第18話 走馬灯なかった
雷の方ではまだゴブリンと一対一でやり合っていた。
キンッ! ブォンブンッ!
「なんやこいつ! ゴブリンのくせにっ!」
舐めてかかっているわけではない。
戦闘経験皆無なうえ、極度の緊張と、頭に血が上っての単調な攻撃。
仕方ないと言えば仕方ない。
敵を一人で倒す必要もないし、敵と一対一で剣を振り回せているだけでも、拍手を送りたいくらいだ。
ぱちぱちぱち〜。
なんだか倒せるってわかってから余裕が生まれていた。
心の中で拍手を送った私はナイフを投げるタイミングを伺う。失敗したら雷かママにグサーッってな。……笑えない♪
ブンッ。
剣の間合いが雷の方が広いからか、一見雷が押しているように見える。
実際に切り傷が増えていっているのは雷の方だ。
ゴブリンすごない?
ママとパパは困った顔をして雷とゴブリンの戦いを見ていた。
そろそろ……。
スッと進み始めると、雷が叫ぶ。
「留美手ぇーだすなよ!」
「は、はぁ!? なんで!?」
ばっかじゃないの!
もう傷のせいで動き鈍くなってるやん。素直に下がれよ。留美は苛立ってそばにあった小石を蹴った。
「ギャッ!?」
あ、ごめん。当たった。
「オラッ!! こいつは俺の獲物や!」
雷に睨まれた。
ゴブリンにすまんと手を合わせて、私はママの方へ歩いて行く。
「何あれ」
「一人でやりたいんやて」
「……ふぅん。雷にヒールしたって」
「そ、そうやね」
気がついていなかったのか、母の血の気が引いて行く。
これでゴブリンのターゲットが、ママに移るかな? その隙に、雷がやってくれればいいけど。
突っ込んできた場合に備えて、留美も用意しとこ。
「パパ、一応魔法の準備」
「『ヒール』」
「な、なんのや?」
雷が微かに薄緑の光に包まれて、傷が治っていく。
離れた場所からのヒール有用。
雷の傷が治っていくのを見たゴブリンは、ママの方へ走り出す。
ヒーラー見つけんの早すぎやろっ。
もしあの木を超えて来たら、留美があいつを殺す。でもあの剣まともに受けれるやろうか。
無理。
「パパ、バイ――」
「ブルカーン・バル・プラーミア・ノワイドファイヤー!」
言うのが少し遅かった。
ファイアーボールは、走っているゴブリンに当たることなく地面に落ちる。
あれで草に燃え移らないのが不思議だ。魔法やからかな。
「無視すんな!」
雷はゴブリンを追いかける。なぜか私は少し嫌な予感がした。
ゴブリンが口元に笑みを浮かべている。まるでそれを狙っていたかのように。
何かありそうだと分かっても。予想ができずに動けない。
「ガァアャッ!」
ゴブリンは急に止まると、雷の方へ振り向く。
「避けろ!」
雷は驚いて、剣を振るう。そしてその大振りはゴブリンに届かない。
「あ」
そんな声が耳に届いた。
パキッグチュッ
「あっ……カハッ。…………うぁあああああァア゙ッ!! っあ、ああぁ! 痛ってーな! クソッ!!」
雷がお腹を貫かれた。
パキンと、着ていた鎧はいとも簡単に砕け散っている。きっと使い古されたものだったのだろう。
強度を確認していなかった。
しようとも思わなかった。
貫かれると言う想像が足りなかった。
現実で起こりうると、考えるのを拒否していたせいだ。
雷の手から、剣がすっぽ抜けて地面に落ちる。
痛みが麻痺しているのか、根性で立っているのか膝はつかない。むしろ剣で貫かれながら、ゴブリンの腕と耳を掴んでいる。
ゴブリンはしてやったり、と笑っていた。
「殺せ!!」
「「雷っ!」」
ママとパパが悲痛に叫ぶ。留美は歯を食いしばって走り出す。
「ママヒール!」
私がナイフで斬りにかかると、ゴブリンは雷を殴る。
「ガッ……」
よろけた雷からすり抜け。
ゴブリンは自分の剣を雷に刺したまま、距離をとっていく。
「殺れんかった!」
切りつけた感触はあったものの、相手はピンピンしているようだ。
そのまま逃げていくのかと思ったら、私が殺したゴブリン仲間の剣を取った。
ポーチにしまっておけばよかったと今更ながらに後悔する。
「パパっ、バインドして!」
「お、おう!」
抜き身のナイフを握りしめた私は、ゴブリンに向けて走りだしていた。
