第17話 ゴブリン強いのか、私たちが弱いのか



 ゴブリンまだ一匹倒しただけやのに。なんやこの疲労感……。


 自分の血に濡れた手を見て、震えが止まらない。現実味がないのにすごく現実的。

 感触が、感覚が、臭いが、声が。アァ、気持ち悪い。


 口元に浮かぶ小さな笑みを誤魔化すように、咳をする。


「留美、大丈夫?」


「うん」


 心配そうにママが肩に寄り添ってくれる。

 自分の血の気が引いている気がするのは、気のせいではないだろう。それにきっと、いま留美はひどい顔をしている。

 それでもゾクゾクする高ぶる感じの感覚が、無くなってくれない。一時的なハイになってるのかも。


 感情と身体が合ってないな。どっちが留美の本当の気持ち?



「無茶するなよ」


 両親は心配してくれるけど、一番危なかったのは雷や。留美が躊躇ちゅうちょしてたせいで。

 打ち合いになってたらやばかったし。

 川に突き落とされててもやばかった。刺し殺されてたかもしれん。


 次は大丈夫。次はちゃんとできる。足も手も動く。最悪殴れば動く。

 できるよな、留美。



 打ち合いは、戦闘経験皆無の留美達には、絶対キツイ。

 チャンバラすらした事ないからな。


 作戦通りとはいかんかったけど、ゴブリンが油断してくれたんと、動き止めてくれたんが幸運やった。

 次はどうしよう。


 同じ失敗はしたくないけど、一つのパターンを体に染み込ませるのもありよな。



 手を川で洗う。

 ゴブリンの左耳を切り取って、血がつかないようにポーチに入れた。


 なんで誰もとってくれないんだよ。



 チャプチャプ。


 どんな作戦なら、安全に敵を殺せるやろう。

 どう立ち回れば安全やろう。

 当分一匹をやるとして。……あぁ、敵を殺せるか。が問題かもしれん。


 雷はどう? 敵を殺せそう?

 留美はどう? 次も殺せる?

 パパは問題なさそう。遠距離やし。でも近づかれたら危なそう。一対一になったら、魔法唱えてる暇とかないやろうな。

 その時、ママはゴブリンを殴りにかかれるやろうか。多分無理。すぐには無理や。どっかで殴り殺すの体験しないと。


 それを全部込みで作戦立てるんは不可能や。

 留美も自分が動かへんのに焦ったもん。頭で考えてても、行動に移せへん。ありふれてることや。


 綺麗になったナイフの水を切って鞘にしまう。


「あ」


 私は地面に耳を付ける。

 いろんな感情が溢れ出て、周囲の確認を怠っていた。


 ……えーっと、これは……やだなー。

 草を退けながら、ゆっくりとした足取りでこちらにきている足音が複数あった。


 警戒しているのか、ただの移動なのか。走って来てはいない。何匹? えっと、……三、いや二か? 四? ではなさそう。

 たぶん。いやわからん。でも一匹じゃないのは確かや。



「二匹か三匹か四匹くらい来てるけど、どうする?」

「倒そ倒そ! 俺、一撃も当たらんかったし」


 君は生き物と殺生をしたいのかね。

 生きてる肉を裂く感じなんか、絶対知らん方がいいと思うけどな。……いや、今の状況でそんなん言ってられんけども。


「じゃあやるか」


 父がそう言ったので、二匹なら殺すことに。もし三匹だった場合、隠れたままやり過ごす方向で決まった。


 正直怖い。

 一匹でもあのザマなのに。しかし家族がそう決定したならば、私は従う。


 ゴブリンが来る方向を避けて隠れる。


 えっと確か、パパに足止めの魔法があったよな。何秒、いやどんな足止めの仕方なんやろう。


「パパの『バインド』って、どれくらい持つの?」


「三秒くらい?」


 疑問形とか、すっごい不安なんやけど。


「じゃあ、近い方を『ファイアーボール』遠い方が動きそうになったら、『バインド』連続で使える?」


「使えるよ」


「雷はファイアー喰らった方に攻撃。ママは雷の援護。思いっきり殴ったって。留美はバインドが解ける前に一撃くらわして、ゴブ引きつけとく。とどめは、雷かママに任せるからな」


 さっさと殺す感覚を知っといた方が、あとあと作戦立てる時に助かる。

 れるんか、れへんのか。



「おっしゃっ! 今度こそ倒せる」


 倒す、か。今はそれでいいやろ。

 ちょっとハイになってる雷をちゃんと見とかないとな。まぁ、留美も人のこと言えん。


「なぁ、その作戦、留美が危険じゃない?」


「大丈夫やって……たぶん。でも『シャドウステップ』あるから一番回避できんのは留美やと思うし。いざとなったら、みんなを置いて逃げるくらいにはチキンやからな」


「チキン美味しいよな」

「うん美味い……じゃなくて」



 何を言うとるんや、この野郎。

 ジトーっと目をやると、雷は笑ってピースする。


「ちょっと和んだ?」


「今から戦いやのに、和ませてどうすんねん」


「緊張しすぎも良くないからな」


 ママが頭を撫でてくる。

 いつまでも子供扱いすんねんから。ぷくーっと頬を膨らませる。すると雷が留美の膨れている頬を、両手で潰した。


「おっまえぇ」


 お返しだと雷の頬を引っ張る。


「いひゃいー」


「留美ゴブリン来てんねんから静かに」

「え。留美?」


「……ばーか」


 雷の軽口に怒りが湧いてくるが、今は聞き流しておく。



「さて、話戻すで」


「何話してたっけ」


「殴るぞお前」

「いやん」


 ピリピリしているのは私の方で、意外と雷は大丈夫なのかもしれない。

 音を確認すると、ゴブリンはもうちょっと来ないようだ。


 遅い足取りで助かる。



「もう一回言うで。パパは近い方を『ファイアーボール』遠い方が動きそうになったら、『バインド』。雷はファイアー喰らった方に攻撃。ママは雷の援護。近づくん怖かったら石でも投げて。留美はバインドが解ける前に一撃くらわして、できるだけ引きつけとく」


「おけ」


 頷いた両親も大丈夫そう。


「二匹じゃなかったら中止で。野生動物に擬態や」

「俺は木に擬態する」


「……パパも思ったところで援護してくれていいからな。あ、でもマナの枯渇には気をつけて…………マナやんな?」


「言葉としては、魔力やな」


 魔力か。


「後どれくらい使える?」

「あと六回……くらい?」

「最初はそんなもんか」



 今二回使ったから、全部で八回打ったら戦力外になるわけか。それも疑問系やったから、あと五回と思っておくべき?


 ファイアーボールとバインドのマナ消費量の違いは?

 その辺もおいおいということで、今回はこれ戦っても戦わんでも引き上げた方が良さそうや。


 あはっ、留美めっちゃ考えれてる。命かかってるとやっぱちゃうな!


「回復速度は?」

「それは分からんな」


「そうなんや。じゃ、今の作戦の――」

「来た」


 二匹来たことで、四人に緊張が走る。

 一応後ろにいないことを確認して。ピースをして奴らを指さす。そして三人に対して頷きかけた。



 緊張するけど、躊躇ちゅうちょは命取りになる。しっかりしろ。


 あーあ。ちょっとだけゴブなんて、一撃でしょ。とか思ってたのに。

 留美たちにとって、厳しい世界や。


 パパが小さく呟く。


「ブルカーン・バル・プラーミア・ノワイドファイヤー」



 目の前に現れて飛んでいった火の玉。


 直撃した。

 一匹は煙を口から吐いているが、もう一匹は慌てている。


「行くぜ!」


 留美も行くか。

 雷とほぼ同時に飛び出した。


 慌てていたゴブリンは雷に気づいて、少し茶色くなった剣を抜く。

 それ錆びてんじゃねーの?


 ファイアーボールが直撃したゴブリンも、遅れながら剣を抜いた。


「バインド」

「うおおぉぉっ!!」


 雷が声を出しながら振りかぶる。それに対してゴブリンは剣で応戦する構えだ。

 笑っているのが、また憎たらしいことこの上ない。敵め、ぶっ殺してやる。


「グガァ!」

「くそっ!」


 又もや一撃目をゴブリンの体に当てられなかったからか、ゴブリンに剣を受け止められたからか。雷が苛立った声を出す。

 もう一匹は、バインドを振りほどこうとしていた。


「死ね」


 何だかスッっと言葉が出てしまった。

 口が悪くなるのは嫌やなー。……元からか。


 先程とは違い、相手が縛られているという心の余裕があった。



 躊躇するな。殺せ。

 そんな自分の声が、頭に響き続けている。


 両手のナイフで斬って、右手ナイフを手の内で回す。

 そして一番深く刺さりそうな場所を狙って刺した。刺さりは上々、さっきよりちゃんと力が入っているからか、ナイフが喉を突き抜けている。


「ぃひひっ♪」


 死んでいると思うが確信が欲しい。グリッっとナイフを回す。


 ゴキッっと骨が折れたような音がした。


 骨が折れた? 骨にしては脆くない? いい具合に刺さったんかな?

 何はともあれ。これならバインドなしでも、背後からの奇襲で一匹なら一人で倒せそう。

 たぶんできる。いや、できる。やれる。やる。


 倒れてぴくぴくしているが、死後の硬直だろう。………………。一応首切り離しとくか。


 グシャッ。



 飛び散った血が目の近くについた。

 今更やけど留美、力弱いな。こんな細い首切るだけやのにしんどー。


 やっぱり留美は、最初の一回目が関門なんやな。ゴブリンの持っていた錆びた剣に手を伸ばす。

 死体で試し切りしてみると、ちゃんと切れた。



 ぽいっと剣を捨て、留美は顔を上げる。

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