第30話 こんな親切な人が世の中にいるのか



 朝。五時。

 日が登り始めたばかりで、薄暗い外を窓から眺める。


 起きよ……。


「ねぇむぃー」


 あくびをしながら伸びをして。体に疲労が残っていないことを確認する。

 柔軟をしてから、キュッと長い髪を一つ括りにして、気合を入れた。



「……行くか」


 ポーチよし。ナイフよし。そして確認しておくことがある。耳を澄ませ、音を聞く。

 ――——三つの寝息。……みんな寝てる。よし。大丈夫。


 真っ黒な瞳を窓へ向け、窓枠に足をかける。


「今日もいい夜だ」


 俺は跳び降りた。




 東門から出て、ゴブリンの森の中。

 俺はゴブリンを『音聞き』で探しながら、草をひたすら『鑑定』していく。二つのことを並行してやるのは中々疲れる作業だ。

 苦手なんだよな……二つの事やるって。



 ゴブリンを一匹発見した。


 ここまで来るのに、薬草三本、毒草一本が取れた。夜にしたら、上々な収穫じゃないか。

 俺は慎重に周りの様子をうかがう。そしてゴブリンの様子も。


『鑑定』


『エリートゴブリン』

 この周辺に住んでいる種族。ゴブリンより強い。

 ちょっと強いっぽい。

 


 チッ。くそエリートがいる。

 寝てるとはいえ、エリートとかついてたらちょっと怖ぇよな。鑑定もちょっと強いって言ってるし。エリート……いつか殺す。



 殺意を悟られぬように、エリートゴブリンから視界を外した。


 一人の時には、より慎重に動かなくては。何かが起こっても、誰も助けてはくれない。

 まぁ、そこに人がいても、助けてくれるなんて希望は、はなっから持っちゃいないが。

 誰も助けてなんてくれない。

 人間はみんな敵だ。信じるだけ無駄。



 俺は『シャドウステップ』で木の根の上を進む。


 危険が少ない普通のゴブリンを探そう。

 まさか、あの。留美が最初にレベル二じゃないのかって言ったゴブリン。エリートだったんじゃないか?

 俺はよく覚えていないけれど、強かったって記憶はある。



 適当な場所で、耳を地面につけた。


 探すのは足音じゃなくて、寝息———。



 何も聞こえない。この辺りにはいないのか? ……チッ、移動するか。




 ゴブリン散策中。


 標的発見。今度は普通のゴブリンだ。

 ちなみに薬草六本、毒草二本、ハズの実三個見つけた。ついでに同じ見た目の雑草を二十本抜いてポーチに入れておく。


 別に留美に対する嫌がらせじゃない。どうせこのポーチ、思ったものしか出ないし。



「ごめん。俺たちの服のために死んでくれ」


 俺は静かに呟くと、『シャドウステップ』で移動する。仰向けに寝ているゴブリンの首に突き立てた。

 片腕を踏んで動かないように固定する。


「グギャッ!?」



 耳障りな声だ。


 ゴブリンは刺されているのにもかかわらず、まだ諦めていない。

 自分の剣に手を伸ばして、なんとか反撃しようと頑張っているのだ。しかしゴブリンが剣に触れる事は無かった。


「うるさ」


 俺がナイフをグリッっと回して、力尽くで首を切断したからだ。

 返り血を浴びてしまった。


 まぁいい。洗い流せば済むことだ。


 踏みつけていたゴブリンから足を退けて、周囲を確認する。



 ———大丈夫、何もいない。



 剣を掴みに行くんじゃなくて、爪で引っ掻きに来てたら俺の方が危なかったかもな。

 どうでも良さそうな態度で、ナイフについている血を払う。


 昨日と同じように、剣、上の服、左耳、肉を回収する。

 淡々と解体してしまっている自分が少し怖い。

 動揺するよりはいいか。なんて冷静に考えてしまえるのも、自分が冷たい人間になったかのように感じる。


「仕方ない」


 誰に言い訳するでもなく言葉が出た。


 俺たちが生きるためだ。敵を殺して何が悪い。

 誰かがやらなければならない仕事を、半ば強制的にやらされていると思えば、心も軽くなる。こんなもの。自分を肯定しなければ、やってられるか。


 ――――変な気分だ。


「そういえば、ゴブリンはなんで一人で寝てんだろ? 俺は助かるけど。普通、何人かで集まって寝るよな? そこらの知識は低いって事か? ……どうでもいいか」



 次を探そう。


 ――――音。


 音。


 風の音って、結構邪魔。 ――――――――――お、見つけた。

 一匹で寝ているゴブリンの元へ、静かに急ぐ。



 剣を握って寝てる。

 チッ、危ないとか思わないのか? しかも刃がむき出しかよ。


 俺みたいに、夜に襲ってくる敵がいるってわかってて、剣を握ってるのかもな。ってことは、結構知能が高い可能性があるか?


 腕を最初に落として、首を刺すか。

 ゴブリンって利き手とかあんのかな?



