第32話 どうしたらいいのか分からない
留美は部屋に入ると、ポーチを取る。
そして窓から飛び出した。
知らない。知らない。あんな顔知らない。
悲しいのか、怒っているのか、怖いのか。自分でもよくわからない感情が巡る。
わかるのは、自分が衝動的に行動しているということ。
わかっていても、その行動を止める心の余裕も、抑制する感情も、不十分であるということ。
ギルド。
ズカズカと大きく歩きながら、ゴブリン退治三匹をクリスティーナさんに持って行く。
そこにいる、にこやかに笑いかけてくる彼すら。今は憎く思ってしまう。
なんて身勝手な。
ギュッとズボンに触れて力を入れる。
「いらっしゃい。今日も一人かしら?」
「はい」
「目が赤いわ。元気ないわね?何かあった?」
「はい」
早くして。
クリスティーナさんが紙を受け取ってくれない。自分でも酷い顔をしているとは思うけど、この人に止める権利はない。
心配そうにする目の前の人間がうざい。苛立たしい。どうせ気にしてもないくせに。
酷くネガティブで、濁った黒い感情ばかり。湧き出てくるのを止められない。
「今日は止めときなさい」
「お願いします」
私はクリスティーナさんを、濁った黒の瞳で睨みつけてしまう。
「……分かったわ。くれぐれも気を付けなさいね。無茶はダメよ」
「…………」
心配は嬉しいけど、今は構わないでほしい。
もう、考えたくない。
留美も、傷つけば許してくれる? いらない出来損ないは消えるべき?
*
東門。ゴブリンの森。
「あはははハハッ!! 楽しぃね」
留美が笑ってるのに。誰かが、留美が泣いている。
うふふ、あはははははっ! おかしぃーんだ! よくわからないけど、留美のお散歩タイムだぞ! なんやろうこの感覚。モヤモヤする。痛くて悲しいなにか。
壊したい壊されたい。痛めつけたい痛めつけられたい。くふふふっ。
「あははっ♪」
ぴょこぴょこと涙を拭って、『シャドウステップ』で駆けていく。
――――――――――ゴブリン見ぃつけたぁ。
にんまりと笑みを浮かべ、細めた目から涙が流れる。
これは、二匹かな。……二匹くらいならいけるかなぁ。
三匹倒すまでは怪我は極力しないようにしないと。なんで? ……まぁいいや。三匹倒すぞー!
二匹のゴブリンは、朝ごはんを食べていた。
留美、朝ご飯食べ損ねたんやった。
ちょうど火も付いてるし、アイツらを食べよ。
『シャドウステップ』
朝ごはんを美味しそうに 食べているゴブリンの背後へ移動すると、斬って、刺す、傷口を広げてから抜く。
やっぱりこれで一匹は仕留めれる。
仲間がやられて慌てて剣を抜くゴブリン。そいつが立ち上がる前に、足で顔を蹴る。
後ろに倒れながら、鼻を押さえているゴブリンに対して、私は容赦なくナイフを振るう。
浅い。
無我夢中で暴れるゴブリンに距離を取られてしまった。
ゴブリンと正面戦闘。あーあ。ばーか。
まだ頭がごちゃごちゃしてる。気持ち悪い。
「留美のために死んでよ」
「ガグゥアァ!」
ゴブリンの吠えた迫力に一歩下がる。
震えるな足。気負けするな。相手は手負いや、ちゃんとできれば勝てる。奮い立つ必要もない。ちゃんと見て動けばいいだけや。
それだけ。それだけや。
「ウガアァアアア!」
「なに言っとんのか分からんのじゃテメェ! オラ来いや゙!!」
ゴブリンが仕掛けて来る。
大振りだ。
それをかすり傷食らいながら避けると、ゴブリンの顔をめがけて振り下ろす。
「グギャッ!」
痛みに悶絶している間に『シャドウステップ』。私はゴブリンの背後に回り、心臓あたりを力一杯突き刺しては、ナイフを抜くために蹴飛ばした。
ドサッ。
………………起き上がってこない。
草を踏みつけながらゆっくりと近づいて行く。そして近くにあった武器を蹴り飛ばす。
ゴブリンの真上から一直線にナイフを振り下ろした。
私の顔から一滴汗が垂れる。
はぁ。終わった。終わったよな。多分終わった。
「こんなもんか」
ドサッと地面に座り込み、木々の隙間から見える空を見上げた。
何かに集中すれば、その時だけは楽になると思ったのに。なかなか雑念が消えてくれない。
頭痛が消えてくれない。
四つの物を二匹から回収すると、周囲を確認する。———敵はいない。
ゴブリンの肉を、ゴブリンがつけた火で焼き始める。
生焼けは怖いからかなり焦げるまで焼く。料理は苦手だ。やってこなかったから勝手がわからない。
焦げた場所を切り落とし、焼けた肉を食べる。
「チッ。くそマズいッ」
どれだけイラついていても、周囲の音にはいつでも耳を傾けている。
もぐもぐ。
「ふふ……うはっ。あはははハハッ! ……あー、なんで笑ってんだ自分……ぅふふっ」
クソまずい。
食べ終わっても、なにも来なかった。
火傷した手がヒリヒリする。
骨をぶん投げて木に当てた。
命中! いえぇーいっ! 黙れ。いやでーす。
頭の中で白紙をビリビリと破り、破り、破り、破る。そして真っ白な空間のゴミ箱に放り捨てて、下へ埋めた。
「……次、探すか」
ゴブリンの布で手を拭いて、歩き始める。
あ。薬草とかも拾わないと。
せっかく来てるのに勿体ない。ついでに木の実も集めよう。非常食は必要やろ。
薬草が四本、毒草一本、ハズの実が十四個取れた。そしてゴブリンも見つけた。
川で水を飲んでいたようだ。
一匹か、楽勝やな。
川から森に入ろうとしたところで『シャドウステップ』
背後からの奇襲を行う。
斬って、刺す。
………あれ。
刺すために振るったナイフは空を切った。
ゴブリンが斬られてのけ反った後に、そのまま前に転がったからだ。
「ガ! グギャ!」
私は数歩下がる。ゴブリンは逃げていった。
「あ、待てよ!」
普段より酷い、道なき道を追いかけていく。
途中で振り返ったゴブリンは剣を抜く。すると木に隠れるように移動し、蔦を掴んで動き回る。
な。何してんのあいつ。てか誘い込まれた感……。おもしれぇ。
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