第20話 お金を稼ぐって大変すぎん?


 家に帰って来た。 十四時。


 九時くらいに出て、十四時帰宅か。

 お昼ご飯食べてないなー。でも、食欲ないわー。

 歩いている家族を横目で見てから家を見渡す。なんか食べとかんと、元気でえへんのも確かなんよなぁ。



「疲れたー」

「雷、服脱ぎや。特に血だらけなんやから」


「ああ、うんって留美もやんけ!」


 バレたか。


「お風呂どうする?」


 ここのお風呂は水を井戸から汲んで、薪で血を焚いて温める感じのやつ。

 面倒臭いことこの上ない。


「入りたい」


「留美もー」

「あたしも」

「ああ、俺も」


 えっと。あれ系の風呂は薪と水やっけ。


「じゃぁ丸太が何本か残ってたし、パパが薪割り。斧も一緒に置いてあったからそれ使えると思う。雷とママが水くみでよろしくっ」


「水運びかよ。……パパー、薪割りまた明日にでも教えてな」


「あれはコツいるからなぁ」

「留美もやるー!」


「明日な」


 私はのびーっと身体をほぐしていく。


「留美は?」


「えぇ? なに?」


「準備してるってことは、どっか行くんやろ?」


 ママの不安そうな表情を見ていると、なんだか悪いことをしている気分になる。

 ポーチからゴブリンの耳を取り出す。

 ママが顔を青くしたからすぐにポーチへしまった。



「留美はギルドに行って、さっきの耳売るのと、クエスト完了してくる。まさかリアルにクエストなんていう日が来るとはなー」


 わざとのんびりとした口調で言ってみるも、不安は取り除けないようだ。


「……一人で大丈夫?」

「うん。寄り道とか絶対せえへんから大丈夫」


「……わかった。気をつけて」

「うん。いってきまーす!」


 断じて、力仕事が嫌だったわけじゃないよ?


 違うからな?

 そう、……あれや。あのクリスティーナさんに、ちょっと聞きたい事もあるし。

 だから断じて、力仕事が嫌だったわけじゃない。街ぶらり行きたくて仕方がなかったわけでもない。…………ごめんなさい嘘つきました。


 力仕事嫌やし、街ぶらり行きたくて仕方なかったんです。



 すでに死にかけたことなど頭から消え去り、ふふと小さく笑みを壁ながら、目的地へ足を向ける。


 こっちやったよな? まだ道に慣れていない私は、内心おろおろしながら堂々と歩く。

 辺りの警戒だって怠らない。

 またカモられでもしたらと思うと、怒りが湧いてくる。


 こう言う時、体つきが魅力的な女性らしくなくてよかったって思う。変な絡み方されそうもないし、留美はその武器を使える度胸もない。

 お色気は、むずい。



 *


 ギルド。


 ドアを開けると、相変わらず騒がしいくて、酒の匂いが染み付いている。


 ギルド内は、暴力行為は見られないところがポイント高い。

 今のところは、という言葉がついてくるが。


 何かを忙しそうに書いているクリスティーナさんの元へ歩いていく。他の女性たちもいるけれど、彼が一番、付き合いやすそうだ。

 なにより、このへたれの私が初対面の相手に話しかけれるわけがない。

 根性ない、勇気もない、積極性もない。ないないづくしの、使えないゴミらしいからな。


 頭を振って嫌な記憶を追い払う。



「クリスティーナさん。ただいま帰りました」


 クリスティーナさんは顔を上げると、私の周りを見渡した。

 気の毒そうな表情を浮かべ、静かにペンを置く。



「……他の子たちは?」


 すみません。確かに、一人できたらそう思うよな。


「あっ、えっと。家でぐったりしてます! あと、お風呂の用意をしてくれてます。みんな生きてますよ」


 へらっと笑うと彼は目を丸くした。

 そして安堵するように息を吐くと、頬に手を当てて嬉しそうに笑う。


「良かったわー。初戦闘で死ぬ子が多くて、心配だったの。そう……みんな無事なのね」



 本心かは分からないが、心配してくれていたらしい。

 この人は味方で良いかな? とりあえず敵ではないと言う認識でいこう。


「ちょっと危なかったりもしましたけどね」


 自分の服や、乾き切ってパリパリしている髪に触れて、留美がにっこり笑う。

 クリスティーナさんがカウンターに乗り出してきた。


「ゴブリン退治は成功?」


「はい」



 ポーチから三つの左耳を取る。

 うー。まだ生暖かいのが気持ち悪い。にしても。暖かいという事は時間止まるのか。新たな発見に嬉しくなって微笑んだ。


「まぁ、まぁ、三匹も倒したのね。すごいわ」


「はい。えっと、いくらになりますか?」


 これすごいん?


