第5話


 ウェバーについてほかの皆も更なる説明を求めることもなく、次に〈表現ゲーム〉とは何かの疑問にも樽井会長は淀みなく答えた。

 その〈表現ゲーム〉を、〈モジノラクエン〉という小説投稿サイトで行うらしい。


「〈モジノラクエン〉上で、ですか。そういえばあの小説投稿サイトは呪われていて、その呪いが〈モジノラクエンの呪い〉って言われていると聞いたことがあります」


 これはイモ女の鳴河だ。

 しかし、呪いとはまた非現実的なことを。


「お前、呪いとかバカなんじゃないのか? その呪いがどんなものか知らねーけんなもの、科学的に立証できないから魔法ですって言ってるのと同じだろ」

「まあまあ、裕司。それはいくらなんでも極端すぎだよ。世界には、明らかに呪い以外には考えられない事象だって存在するんだから。有名なところでは、キプロスで発見された死の女神像だったり、ドイツ軍のUボートだったりさ」

「じゃ、何か? 〈モジノラクエンの呪い〉ってのは、その有名どころと同じレベルの事象だってのか」

「そういうわけじゃなくて、俺が言いたいのは、呪いってのは実際にあっても不思議ではないってこと」

「分かった、分かった。じゃあ、〈モジノラクエン〉が実際に呪われていると仮定して、それはどんな呪いなんだよ」

「えーと……」


 と鳴河に顔を向ける高柳。イモ女は諒解したとばかりに頷いた。


「小説を書いているとき、小説を読んでいるとき、あるいは自由帳欄で近況を報告したり交流をしたり、その他では小説やプロフィールなどの編集作業をしているとき、ある予兆のあとに死にます。それが呪いです」


 死ぬ。


 なんとなく予想はついていたが、呪いとは死に直結するらしい。


「要は、〈モジノラクエン〉で何かしらの行為をしているときに死ぬってことか。ふん、で? ある予兆ってのはなんだよ」

「多くの場合はノイズです」

「ノイズ? 音のほうか?」

「はい。耳を塞ぎたくなるような不快なノイズが発生したとき、ユーザーはなんらかの原因によって死にます」

「なんらか? 俺の中では心臓発作で死ぬイメージがあるけど、違うのかよ」


 鳴河が大きな丸眼鏡のリムを掴んで、くいっと上げる。


「それも原因の一つではありますが、そのほかにも別の病気だったり、屋内や屋外での不慮の事故だったり、殺意を持った誰かに殺されるというのもあります。つまり、死への導線は限定されません。呪いという死神があらゆる手段でもって死を運んできます。命を奪うそのときまで」


 現実とフィクションの境界が一瞬、なくなる。その隙間に僅かばかりの恐怖が入り込んだ。そんな自分が許せなくて、俺は鳴河に対して声を荒げた。


「くだらねえこと言ってんじゃねえよ、お前。命を失うまで、死神があらゆる手段で死を運んでくるだぁ? 〈ファイナル・ディスティネーション〉かっつーの。真面目に話を聞いて損したわ。みんなもそう思うよな?」


 凄惨な飛行機事故を予知した若者たちが、逃れられない死の運命に次々とさらされる恐怖を描いた映画〈ファイナル・ディスティネーション〉。我ながらうまい例えをしたものだと自賛する俺は、映画研究会のメンバーに目を向ける。


 同調する人間はいなかった。変わりに城戸が鳴河の与太話を補強し始める。


「多分、事実じゃないですかね。私、知ってますから。その話」

「僕もです」

「俺もだ」

「あたしもよ」


 天王寺と高柳、樽井会長までもが鳴河側につく。

 まさかの劣勢に、俺はあと一人のメンバーに全てを託した。


「お、お前はどうなんだよ、綾野あやの。黙ってないで何か言え」


 綾野がくはもやしっ子天王寺とは対照的に、顔も体も横に長い肉まんじゅうみたいな二年の男性メンバーだ。スクリプター担当ではあるが、もっさりとした動きと鈍重な思考が全くスクリプターに向いていないのが、皆の悩みである。


「……じ、自分、先日、友人の葬式だったんです。そ、そいつなんですけど三週間前に急に連絡がとれなくなって、どうしたんだろうと彼の母親に聞いたら、自殺したって。に、二階の手すりに紐を結んでそこから首を吊ったみたいで、それはもう大変な状況だったって」

「え? 何が言いたいの? もしかしてその自殺も……」

「……はい。ゆ、友人も〈モジノラクエン〉のユーザーでした」


 絶句する。

 やがて渇いた笑い声を出せるようになると、俺はスマートフォンで検索を始める。〈モジノラクエン〉の呪いが事実か調べるためだ。しかし検索してみると、そんな話は一切引っかからなかった。