植物の蔦がゴブリンに絡み付こうとしたが、紙一重で避けられる。まさか避けられるものだとは思っておらず、留美の頭はフリーズした。
このまま突っ込んで行ってもいいものか、止まったほうがいいのか。逃げたら後ろにいるパパが……。
私は自分の安全性を考えて、足を止めた。
無策で突っ込んだら、経験の低い方がやられるに決まってる。
ズサァッと砂が舞い上がり、そばにあった草を掴んで速度を完全に止める。ブチブチと植物が切れる音がした。
熱い。頭が暑い。目が熱い。思考が回らない。
次の瞬間、石が目の前にあった。
「うア゙ッ!? い、痛いぃ!!」
びっくりしたのもあって、私は武器を落としてかがみ込んだ。傷から手を離すと、頭から流れてくる液体が赤かった。血だ。
いつの間に拾ったのか、手に石を持っていたらしい。
音がして前を見る。
「あ」
剣を振り上げているゴブリンの姿をぽかんと見上げる。
私はどうすればいいですか?
何をすればいいですか?
そんな疑問が頭の中を埋め尽くす。
「この悪鬼が!!」
ブンッ!
飛びのいたゴブリンが、ニタリと笑みを浮かべるのが見える。
走ってきたパパが杖を振るって、ゴブリンを牽制してくれたのだ。助けてもらってしまった。
目の前にいる父がとても頼もしく思える反面、苛立ちを覚えた。
死ねると思ったのに。
一瞬思ってはいけないことを、思ってしまった気がする。
どうでもいい。今はこの状況をどうにかしなければならない。後衛に守られる前衛職ってなに? 命かけてでも守らなきゃならないのは、留美の方や。
武器を掴んで隣に出る。
一度死にかけたからか、この命なんてどうでも良く思えた。
「大丈夫か!」
「大丈夫。もっかいバインドして。次は失敗しいひんから」
ゴブリンがママと雷の方を見ていた。
舌打ちをした私が走り出す。
「……あっ、ほんまにっ。わかった。『バインド』!」
パパにしては苛立った声が聞こえた。初めて聞いたかもあんな声。
バインドがかかったゴブリンに『シャドウステップ』で近づいて、横から喉を斬る。
刺そうと思ったが、バインドが千切れた。
息の荒いゴブリンと目が合う。
今までの留美だったら怯えていたはずだ。けれど今は気分が高揚していた。恐怖が楽しいに塗りつぶされて、ああこの人殺したい。とただただ思う。
まぁ、雷のこともあって、深追いは危険なのは確かだ。冷静な私が、前に出ようとした自分を下がるようにと命令した。
身体が後ろに下がる。
バインドは暴れると千切れるんか。
真っ白なはずの頭に、新しい発見だと喜ぶ感覚を覚えた。
パパがまたバインドで援護してくれる。ナイフを振りかぶった瞬間、後ろから大きな声がした。
「お願いやから安静にして!」
母の悲鳴だ。
弟は腹に穴を開けられておきながら、血を拭って立っていた。剣を握りしめた顔は殺気立ち、何がなんでもゴブリンを倒してやるという意気込みを感じる。
うわ痛そう。
そんな幼稚な感想を思い浮かべていると、ゴブリンが斬りかかってきていた。
振られた剣を『シャドウステップ』で避ける。
「もう痛くない! 俺もやれる!」
じゃぁ早よ来いよ。そんな冷たい声を心の中で呟く。
「援護したるからやったれ!」
ゴブリンと正面から睨み合っていた私は、変化を待っていた。
攻撃か、逃亡か、はたまたはターゲットの切り替えか。こっちの仲間からの援護か。
走ってくる雷に気づいたゴブリンが、標的を変えた。敵が見た先には、パパが一人でいる。
バインドがウザく思ったのだろう。加えて装備も守りが弱い。ハッとした父は杖を構える。
「雷! パパを守れ!」
「わかった!」
二人はお互いには知り合い、前衛と後衛の位置に立つ。雷がパパの前に立って剣を構える。
ゴブリンはすぐに止まると、ママに走りだした。
「させるかよ」
あのゴブリン、完全に留美らが戦闘経験浅いことわかっとる。それで勝機探っとるで。凄すぎるっ。
「あははっ! 絶対そいつレベルニのゴブリンやでぇ!」
今度も振り返って来ることを予想しながら、私は『シャドウステップ』で近づく。
やはりというべきか。ニタァと笑みを浮かべてゴブリンは振り返る。
その戦法好きやなぁお前!
