第7話


 入口から二〇メートルほど歩くと、開けた場所がでてきた。

 そこは写真で見た広場であり、右奥のほうには〈血原キャンプ場管理小屋〉が建っている。それも写真通りであり、白い外壁と赤い屋根で構成されていた。

 

 樽井会長が言うにはその管理小屋が主な撮影場所であり、ほかの場所は映画のラストで真犯人が去っていくときにだけしか映像として使用しないらしい。樽井会長自身も言った通り、雰囲気が最高なだけにもったいない話である。

 

 それを高柳に言うと、雰囲気は演者のモチベーションのスパイスとして作用すればいいのよ――と樽井会長が言っていたとのことだった。


「あ、あれですかね、クリスタルレイク」


 もうすぐ管理小屋というところで、横から架空の湖の名を放り込んでくる城戸。

 俺か高柳のどちらに言ったのか分からないので黙っていると、「そうみたいだね。あれがクリスタルポンドだと思う」と高柳が答えた。


 城戸が指を向ける左方には確かに五〇メートル四方の池(ポンド)があった。

 ここからでも大量のゴミが浮かんでいるのが見える。色もどす黒く、ゴミに混じってヘドロも見え隠れしている。もっと近くに行けば悪臭が鼻を突くだろう。ジェイソンでも嫌がりそうな汚水っぷりだ。


「えー、きったなーい。絶対に近づきたくないし、なんか、死体とか浮いてそう」


 嫌悪感に顔を歪めた城戸が縁起でもないことを云う。

「それはさすがに、ないだろ」


 俺は飲み終わったコーヒーの缶を振りかぶると池に向かって投げた。缶は綺麗な弧を描いて池の真ん中に落ちた。ダーツならブルズアイかもしれない。


「ナイスピッチング」

「お上手です。串田さん」

「甲子園の土踏んだことあるんで。自分」


 俺のくだらないギャグに二人が笑い、再び管理小屋へと足を向ける。しかし城戸はまた何か見つけたのか、明後日のほうへと走っていった。


 ミニスカートから見える生足がまぶしい。ファッションのことはよく分からないが、城戸の着ている服はトレンドに敏感な渋谷系といった感じで、何度目かの素朴な疑問が脳裏を過る。


「なあ、城戸ってなんで映研に入ったんだろうな」

「それはどういう意味?」

「いや、あいつは見た目も性格も今どきの女子の先頭集団にいそうな感じだろ。それが、なんだって映研で撮影係なんかやってんのかなって」

「そういう意味ね。確かに意外だけど……ああ、そういえば城戸が入部するとき、〝私、撮影することが大好きなんです〟って言ってたじゃん」

「そうだっけ、か」


 そうなると、あくまでも撮影が好きで入会したのであり、特段、映画が好きってわけではないことになる。実際、城戸の映画に関する知識を考えればその通りなのだが。


「静止画より動画撮影が好きみたいで、大手動画共有プラットフォームでの動画配信者だって話も聞いたことがあるな」

「そこは今どきだな。今度、視聴してみようかな。城戸彩花の名前でやってんのか?」

「さあ。でもさすがに実名じゃないと思うよ」

「豊胸手術の事実を隠して、ステマでバストアップブラとか売ってたりして」

「そんな配信者、いたね。〈ハム子〉? 〈ミカティ〉? 〈びぃばぁ☆〉だったっけな。いや、違うかな」


 どんな理由であれ、城戸がいることにより映画研究会のオタク濃度が下がればそれでいい。鳴河や綾野、天王寺から発せられるアキバ臭、及び樽井会長のオカマの臭いだけだったら息が詰まるというものだ。


 俺は今度こそ管理小屋へと向かう。

〈血原キャンプ場管理小屋〉は写真で見る以上に廃屋そのものだった。建物を這うような蔦や下部が見えないほどの雑草に侵食されつつある姿は、どことなく人類不在の未来を思わせるものがあり、SFチックでもあった。

 


 管理小屋の内部は外観から想像するほどには荒れてはいなかった。とはいえ侵入者の形跡はそこかしこにあり、ゴミの散乱やアートには程遠い落書きも散見された。ゴミ屋敷よりはましだというレベルだろう。


 間取りは、入口から奥に向かって一本廊下がある、ちょっと広めの三LDKといったところだろうか。入口の右横に受付、左にはトイレを表すピクトグラムが貼ってあるドア。あとは、何に使っていたのか不明な部屋が廊下の左側に二つ、右側に一つあった。


 当たり前のように小屋の中に入ってしまったが、鍵を壊して入った狼藉者や、面白半分に侵入した輩もいるのだからという免罪符もあり、それほど罪悪感を喚起することはなかった。むしろ撮影のために有効利用するのだからという正当性すら出てくるほどだった。


「あ、串田さんと高柳さん、こっちです」


 軋む廊下を歩いていると、奥のほうから天王寺が呼びかけてくる。そのままもやし男のそばまで行くと、ここが映画の監禁部屋ですと一〇畳ほどの洋間に案内された。廊下の左側奥の部屋だ。


 汚れてはいるが比較的綺麗な部屋であり、少し掃除をすれば、まともに使えそうだ。しかし窓にはカーテンがない。明るい陽射しが入ってしまってはホラーテイストも薄まってしまうのではと思ったが、天王寺が言うにはカーテンを持ってきているとのことだった。


 ガッチリとした木製の机と椅子も放置してあり、都合よく残っていたものだと思ったが、どうやらそれらは樽井会長が前以て持ってきていたものらしい。一人では大変そうだが、誰かと一緒だったのかもしれない。


 奥には、キャスター付きの木製スタンドミラーが置いてあるが、それも樽井が持ち込んだものなのだろう。

 

 それはそうと尿意をどうにかしなければ。

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