 机に乗せると、クリスティーナさんは躊躇なくゴブリンの耳を掴んだ。

 血に濡れることも御構いなし。

 見た目もだけど内面も逞しかった。


「そうね……。これは誰がとったの?」



「……私です」


 何かしくじってた? どうしよう。怒られなくない。

 ぎゅっと服を掴んで、口元に力が入る。


「そう。いい腕よ」


 いい腕……? よかった。嬉しい。褒められた! あの切り方で合ってたんや。

 子供のように嬉しがると、クリスティーナさんがカウンターの向こうで、微笑ましげに私を一瞥する。

 カウンターの下の方で、何か手を動かしているようだ。


「初回ボーナスってことで、銀貨三十枚にしておいてあげる」


 じゃらっと机に置かれた銀貨の山。


「わぁ、ありがとうございます!」


 両手を合わせ、満面の笑みで身体を揺らす。

 やったー! ボーナスやって!


「退治完了で銀貨十枚。合計銀貨四十枚よ」



 ちゃんと銀貨四十枚あるかを数えながら、お金の袋へ入れる。お金のこと心配やったけど、これなら結構すぐに生活用品揃えられるんちゃう?


「またね」


 クリスティーナさんが手を振ってくれるが、聞きたい事があるからまだ帰らない。

 情報集めは大事や。でも何から聞いたらいいのか。

 彼は自分の作業に戻らず、私が何か言うのを待ってくれる。



「あの。聞きたい事があるんですけど」

「なにかしら?」


「このポーチって、時間止まってます?」


 違うそうじゃない。


「ええ。基本止まるわ。止まるなって思いながらしまうと、止まらない便利ポーチよ」


 えぇ!? 便利!


「凄いですね。えっと。ゴブリンの肉って食べれますか?」

「食べれるわよー」

「マジで? ……食べて体に害とかないですか?」

「大丈夫よ。そこは信じてもらっていいわ」


 食費が浮くかも。

 あ。入れ物。


「オススメのいい入れ物ってないですか?」


「そうねぇ、防水袋なんてどうかしら?」


 ぐぅ……入れ物代……。ポーチに生肉状態でぶち込むのありか?



「……いくらですか?」


「大きさによるわ。大きさは九つ。ゴブリンの肉を入れるなら、380×260ミリのSくらいがいいんじゃないかしら」


 え、なに?

 防水袋の大きさ? よくわからん数字が……。


「じゃ、じゃぁ……それでお願いします」


 思考放棄するなよ留美っ!

 しかも何袋を買おうとしてんのや。家族で稼いだお金を、留美だけの判断で消費するとかアホなことするなよ!


「銀貨十枚よ。あ、そうだ。初帰還のお祝いに一枚タダであげる」

「本当ですか!? ありがとうございますクリスティーナさん♪」



 思いついたように言ったクリスティーナさんを見上げる。


「かわいいわー。じゃなくて、いいのよ」


 あ、でも。タダより怖いものはないって誰かが言ってた気がする。でもでも……今は、貰えるもんは貰わんと、生活が困難になる予感。銀貨十枚やしぃ。

 タダほどいいものはないともいうし……。


「えへへっ。また来ますね」

「いつでもいらっしゃい♪」


 焼くのは石の上にでも置いて、パパにあぶってもらえばいい?


 ビンボー辛い。



 *


 ギルドから出た。


 ラッキー、ラッキー、超ハッピー! 留美ちょろすぎ〜。

 嬉しいねんからしゃーないよな。


 あぁ、聞きたいこと、それじゃない感が……。いやでも聞けてよかったよ。ポーチのこととか。ゴブリンの肉は食用だった件、とか。

 袋も貰えたし。

 あの人にとって留美はかわいい存在らしいから。出来るだけ嫌われる行動をせんようにしよう。……あれが好意なんやろうか? 適切な距離保てるといいな。


 関係悪くなったら顔も見たくないわ、とか、ハネピンされたり……やめよう。今ネガティブになったら、起き上がれへんくなる。


 …………あぁ。初回ボーナスで銀貨三十枚。ゴブリン一匹で、五枚から十枚。これって、よう考えたらやばくない?

 銀貨一枚百円。今日の稼ぎ四人が全滅しかけて、四千円の稼ぎ?


 は、はは。まじかよ……。



 現実考えたら病むな。うん。ここはファンタジー。ファンタジーに生きよう。


 今からどうしようかな。

 街ぶらりしたいけど……、寄り道せずに帰ろう。『留美の楽しそう』と『心配かけるかも』を天秤に乗せたら、どう考えても帰る方がいいってなる。


 さぁて。今の全財産は、銀貨九十八枚。大切に使わねば。


 ……心健やかに、豊かに、怪我なく、元気に生きたいな。



 留美は思いきり壁に頭をぶつけて、家のある方角へ歩き始めるのだった。

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