第22話 刺されたから服が欲しい
「上がったぞー」
雷がお風呂から上がったみたいだ。
ぼおーっとしてる時間も、たまには必要や。固まった体をほぐして歩き出す。
私たちは裸族じゃないのに、雷は素っ裸だった。ぽたぽたと水滴を落としているのは多分服。
「次、留美入るー。湯船血で汚してへんやろうな」
「汚してへんわ」
「ところで。服は?」
「血で汚れてるのを着ろと?」
「さっき着とったやん。パンツくらいはこう?」
「今から干す」
服か……いくらするんやろ? それより鎧? あんの役立たずめ。
それともあのレベル二のゴブリンが、異常に攻撃力強かった可能性もあるんかな。
このステータスオープン、でなんも出てこおへん世界に、能力のパラメーターとかあるんやろうか。鑑定さんもそう言う系は全く数値に出さんかった。ちょっと強いっぽい。はわかったらしいけど。
やっぱ筋肉がある方が力強くて、腕が細かったら、力が弱い。見た目通りな感じなんやろうか。
「留美大丈夫か?」
「いや。服買に行かななーって」
「確かに一着じゃ、服洗ってる間みんな裸にならな あかんくなるな。流石に嫌や」
留美も嫌や。
「皆、風呂入ったら、買い物に誘ってみよー」
「お金足りんかったら、穴開いててもいいから」
「え、雷だけ素っ裸でいいって?」
「言ってないし!」
「えぇ!?」
「なに意外!? みたいな反応しとんねん! 俺は服着る一族の末裔やぞ!」
「服着る一族!? ……ってなんやねん。初めて聞いたわ」
「俺も初めて言ったわ」
お互いに言いたいことが終わったかと、一呼吸置いてから片手を上げた。
「じゃ」
「おう」
別れる挨拶をしておきながら、行く方向は同じっていう……。
井戸で服先に干してから呼びに来いよ。
「お風呂どうやった?」
「まぁ綺麗やったで。なんか新品って感じ。一ついうとすれば、シャワーないんがマジで辛い」
「うわ、それは――」
ぽた。
水の垂れる音で振り返る。
一瞬どっか水漏れしてんのかと思ったわ。
「雷、水垂れてる。後で拭いてや」
「自然乾燥に任せる」
「床の木ぃ腐ったら雷のせいな」
「留美が腐食の足跡残してるかもしれん」
「なんやねんそれ」
留美はクスッと笑って、雷と別れた。
*
入浴中。
石鹸しかなくて、そう遠くないうちに、髪がギシギシになりそうだ。
最悪っ。
最悪っていうのこれ何回目や。慣れなあかんことばっかり……。やめやめ、脳の血管ブチギレてまうぞ。お風呂はリラックスする場所や。
らららら〜♪
んで、どうしよう。髪の毛切った方がいいかな。
戦闘中にゴブリンに掴まれたり、木に引っかけたりしたら大問題や。でもこれまで大切に伸ばしてきた髪……。
ぐぅ……。切ると言う選択肢は保留で。
湯船に浸かる。結構深くてびっくりした。
「…………」
『音聞き』は地面につけずとも、発動するんだろうか? そんな疑問が思い浮かび試してみる。
耳を澄ますために、目を瞑り、自分の体から意識を外へ飛ばしていく。
———雷のため息。愚痴。思い。——嘆き。自虐。涙。———寝息。うなされ声。
中は止めよう。ネガティブが移ってしまう。いま鬱になったら終わる。……まぁそれもいいか。
外へ。家の外へ——意識を向ける。
耳は動いてないのに、感じたい場所が意識的に変えられるようだ。
何の声やろう、鳴いてる。風が木々を撫でる音。安らぐ。—―静かだ。痛いッ。
バシャン!!
「ゲホッ。ゴホッハッ、ゴホッゴホッ! ぁ、危なっ! 溺れ……はぁ。溺れるところやった。……あー。死ぬ……」
離れて集中しすぎると、自分の事がおろそかになるんか。……水に沈んでても気づかんとか……あはははっ。やーば……。
これは気をつけるべき点やな。そんで持って、家族に言っとかなあかんことや。
痛みを感じるってことは完全に切り離されてるわけじゃない。努力次第で改善できるかも。
*
いい湯だった。……死にかけたけど。
パパ寝てるし、ママに先言お。…………タオルは? あるわけないよな。
雷、何で拭いたんやろ? 自然乾燥?
ああ。上着で拭いたんかも。留美も上着で拭くか。ついでに洗って、パタパタしてたら乾くよな。
階段を上がっていって、ママの部屋をノックする。
コンコンコンと軽い音を響かせるドアは薄いようで、結構分厚い。
扉が開いてママの顔が覗いた。
「どうしたん?」
「お風呂開いたよー。次パパに言ったげてな」
「なんで服着てへんの?」
「井戸で乾かしてる。濡れてんの着んの嫌やったからさぁ」
裸である。しかし家族以外はいないのだから、まぁ構わないだろう。公の場でこれをやると『ピーポー』されちゃうから、気をつけんとあかん。
「せめて布でも巻いときなさい」
「おけ、ベットの毛布でも持ってくる〜。あ、雷もふるちんやったで」
「もぅ、風邪ひかんといてや!」
「タオルと服が今すぐ欲しいやつな」
*
みんながお風呂に入り終わる頃、時計は十六時を指していた。夜になる前に、買い物に行かねば。
ちなみに、私たちは裸族というわけではない。断じてない。ただ着る服がないから仕方なく裸でいるだけだ。
元々着ていた服を着ればいいのだが、完全に頭から飛んでいた。
まだ頭が色々と混乱中だから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。
広間に、毛布を巻いた家族全員がいた。
「そろそろ服乾いたかな?」
「まだやろ」
見てもないくせに。
「服買いに行こー」
「この格好で? つら」
「どーぞどーぞ。その格好で行きたかったら止めはせん」
「それは止めて」
「ちょっと乾いてるか見て来るわ」
ママが席を立って井戸の方へ行った。
「三着くらい欲しい所やけど、取りあえず一着かな。タオルも買わなあかんし。お金ぇ……」
「俺なんか唯一の服すら穴開いたしな」
「あれ? そういえばこっちに着た時の服あるやん」
「あ」
「あ」
「なんで誰も気づかんねん!」
大いにツッコミを入れたところに、ママが帰って来た。その手には全員分の服がある。
「ちょっと湿ってるけど、問題ない程度やったから取り込んで来たで」
「ありがとう」
お礼を言って受け取った服に、留美と雷はしぶしぶ袖を通した。
「穴あき」
「生乾き」
「……塩焼き」
「お菓子食べたい」
「うわぁ……」
なんやねん!?
ジトーっと雷に見られて、雰囲気を変えるように留美は立ち上がった。
いざ、買い物へ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます