第16話 ゴブリン死んでくれ。謝罪はせえへんで
私は緊張した面持ちで立ち上がる。集まる視線を見返し、反応のあった方向を指さした。
「向こうの方に、軽い足音一つ。ゴブリンらしき足音が聞こえた。たぶん一匹やと思うけど、確認するまで静かにな」
手をわきわきさせた雷がニコニコな顔で、叫びたいのを押さえ込むように言った。
「すっごいなぁ。マジで索敵してるやん」
「なんやその手」
「いやスゲーなぁって」
「……行ってみよう」
私たちは森の中を進みだす。
見つけた。
確かに一匹いた。
とりあえず人間ちゃう。ってことはゴブリンや。どっからどう見てもゴブリンやわ。
あんな姿してるんや……。
うわぁ、あれ殺すん? ナイフ突き立てて? 斬り殺すん?
見ようによっては子供やん。
え、いいの? 生物、動物。殺していいの? いいの? いいの? 殺していいの?
血が出て、生きてる肉を切って、息しなくなって、冷たくなって。生きてる動物、この手で切ってもいいの? 植物はみんな殺してもいいけど、動物はダメだって習ったよ……。この世界でなら、いいんだよね?
やったらあかん事ちゃう? ズタズタにしてもいい? ぐちゃぐちゃにしてもいい?
切られて死ぬ時って、どんな顔すんねやろう。
切られて死ぬって、どんな思いするんやろう。
ゴブリンの顔なんか見分けつかんから、表情はわかりずらいかなぁ。
それとも、こっちが殺されるかな。うへへっ。
………冷静になって。やったらあかん事じゃないと仮定して。今は冷静に。その辺に歩いてる子供じゃないねんから。敵はこっちのことも殺せる。一対四でも下手したら死ぬんや。
周りに他はおらんか? ちゃんと確認。
『音聞き』――――――。
たぶん大丈夫。
先ほどまで歩いていたゴブリンは、水を汲もうとチャプチャプしている。
川で水を飲んでいるうちに奇襲を仕掛けたい。留美は草陰から『シャドウステップ』で音を立てないように移動する。
戻ると、三人が緊張した面持ちで木の影に潜んでいた。
「思った通りゴブリン一匹やった」
「作戦は?」
「行き当たりばったりでいいんじゃね?」
良くないやろ。
「せめて大まかにでも決めよう」
「留美決めていいよ」
え、あぁ……えっと。一匹をボコボコにするならコンボ攻撃できるといいよな。
「……じゃぁ、パパが『ファイアーボール』撃って、雷が飛び出す。思い切り斬ったって。死なんかったら、留美も出て行って後ろから攻撃するわ。多分死なんやろうから。そん時は、狙われてない方がもう一回攻撃な」
「あたしは?」
「ママは……ゴブリンが雷をスルーしたら、パパを守って。雷か留美が怪我した時も、『ヒール』か敵の気を引いてほしい。倒せそうやったら三人でフルボッコ。無理そうなら、ママとパパが立て直す時間稼ぎ。パパ、時間稼ぎの時は『バインド』優先な」
「おう」
「予想外の事があったら、各自の判断やな」
雷の言葉に頷くけど、各自の判断になったら留美は動ける気がしない。作戦内容以外のことになっても、ちょっとやばいかも。
心臓の音を聞いていると、雷が元気なさそうに手を上げた。
「あー留美、もっかい言って。今聞いたばっかやのにもう忘れた」
緊張しているのか、冷や汗が流れている。
「えー、だから。雷は取りあえず。……最初は正面衝突で、敵のヘイトが向いたら下がって牽制、留美の方向いたら攻撃」
「おけ。……パパのファイアーボールで死んでくれへんかなぁ」
「確かに」
そうなれば一番嬉しい。
「あ、雷。なんか合図あったらは声出してな」
「留美もな」
みんなの表情を見て頷く。
近くまで近寄ると、水筒らしき入れ物の蓋を閉めているところだった。
「ゴブリンが水筒持って――」
「何時でもいいよ」
無駄話はなしだ。
雷を見ると、肩をすくめられた。
「俺もおっけー」
「行くぞ? ……ブルカーン・バル・プラーミア・ノワイドファイヤー」
それ唱える必要あるんやろか? 魔術師も大変や。慣れやろうけど、主に精神的なダメージをくらうっていう。
パパもちょっと恥ずかしそうやし。
「雷」
「おう」
立ち上がろうとした瞬間に、ファイアーボールがゴブリンに直撃する。
「「ナイス」」
煙を吹いてよろけているゴブリンがふらついた。
ギュと口を堅く結びながら、少し冷静さを欠いた雷が走って行く。私もナイフを足に打ちつけ、茂みから飛び出す。
雷が思い切りゴブリンに振りかぶる。
「ア゙ァアアアー!!」
「うわぁっ!?」
ゴブリンの叫び声だ。
思ったよりも高い声してるんだと、留美の高揚感が高まる。
ファイアーボールを受けたのにもかかわらず、目の前にいる相手を威嚇するのか。
雷はゴブリンの声に狼狽えてしまい、剣を地面に振り下ろした。転がって避けたゴブリンは、その隙を逃さず剣を取り出す。
留美が行かなあかんのに。足が、動かへん……! うそやろっ!
逃がすまいと、雷は走って剣を振る。
剣を避けられた雷は川に落ちそうになるも、ギリギリ止まった。それを見て、ゴブリンは突進の構えだ。
あ、ヤバイ!
「おいコラこっち見ろや゙ぁ!!」
思い切り右手に握ったナイフをぶん投げる。ヒュンと音を立てたナイフはゴブリンの背中めがけて飛んでいく。
二本あるし多分大丈夫!
グサッ!
「ギィ!?」
当たったー! けどなんかあんま効いてないっぽい!?
振り返ったゴブリンと目があった。
表情わからん。
でも、怖い!
パパの魔法の詠唱する声が聞こえる。
ギシギシと歯軋りをしたゴブリンが、私に突っ込んできた。
その迫力に気圧されて、私は大きく飛びのく。鋭そうな爪が空を切り、さらに距離を詰めてくるゴブリンめっちゃ怖い。
「やぁっ!」
パパのファイアーボールが、私とゴブリン近くへ落ちる。あれを食らったら火傷じゃ済まなそう。
「留美!!」
雷も剣を構えては、留美の前に立つ。その行動に対して、留美はナイフを持ち替えながら叫んだ。
「なんでこっちやねん。後ろ回れや!」
「えっ!? ごめん!?」
目に見える人数が増えたからか、ゴブリンは剣を構えたまま動かなくなった。
こわいこわい怖い怖い。
何これ、手が勝手に震えてる。
思うように力が入ってない。
足が震えて前へ出ない。自分の手足が、自分のものじゃないみたいにいうこときかない。
恐怖に飲まれる……。頭が熱くなっていく。
甘えんな!!
私はナイフの後ろで、腹と足を殴った。
自分で立てた計画を、自分で壊した挙句、足手まといになるとかクズやんけ。いや雷がさっき後ろから斬りつければよかったんやけど。
うぅ……痛いっ、けど。ちょっと恐怖は引いた。
そう。死にたくなかったら、武器ちゃんと掴め。あははっ、震えてる、面白っ。面白いっ。吐きそう。頭痛い。楽しい。
「留美どうする?」
雷の問いかけに、私は目を見開いたまま。状況が動かないのをいいことに思考する。
どうする。留美の役目。留美は前衛。後衛を守らなあかん。震えてる弟だけに任せるな。
留美は敵を殺す。
そのためにここに
これはゲーム。これはゲーム。これはゲーム。これはゲーム。これはゲーム。これはゲーム。これはゲーム。これはゲーム。これはゲーム。
あれは敵、敵、敵、敵、敵、敵、敵敵敵敵敵。敵は殺せ!!
殺せ、殺せ、殺せ。
もう一度お腹にナイフを打ち付ける。
痛いってことは自分の体ってこと。気持ちで負けてんちゃうぞボケ。
前に出てきているママを視線の端で捉えた。
ちゃんとやろう。役目を全うしよう。軌道修正しよう。やるべきことは?
「雷、留美回り込むで」
「行けそ?」
「行ける」
大回りで走り出した私を、ゴブリンが目で追う。
殺せ殺せ殺せ。敵を殺せ。それ以外考えるな。殺すことが正しいこと。
あちこちに視線を巡らせるゴブリンは動かない。
見た目は冷静だ。
怖いくらい、冷静だ。
「おいゴブ野郎! こっち見ろや!」
雷が一歩前に出て、剣を動かす。気を引いてくれたのだろう。だからそれは留美の役目なんだって、とは言えない。
ゴブリンが目を逸らした瞬間。
私は回り込んでいた足の方向を変え、『シャドウステップ』でゴブリンの後ろへ瞬間的に近づいた。
いきなり近づかれた気配にビクッとしたところで、片手のナイフで敵の首を狙う。
殺せ!
硬いっ。
一旦離れようと思ったが、前にのけぞろうとしたゴブリンを見て考えが変わった。
ははっ、やっぱ、フィニッシュもーらいっ!
斬った傷のある首に、力一杯の力でナイフを刺仕込んだ。
傷口を広げるためにナイフを無理矢理回すと、なにかパキッと音がした。
いま確実に殺す。
追撃して仕留められなかったら、留美の方が危険になるから。
抜こうとしたナイフが抜けず、とりあえず距離を取るためにゴブリンを蹴って離れた。
武器のなくなった留美は、弟の後ろへ『シャドウステップ』で移動する。
直後。バタッ。
ゴリッていった。気持ち悪っ! うわ〜。
生き物を指す感触ってこんなんなんや。うわー。気持ち悪っ。……でもちょっと、癖になりそう。……ならんならん。そんなこと思ったらあかん。
気持ち悪い。こんな感覚知りたくなかった。が正しい。正しくない感情はしまって。悟られないように。
「はぁ、終わった?」
ぺたりと地面にお尻をつける。なんだか変な気分。
思ったよりも息上がってる。
あれ、涙が……。
はぁー、やばいっ、めっちゃ緊張した。
ゴシゴシと顔を擦る私に、ママとパパが心配そうに走って来る。私は二人に笑いかけながら「大丈夫」だと言った。
「楽勝!」
雷が剣を上に持ち上げて叫ぶ。それに茶々を入れるのは私の役目だろう。
ふっふっふ〜。
「避けられてたくせに」
「てか留美がさっさと来てくれへんから、俺どんだけ焦ったと思ってんねん!」
「……そーれはごめん」
戦況があんなポンポン変わると思わんかってんもん。留美の場所どりも悪かったよな。そこは反省点や……。
私はバツが悪そうにそっぽむく。
本当にその通りで、何も言い訳できない。
変わるって決めたのに、しょうもないことで怖がってたから、家族を危険に晒して……はぁ。
ゴブリンを見ると、ビクビクと動いていた。
「雷、最後の気ぃ引いてくれてありがとうな」
「え? ああ、留美に行かせたらあかんと思っただけやし」
雷がゴブリンを刺して死んでいることを確認した。おそらくこれは死んでいる。死んだふりとかじゃないはずだ。
おずおずとゴブリンに刺さったままのナイフに手をかける。
グン。
抜けんっ。ぬっけろぉーー!
飛び散った血が顔にかかった。
「最っ悪」
「あはははっ!」
二本目は手をベッタリと汚された。
ユラッと立ち上がった留美は血のついた手を見て、雷へ向ける。
「血だらけー」
「うわっこっち来んな!」
「血ぃだぁらぁけぇ〜」
「うわーー!」
「二人とも」
「「……はーい」」
怒られた。
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