第34話


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 途中、俺達は天王寺と綾野の死体を見つけた。

 天王寺はキャンプ場と駐車場をつなぐ広い道の真ん中で、蠕動運動中の芋虫のように尻を突き上げて絶命していた。右手が首に添えられていたが、頸動脈から吹き出る血を必死に止めようとしていたのが想像できた。


 綾野は、急な傾斜の下を流れる用水路に上半身を突っ込んでいるのが確認できた。歩いている際に成人用の片方の靴を見つけて、もしやと思いそばの用水路を覗いたら悪い予感が当たったのだ。見えているのは下半身だけだったが、体形とカーキ色のズボンから俺は綾野だと断定した。


 これで死んだのは、城戸、鮫島さん、綾野、天王寺、高柳の五人。全員が映研(OB)の人間だ。

 ふと、先刻の鳴河の言葉が蘇る。


 ――みんな殺人鬼に殺されますね。それが最良だと思います――。


 それを聞いたとき、俺はくだらないと一蹴することができなかった。どこかで、起こっても不思議ではないと思っていたからだ。


 そして今、現に五人が殺された。

 残っているは俺と鳴河と樽井会長。この現実とどう向き合えばいいのだろうか。

 俺が会話のボールを投げなければ、ずっと口を開きそうもない鳴河に声を掛ける。


「鳴河」

「はい」

「お前、確かあのとき言ったよな。〝みんな殺人鬼に殺される。それが最良〟だって。まだそう思っているのか」

「はい。思ってます。でもそれは、串田さんが〝現状が小説だったとして、このホラー的シチュエーションをどう料理するか〟と前置きしたからです。でも現実にその通りになってきていますね。最良とは思ってはいませんけど」

「ああ、最低だよ、最低のクソ展開だよ、くそっ。でもこれが現実。なんだってこんなことになってんだよ」


 置かれた現実に俺は憤る。

 今頃、クランクアップ後の打ち上げでアルコールが入っていい気分になっていただろうに、まさかこんな悪夢の渦中に放り投げられるとは、と。


「もしかしたら、私たちは誰かの作った物語の中にいる存在なのかもしれません」

「なんだ、そりゃ」

「いえ、そう解釈すれば、この非現実的なシチュエーションに説明が付くと思っただけです。気にしないでください」

「現実逃避の際たるものだな、それは。ただ、そう思いたくなる気持ちも分かる――」


 まさか。

 俺は足を止め、周囲にくまなくフラッシュライトを向ける。不鮮明な色を得て視界に現れるのは樹木と雑草だけで、俺の求めるモノはいなかった。


「まだ撮影だと思っているんですか」

「い、いや、一応、念のためにな。気にするな」

「散々、騙されましたものね。私のほうこそ、気持ちが分かります」


 挙句の果てには老婆の殺人鬼にまで騙されかけたのだが、あれは真実であってほしかった。しかし老婆が手にするのは〝ドッキリ〟の看板ではなく、俺を殺すための包丁だった。


「健の死体をはっきりとこの目で見たってのに、俺ってやつはどこまで愚かなんだろうな。認めたくなくても、ちゃんと現実を直視しなきゃいけないんだよな」

「そうですね。高柳さんを殺したもう一人の殺人鬼が会長であることも認めなければいけませんね」

「そうだな……ん」

「どうかしましたか」

「今、お前、さらりととんでもないこと言ったぞ。会長が殺人鬼って」

「私、言いましたよね? もう一人の殺人鬼は映研の誰かだと」

「それはそうだが……」

「天王寺君と綾野さんが殺されて映研の残りは三人ですが、私が高柳さんを殺していないことは私が分かってます。同時に、老婆の殺人鬼と一緒にいた串田さんも殺してはいません。だからもう一人の殺人鬼は会長しかいないんです」


 あまりにも単純な消去法だ。


「会長だとすれば動機はなんだ? あの会長が健を殺す理由なんてあるのか」

「それは分かりません。論理的な道筋を経てたどり着いた答えではないですから。言ってしまえば当てずっぽうと同じです。でも状況的には相応しい。だから会長が犯人だと思ってます」


 戯言だ。なのに反論できない説得力があるのはなぜか。

 鳴河が二度、口にした通り、〝状況的に相応しい〟からだ。


 殺人鬼物の撮影中に本物の殺人鬼に襲われるなどというのは、今やB級ホラーも手を出さない滑稽で陳腐な状況設定だ。しかしその設定が、現実に俺達の前にある。ならば、ロジックなど無視した〝とにかく意外な犯人であればいい〟という、安易なオチであっても何ら不思議ではない。むしろ、そうであるべきだ。

 ゆえに樽井会長が犯人であるのは状況的に相応しい。


 ――あるいは。


 となりを歩く鳴河を横目にする。

〝私が高柳さんを殺していないことは私が分かってます〟と鳴河は言ったが、それは高柳を殺していない証明にはならない。樽井会長同様に動機など不明だが、高柳を殺すための時間はあったように思う。


〝状況的に相応しい〟のは樽井だけではない。


「串田さん。あれ、見てください」


 鳴河への疑念を払拭できぬまま、俺は彼女の指さすほうへと視線を向けた。


「赤い光……。あれはもしかしてパトカーの赤色灯じゃないのか」

「場所的に駐車場だと思います」


 俺達は高柳の死体を発見したあと、駐車場へ向かうことにした。老婆の殺人鬼から離れてより早く警察と合流するには、それが一番だと判断したのだ。樽井の安否は気になったが、電話をしても出なかったこともあり、警察と接触したあとにしようとも鳴河と決めていた。


〝樽井がもう一人の殺人鬼説〟に傾いている今、その選択は正しかったと言えるだろう。


 俺と鳴河は赤い光の正体がなんなのか分かるところまで走る。やがて赤い光を発するのが警察車両の赤色灯だと分かると、俺は「よっしゃ」と声を上げた。


 鳴河を見ると、嬉しさも安堵も感じていないようなポーカーフェイスだった。それが鳴河の平常運転だろうと、俺は再び走り出してパトカーの元へ向かう。


 ここに来て気づいたのだが、駐車場のポールライトも点灯していないようで、仮にパトカーがいなかったら廃キャンプ場同様に真っ暗闇だと思われた。

 普段は赤色灯などなんとも思わないが、今日はその赤い光が、豪雪の中を歩き続けた先に見つけた暖炉の火のように見える。


 もう大丈夫。あそこに辿り着けばもう大丈夫。

 色々聞かれるだろう。

 怒られもするだろう。

 疑われもするだろう。

 それでも俺と鳴河が死を避けることができるのなら――。


 俺は駐車場のアスファルトまで二メートルほどのところで足を止めた。

 いや、無理やり止められたと言ったほうがいい。後ろから鳴河に服の裾を引っ張られたのだ。

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