「うっ!」
ゴブリンの振るった剣を、ナイフをクロスする事で受け止める。しかし、思った以上にゴブリンの力が強かった。
衝撃を受け止められず足が浮く。そこにゴブリンが蹴りをかましてきた。
「グッ……」
ナイフが手から離れていく。
手が。いや背中痛い。
地面に背中から落ちて、衝撃を逃すように転がり顔をあげる。
「雷!」
ここはママに頼んだ方が近いけど、雷にやらせた方がいいやろ。
弟は私の声に反応すると、勢いよく駆けて来る。
ゴブリンは気づいているのかいないのか、留美を殺ることしか頭にないのか。私から目を離さない。
私だって死にたくはないから。慌てて立ち上がる。
走り出そうとするゴブリンから距離を取るのだ。
いやぁ! 向こうのほうが地味に早いぃっ!
殺意が滲み出る顔で、こっちに来ないで欲しいー!
呑気な感想が出てくるからといって余裕なわけではない。石に躓いた。
「あっ」
変な浮遊感と間。
足をついて、コケるのは回避。
「セーフッ」
ふと後ろを見ると、ゴブリンが植物に巻きつかれている。パパのバインド魔法だ。
そうなってなかったら今頃貫かれて死んでいたかもしれない。
「このゴブ野郎!」
雷は気合いを入れるように叫び、頭から下まで切り裂いた。
おぉ。深々と切れたな。そんでもって、ゴブリン雷に気づいてなかったっぽいな。
あんだけ叫んでたのに。
怒りは視野を狭めるってやつか。
留美そんなに怒らせるようなことしてないのに。カチーンってくる言葉は人それぞれか。
「うわエグ」
ゴブリンが倒れた。
血塗れた手のひらと、切り傷だらけの脚。頭から顎に伝って、ポタポタと落ちる血が不思議だった。
これが自分から出ている血なのだと、実感が湧かない。痛いのは痛い……はず。うん、痛い。痛いっ! めっちゃ痛い!!
とりあえず、手のひらから砂を落とそうとしてみる。
ゾクッと嫌な感覚がした。
あ、あぁ。痛い。これはあかんやつ。その血の滲み出る様を見ていると、子供の頃の傷が思い浮かんでくる。
こんな傷作ったんは、自転車で転んだ時くらいかな? 高い上から落ちて超やばかった。
あぁ、痛い。
昔より今が痛い。痛い痛いあ〜、いたい〜。
私はどうしようもないから、ぼーっと周辺を見る。
前でどさっと雷が座った。
駆け寄ってくるママが『ヒール』をかけ出す。どくどくと出る血が少しずつ引いていっている気がした。
留美もヒールしてほしいぃ。まぁすぐ死ぬ傷じゃないけど。痛いのは痛いねん。
私は指でナイフを持つと、痛むのを承知の上でちゃんと握った。
この状態ではないと思うけど。もし、死んだふりだったら……すごい困るよな。
半分に割れても生きてるゴブリン。……ないわな。
「グロい、ちょっと誰かモザイクかけて」
「むり〜」
疲弊した様子の雷が、バタッと地面に倒れ込んだ。
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