第21話 「ファンタジーや」で片付けると一瞬楽
家。
「ただいま」
「お帰りー」
広間の机に雷がいた。
湯船の水汲み終わって休憩中なのだろう。私は外の埃でも落とすように適当に服をはらう。
意味があるのかと言えば、多分ない。
「ママは?」
「部屋。パパは薪を焚いてる」
「じゃぁ、留美もお風呂沸くまでダラダラしてよー」
椅子に座って、机に体を乗せる。
ちらっと雷の方を見ると、穴の空いた服に薄まった血がついている。一度洗ったならそのまま脱げばいいのに。
「血だらけ君。一番風呂をあげよう」
「その呼び方、むかつく」
「冗談やって」
「何が冗談やねん」
「……ごめんやん」
冗談ですまない空気を感じて、私はすぐさま謝る。別に空気を悪くしたくて言ったわけじゃない。私は少し軽口を叩き合いたかっただけだ。
ちょっとでも気が紛れればなと。
「俺もごめん。イライラしてる」
弟がゴンと机に突っ伏した。
痛そう。
「……なぁ雷ぃ、鑑定とかあった?」
「知らん。そういうのは留美の方やろ」
えぇ〜、ローグは探索系やって? 教官にもサポートメインやぞって言われた気がする。……でもなぁ、留美『ゴリ押しでガンガン行こうぜッ』ってタイプやねんな。
大丈夫。なんかそのうち、あの教官みたいに『いつの間にっ』って相手に思わせながら命奪ったんねん。
「何考えてんの」
頬杖をついた雷にジトーっと見られていた。
「んえぇ……、いや。ちょっと……ゲームしたいなって」
「わかる」
しみじみと頷いた雷を見て、私は机をバンバン叩いた。
「あ〜! スキルの人に鑑定あるのか聞きそこなったー! もー!」
「落ち着けおばあ」
「誰がおばあじゃ!」
「やっぱ、おじじやったか」
「おじじ!? てか、やっぱってなんやねん。……まぁいいわ。次聞いて来るから雷も聞いてみて」
「んー」
人に聞きたいことは色々あるはずやのに。何を聞いたらいいのかわからん。
意味わからんことばっか。
何が分からないのかが分からない。それが馬鹿たる所以だと。あぁ、クソイラつく記憶が蘇ってきた。
ドンッ!
「ちょー、机壊れる〜」
「机さんごめーん! よしよし」
「いたいよー。今度足の小指ぶつけたるからなー」
「はぁ? 解体するぞお前っ!」
「横暴だー。僕を解体しても、第二、第三の僕がお前の小指を狙うぞー」
「はっ、上等! この鉄壁の靴に守られた足の小指をやれると言うならやってみな!」
ドンドン! 机を叩く。手が痛いっ。
「マジで壊れたらどうすんのさ」
「え? 大丈夫やろ?」
机をコンコンと軽く叩いたり、四肢を見て、亀裂なんかがないことを確認する。裏は暗くてよく見えなかったけど、多分大丈夫だ。
「ほら」
「いや……うん」
「なぁ、叫んでいい?」
「なに」
雷がちょっとだるそうに見てくる。
足を肩幅に開いた留美は、思い切り息を吸った。
「スキルってなんやねん。ゴブリンってなんやねん。迷い人ってなんやねん。ここどこやねん! っていう不満が留美にはあります!」
「……俺が教えたろ」
「なに?」
「ファンタジーや」
「…………」
留美は無言でスッと椅子に座った。
「おいっ、なんか言えよ!」
「明日も、行くんかな?」
「急に重っ……」
目の前に腰掛けた雷が、しかめっ面で背もたれにもたれかかる。そして数秒間の沈黙が落ちた。
天井に向けていた視線を留美へ。
「……お金は?」
「初回特典でゴブリン一匹銀貨十枚。三匹で三十枚とクエスト完了で十枚。今日の儲け四十枚でーす」
ジャラリと机にお金を置く。
「見て銀貨! めっちゃキラキラッ綺麗っ」
「お金やからな?」
「わかってるけどこのコイン見てるだけで留美ちょっと幸せ」
「安っす」
なんとでも言うがいい。
留美は銀貨を手に取って、並べていく。
「合計銀貨九十八枚、一回の食事で二、三枚減っていく。生活用品足りません、服買わなあかん。何から手ェつけたらいいか分かりませーん」
雷があとうっと、せっかく並べた銀貨を崩した。
「急に現実的な話せんといて」
「じゃぁ夢を語ろう」
「留美からどうぞ」
「…………はい終わり終わり、この話終わり〜」
「語ろう言った本人、夢ないんかいっ!」
頭痛くなってきた。明日は休もう。みんなもそう思ってるやろうし。
あー、でもあまり長いこと行かなかったら、今度は恐怖でもう行けんくなるんやろうな。感謝も謝罪も時間が経てば立つほど言えんくなる。
時間って残酷。
私はチンッとコインを弾く。
パチンと手で取り、雷を見てニヤリと笑う。
「表か裏か」
「表!」
むむ? 表やん。
「おー! 正解! はくしゅー!」
コインを置いて、パチパチと拍手をする。すると、雷も自分に拍手をしだした。
そこへ足音が近づいてくる。パパだ。
拍手をしている子供たちに、何やってんのやと言う顔をしながらも、伝えにきたことを言う。
「風呂沸いたぞ」
「俺いっちばーん!」
コインに手を伸ばしかけていた雷が、椅子から飛びのいて行った。
騒がしい奴やな。自分も人の事は言えんけど。
「パパお疲れ」
「ほんまにきついわ。ママは?」
「ママの部屋やって」
留美はジャラジャラと銀貨を袋にしまっていく。
お金数えるのって……楽しい。
「そうかぁ。俺も部屋にいるから」
パパが階段を登って行く。その背中は疲労困憊という感じだ。お疲れ様でーす。
「留美がお風呂あがったら呼びに行くな」
「頼むわ」
一人になった留美は机に突っ伏した。
やっぱりみんな疲れてるよな。
初戦闘で雷が負傷した。当たり所が悪かったら、死んでたかもしれん……。
怖いなー。もういっそ死んでしまおうか。
これ以上怖い目に合う前に、今死んだ方が楽かもしれんし…………なんて。
本当に勢いでやってしまいかねないことを思い浮かべてしまい、否定するために地面を殴りつけた。
痛いのは、嫌やろ?
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