだよね。

 走り出した私は『シャドウステップ』を連続で使用して距離を縮め、木の上まで跳ぶ。

 ゴブリンの前まで行くと、蹴って木から落とした。


「グガァ!」



 落とされたゴブリンは着地すると、逃走を始める。


「逃がすかよ」


『シャドウステップ』で追いつくと、ナイフを振り下ろした。その斬撃で、ゴブリンは足をもつれさせてコケる。

 すぐに弓を構えようとするが、私の方が早い。


 ゴブリンは喉元を掻っ切られ、ゴトッと敵の頭が地面に落ちる。



「ハァ、ハァッ。これは……かなりキツイわ……アハハハッおもしろっ。血だらけやん留美。面白、面白……………アホや」


 テンションが下がって冷静になってきた。

 包帯もなければ縛る布もない。目はどれくらい深く切られたやろうか。治るやろうか。

 身体中痛い。


 アドレナリンどばどば効果ヤバすぎな。


「…………」



 少し目を瞑ってぼんやりとする。

 警戒なんてしていないし、心ここに在らず。



 数十秒後。動き出した留美は、耳、弓、矢五本、をポーチに入れた。


 もうフラフラや。帰らんと死んでしまうかも。

 死んだら、取り返しがつかへんからな。……死んだら、か。ふ、ふはははははっ。


 どうせ留美なんか、居ても居なくても同じかもしれんけど、……ふふっ。このまま死ぬのもいいかもな。


 木に座り込む。

 痛いなー。でもこれは罰だから。



 家族に殴られる留美はいるんかな? 必要ないよな。

 もし居場所無くなってたら。

 もう留美なんかいらんかったら……どこにいけば。……どうすれば。


 留美は邪魔? 迷惑? いらない? 迷惑かける前に死ぬのもいいかも。

 むしろ今まで生きててごめんなさいって感じ?

 幸いここならいっぱい死んでる人いるし、どこで死んでも人に迷惑かけるのは少なくてすみそうやし。


 どうせ留美のことなんかすぐに忘れるやろう。

 家族を殺しかけた留美なんか、死ねばいいのに。


「死ね、死ね死ね死ね…………消えたい。死にたくないなぁ」



 死ぬならもっと有効な時に死ね。無駄に死ぬのは迷惑やろ。

 でも待って、留美という存在が生きているのにかかるお金と、留美に関わる労力。これから助けになれると思える事はどっちの方が多いやろうか。


 分からん……。


 でももし留美が死ぬことで家族が悲しむとしたら、それは家族を蔑ろにしてると同じなんじゃない?

 まだ死ねない。死んじゃダメ。この生活に慣れないうちに一人死んで、家の雰囲気を悪くするのもあかん。

 家族のために生きなきゃ。生きて、いいよな?

 穀潰しにはまだなってない。はず。………いいよな。生きてても。…………まずは帰れるかが問題やけど……。


 くすくすっと笑いが出る。


「いてて……」



 立ち上がって、歩き出す。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る