第34話 やーば、めっちゃ酷い怪我した



 ゴブリンの弓、留美にも使えるかな?

 傷が治ったら練習してみよ。右目がダメになったんはちょっと予定外やったけど。これくらい傷を負えば、罰としては十分やんな。


 目、治るといいけど。


「まだ朝の九時か十時頃やろ。はぁ、情けない」




 ママとパパ、まだ怒ってるかな?

 絶対怒ってる。留美も自分にムカついてるから。


 負傷してる所は、右目がつぶれた。左肩と左腕が矢に貫かれた。 頬とお腹にかすり傷。

 うーん、ゲームでいう中傷ってところかな。いや、個人的には重傷って言いたい。

 なんで今留美動けてんのやろう。ヤバすぎか自分。


 痛みが罰のようで心地いい。そのまま死んだら死んだで構わない。こんな世界。どう生きればいいの。


 ゲームやったらいいのに。コンティニュー? あはは、留美はプレイヤーじゃない。でも、NPCでもない。じゃぁ、準プレイヤーやな。……留美には、なにがあるんやろう。足掻くべきなのか。諦めてしまえば楽になれるのか。


 なんか、ネガティブに思うことって、よく考えると傲慢でしかないねんよな。

 ……罪深いなぁ。まぁ、人間ってそう言うものらしいけど。嫌い。うーん。


 どうしよう。傷が痛くなってきた。



 でも。今帰るのはちょっと。……………もうちょっと時間開けようか。また怒られるのは嫌やし。


 見つからんように、薬草探そ。

 血の匂いでなんか寄ってきたりせえへんよな? ゴブリンの生態についての本とかどっかありそう。


 あ。この長方形の石、すり潰すのにいいんじゃない?

 いい感じにへこんでるし。……あー、重い痛い。ポーチくん食べちゃてくださいな。


 もぐもぐ。


 なんつって。

 もう一個はこれでいいか。適当な石をポーチに入れる。


 帰ったら、ポーション作ってみよう。……そういえば。薬草って、回復するんやっけ?

 草食べる……、ポーションにする。二択……。二択で迷った時は、第三の選択肢を選ぶべきやねん。

 ででん! ……あー、えーっと、限界になったら草食べる。で、いこう。



「さて、この木の棒に行き先を決めてもらお」


 コトン。

 木の棒が指した方向は、町だった。


「お前も町に帰れって? ……はいはい、そうするわ」




 私は町に向かいながら、薬草を探す。


 薬草十三本、毒草七本、痺れ草四本、モンの実五個が取れた。

 細心の注意を払いながら、出来るだけ遅く。のんびりと探しながら。



 現在十六時。


 ずっと森の中にいて、気付かれることなく帰って来れた事を褒めてほしい。

 ちなみに、痺れ草とモンの実は下の通りだ。


『痺れ草』

 すり潰して出た液体を触ると、麻痺する。

 毒草っぽい。


『モンの実』

 ゴブリンの森辺りで採れる果実。

 甘くて美味しいっぽい。



「おいアンタ!大丈夫か!?」


 朝の門番の人や。

 この人、暇なんかな?