 俺は『シャドウステップ』で、音をたてず、側に移動した。


 そして細い腕を確実に刺し切る。

 具体的には手を踏んで、掻っ切った感じだ。


「グガァ!?」


 寝ていたゴブリンは、痛みで覚醒し。二の腕から先がない腕をバタバタさせる。

 俺はナイフを左目めがけて振り下ろす。


 刺したのにゴブリンはまだ動く。



「うあっ!? グッ……」


 ゴブリンの蹴りで吹き飛んだ。

 痛いのを我慢して立ち上がる。敵は目の前だ、怠けてたら殺される。



 相手は剣を持っていない。ぼたぼたと液体の流れる腕を、手で掴んでいる。


 近づいて首を落とせば、俺の勝ちだ。


 なのに、なんだこの緊張感。俺が有利なはずなのに。固唾を飲まずにはいられない。

 敵は止まったまま動かず。じっと俺を見つめている。それが俺の緊張感をさらに高める要因でもあった。


 死にかけのくせに、何を考えている?



 先に動いたのは俺だった。

『シャドウステップ』一気に近づくと、反応しきれなかったゴブリンが精一杯避けようとする姿が目に映る。


 容赦無く首元に向かったナイフは、ゴブリンの首筋を切り裂いた。

 鮮血の飛び出す傷の上から、外さないように。トドメの一撃をお見舞いする。


 突き刺され、ピクピクと痙攣するゴブリンを、蹴飛ばし勢いよくナイフを抜く。すると、血が大量に吹き出した。


 力尽き倒れこんだゴブリンを見下ろし、俺はまた舌打ちをする。



 はぁ…………。正面戦闘はマジで無理。緊張感がヤバすぎる……。片腕がないふらふらゴブリン相手に、なに緊張してんだ俺。


 被った血を袖で拭おうとするが、うまく拭き取れずに伸ばしてしまう。



 はぁ。取るもの回収っと。


 空を見上げる。


 いま何時だ?

 そろそろ帰った方が良いか?

 バレたら、絶対怒られる。……帰ろ。


 水で濡らした布で血を拭き取っていく。

 布はゴブリンの上着だ。

 絶対に拭き残しがないように注意深く、細心の注意を払う必要がある。


 よしっ。たぶん大丈夫だろ。



 *


 東門入り口。


「おいアンタ」


 門番が話しかけてきた。

 一応周りを見回して、俺しかいないのを目視で確認する。話し相手が欲しいとか? いやいや。違うだろう。……交代! 誰か交代! やば。


「おーい」


「あ、私ですか?」


「ああ。アンタだ」


「……何ですか?」


 警戒しながら、不思議に思っていそうに聞く。すると、門番が眉間にしわを寄せて近づいて来る。

 な、なんか怒ってるぞ。



「お前新顔だろ? 来たばっかのやつが朝からゴブリンの森に一人で行くなんざ、何考えてんだ。危ないぞ」


「食料を取りに行ってました」


「食料? 森に? 一人で? しかもこんな時間に?」


 顔芸? 笑っていいやつか?

 俺はおどおどと答える。


「は、はい。食料です。森に一人でこんな時間に。何か問題でもあるのか?」


 嘘は言っていない。

 門番の人に新顔やって知られてたことにびっくりだ。でも何時にゴブリンの森に行こうが、その人の勝手だろう。


 この男が何を考えているのかわからない。



「ギルドの人が支援してくれてるんだろ? そんなに貧乏なのか?」


「そうですね。かなり貧乏です。服も買えないくらいには」



 そう言って俺は、破れ、ほつれ、血のついている服を見せつける。


 来たばっかなんだから仕方ない。

 門番の男は考え込むようにしてから、頭をガシガシと掻いた。何かの考えが、せめぎ合っているかのよう。

 俺はお金くれないかなぁ、なんて思いながら。自分の状況を確認するように言っていく。


「服はコレ一着しかなくて、お金もいつなくなるかが不安で……、だから食費を少しでも……って」


「すまん。嫌な事を聞いたな」


「……いえ」


 右も左もわからん一文なしの迷い人に、もう少し支援してくれてもいいのにな。……いいや、これ以上を望むと、義務も発生しそうだしいいや。

 でも貧乏は勘弁してくれ。一人じゃないんだからさぁ。



 門番の男が苦悩するような顔で言う。


「仲間とゴブリンの森へ行ってたのか?」


「いいえ。今は私一人です」


「仲間は?」


「私、もう子供じゃないんですよ?」


 向こうでは子供と大人の中間くらいだったが、こっちでは大人と言ってもいいはずだ。

 精神年齢はよく幼いと言われるけど。気にしたら負けだと思っている。俺は気にしたことはない。



「普段あまり役に立てないので、こういう時くらい……って思ってもいいと思いませんか?」


「すまん。その……頑張れよ。次からも……なんだ。……まぁ、気をつけてな」


「はい。ありがとうございます」


 笑顔で感謝の言葉を言ったのに、微妙な顔をされた。

 よくわからない人だ。


 俺はペコリとお辞儀をしてから、通り過ぎていく。真っ直ぐ前だけを見て、哀れだなんて思わせないように。



「もし行き倒れそうになったら、飯くらいは奢ってやるから、俺のところこいよっ」


「……ほんとですか? えへへ、その時はお願いします」


 あの顔心配してる顔だったのか。怒ってる顔に見えてた。

 顔が怖いって、不憫だな。



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