 声を荒あげる姿は、怒っているかのように見えてしまう。近づいてくる男性を見上げ、私は無気力に言葉を交わす。


「大丈夫に見えますか?」

「なんでまた森に入ってるんだ! そんな傷だらけになって!」


「ミスっちゃっただけです。お気にな――」

「自分をもっと大事にしろ!」


 また怒られた。

 うざいなぁもう。


 私は門番さんから視線を外して、傷のついた目の方に触れる。


「なんで怒るんですか? しんどいんでもう帰ります」



 息をのむ門番を気にすることなく歩き出す。


 もう話す元気もない。

 私の目は、もう死んだように濁っている。


「あ、明日はしっかり休めよ!」



「そうですね。そうします」


 こんな態度を取る私を気にかけてくれるなんて、お人好しな人。




 ギルド。

 この騒がしさ。ちょっとだけウザいけど、落ち着く。また自分が透明人間になったかのような感覚。

 過去の記憶が一瞬過ぎ去り、うるっとした目を擦って歩き出す。



「アンタすごい怪我だな。治療してやろうか?」


 ほっといてくれ。あ。同業の人に話しかけられたのって、初めてかも。

 青年よ。もう話す元気もないんだ。


「お構いなく」

「そう? せいぜい生き延びなよ」

「貴方も」

「おう」


 やっぱり、同業の人はさっぱりしてるな。

 もう割り切ってるって感じ。



「クリスティーナさん、ただいま帰りました」


「……お帰りなさい」


 多少は驚かれるかと思ったが、そうでもなかった。

 私を心配そうなのは変わらないが、傷に動揺はしていない。よくあることだからだろう。


「はぁ。やっぱりそうなったわね。……その傷、貴方の仲間に治せるかしら?」


 じっと観察するような視線を避けるように、クリスティーナさんのいない方を向く。


「大丈夫じゃないですか?」

「楽観的ね。少なくとも、その右目はもう治らないと思った方がいいわよ」


「ざんねん」



 どうでも良さそうに言った私だったが、それはもう覚悟していたことだ。


 治らないと言う確証を得てしまったことよりも。クリスティーナさんに、この子もう終わりだな。って感じの顔されたことの方が、うっときた。


 この人とは仲良くしたかったのにな。もしかしたら次からは冷たいかも。


 これも留美が考えなしに行動した結果。

 家族には冷たい言葉はかけないでほしいな。


 あはは……留美ってばいっつも失敗する。すぐにダメになる。感情で動いたらあかんって分かってるのに。あーあ、やっぱりみんなの言う通り出来損ないだ。



「大金を積めば治る可能性はあるわ」


「どれくらいですか?」


「最低、大金貨二枚よ」


「大金貨……」


 大金貨って、日本円でいう、百万くらい。いや下手したら一千万。いやもっと……?

 だって、命懸けて一日の稼ぎ四千円くらいやで。ハハッ!


 もう治らんと見た方が良いな。でもいいや。視覚に頼らなくても、音でわかるようになったし。

 大音量で叫ばれたらなんも見えんくなるけど。きっとそれも慣れてくる。


「無理ですね、諦めます。……えっと。交換お願いします」


「ええ。ここに置いて」



 ポーチから耳を七つ出して、木で出来た机に置く。

 クリスティーナは、目を見開く。


「本当に一人で?」


「はい」


 留美の表情はとても穏やかだった。


「すごいわね」


 その代わり、この傷やけどな。割に合わんわボケェ。

 小さく笑いながら心の中で荒む。



「ここまで早くこの世界に順応した迷い人は中々見ないわよ」


「順応なんか出来てません。ただ、やけくそになってやっただけです」


「それは止めた方が良い。理性の欠如は仲間にも影響してくるからね」


「分かってます。だから一人で行きました」


 急に真面目にならんといてよ、びっくりするやん。でもそれだけ真剣に言ってくれてるって事か。

 危ういけど、強くなりそうなら、仲良うしとこかって事かな? 留美の考えが変なだけ? ……………まぁいいや。



「何かあったのなら話してくれてもいいのよ?」


 あ。戻った。


「いえ。クリスティーナさんに言うほど、何か合ったというわけでもないんです」


「そう? ならいいけど」


 必要以上に踏み込んでこないこの距離感が心地いい。

 なんて言うのが正解やったんやろう。この人の望み通り、何があったかを言えばよかったんかな? 絶対嫌や。


 あ。そうやポーチのこと。


「あの。このポーチってどこで売ってます? ポーチの(小)じゃなくて、(中)も欲しいんですけど」


「ポーチはここで売ってるわよ。あまり使わないから安いって言っても、金貨二枚くらいはかかるわね。(中)の方は金貨六枚よ。駆け出しには少し高い金額よね」


「そうですね、結構高い」


 まずは服とか日常品のものを買うのが最優先や。

 ジャラッとお金がカウンターに置かれる。その量に私は目を丸くした。


「頑張りなさい。はい、銀貨百十五枚よ」


「あの……多くないですか?」


「いいえ。ゴブリン六匹と、エリートゴブリン一匹だもの。ゴブリン五十六枚、エリートゴブリン二十九枚。これで八十五枚でしょ? 三匹報酬でプラス三十枚。合計百十五枚よ」


「ほぇ……、説明どうもです」


 あの中に、エリートゴブリンいたんか。

 弓を使ってた奴か、一撃で死なんかった奴かのどっちかやな。……うん? 普通に鑑定で分かった上で狩ったっけ? あぁ、覚えてない……。


 お金をポーチに入れ終わった。



「ありがとうございます」

「それ以上無茶しちゃダメよ」


「気をつけます。痛いのは私も嫌ですから。……あのお金を入れる袋って、売ってますか?」


「最初に渡したのと同じならあるわよ。銀貨二枚」

「買います」


 買った袋に銀貨百十三枚を入れて、ポーチに入れる。家族の袋と一緒にしてたらバレるしね。


 クリスティーナさんに手を振って、ギルドを出た。



 腕から赤い血と黄色いジュクジュクの液体が出てきていている。きっと背中や、顔の傷もそうなっているのだろう。

 痛いのは言うまでもなく。……気持ち悪い。


「見ちゃいけません」とか子供に言ってる親がいた。聞こえないように言えよ。

 化け物を見たような顔しやがって。ちょっと怪我しただけだっての。嫌ならみんなやうざいきもいしね。


 はぁ……自分が死ねば全部解決やね。あはははハハッ。



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