「おい、ネットで出てこないぞ。事実だったら少しくらい引っかかるもんじゃないのか。どういうことなんだよ、これ」

「そこが俺達も不思議なところなんだけど、なぜか出てこないんだよね。でもね、裕司。〈モジノラクエン〉のサイト内でその手の記事が溢れかえったのは事実なんだ。俺も確かにこの目で見たから」


 ほかのメンバーも頷く。どうやら高柳と同じように確認済みのようだ。だからこその〝知っている〟なのだろう。ならば俺も確認してやろうとスマートフォンで〈モジノラクエン〉を開こうとすると、


「もう全ての記事が削除されてるよ。運営が放っておくわけないからね。規約違反でアカウント停止になるから、今はもう誰も書こうともしない」


 と高柳に言われ、端末はポケットへと戻った。

 運営が動いてサイト上から呪いに関する記事がなくなるというのは分かる。しかしネット上にすら一切存在しないというのが気になる。万が一の偽計業務妨害罪を恐れて誰も書かないのだろうか。


「でもやっぱり信じられねーな。呪いなんてよ。俺はちょっと無理だわ。そういうの」

「別にそれでいいんじゃないかな。信じる信じないは人それぞれだと思うしね。大体、ホラーの醍醐味ってのは、掴みどころのない不合理な事象に対して、こうなのではないかと想像するところにあるとも思っているし。だから寧ろ、鮮明な事実でないほうがいいのかもしれない」


 言い得て妙な、或いは元も子もないことを口にする高柳。

 これで〈モジノラクエンの呪い〉についての話は終わりかのような雰囲気の中、天王寺がまたしても長イモを更に長くしたような手を上げた。


「あ、会長。それで場所はどこなんすか? 撮影しに行くって言ってましたけど」

 七三分けの七の部分の髪を横に払う樽井が、待ってましたとばかりに天王寺を指さす。

「いい場所があったのよ。埼玉県、○△×町に。一七年前に使われなくなった廃キャンプ場なんだけど、もう雰囲気が最っ高。ほら、見て頂戴、写真たくさん撮ってきたから」


 下見済みの樽井会長が、バックから取り出した写真を皆が集まる机の上にばらまく。俺はその一枚を手に取った。


 写真の両脇には樹木や鬱蒼と生い茂った雑草。それらに囲まれるように整備のされていない砂利道があり、その先には広場がある。広場の端のほうに白い外壁で赤い屋根の木造平屋が建っているが、おそらく管理小屋だろう。


 次に平屋がメインで写っている写真を手に取る。入口の扉の上に〈血原キャンプ場管理小屋〉と書いてある。やはり管理小屋だったようだ。


 ほかの写真もざっと見てみる。管理小屋のほかにはこれといって目立った人工物はない。野放しになった自然の逞しさが分かるくらいだ。総じて言えるのは、樽井の言う雰囲気は充分に出ているということ。つまり、廃キャンプ場は廃墟特有のそこはかとない不気味さが漂っていた。


「これって湖ですか? だったらまるであれですね。13日の金曜日のあれ。えー、思い出せなーい」

「……ク、クリスタルレイクだよ」


 城戸が見ている写真を横から覗く綾野。

 ぎょっとして身を反らす城戸だが、綾野は気にせず続ける。


「で、でも、クリスタルレイクっていっても、メタルコアバンドのほうじゃないけどね。そ、そっちのクリスタルレイクは知ってる?」

「知らないし、どうでもいい」

「……じゃあ、じ、一三日間限定でクリスタルレイクに改名された、ふ、富士五湖最大の湖が何かは知ってる?」

「知らない」


 綾野に背を向けて露骨な拒絶を示す城戸。その二人の間にそっと入り込む高柳が、城戸のほうに体を向けた。


「いや、これは大きな池だよ。もしも湖ならって話。だよね?」

「うん。あ、はい。そうです。もしも湖なら、そのクリスタルレイクみたーいって思って」


 俺も写真を覗き込む。確かに池があった。これを湖だと思ってしまう城戸の脳みそが心配である。


 しかし13日の金曜日を彷彿とさせるものは確かにある。さきほど感じた不気味さがそうさせているのかもしれないが、ジェイソンがナタを持って池から出てくるシー

ンが頭をよぎった。


「今回の撮影にはいい場所だと思います。でもここって私有地ですよね?」


 鳴河の疑問。


「そうよ。でも廃キャンプ場だから大丈夫よ」


 我らが映研会長が答える。


「え? それって所有者に許可を取っていないってことですか?」

「とっていないわよ。そんなもの」


 あっけらかんと述べる樽井会長。

 まるで、そんなの当たり前かのように。


「いや、会長。それはまずくないですか。だって人の土地ですし」


 俺が、おそらく皆のであろう懸念を代弁する。


「大丈夫よ。あんな荒れ果てたキャンプ場、どうせ所有者だってなんとも思っていないから。大体ね、廃墟探索とかで所有者にいちいち許可取る人なんている? いないわよ。だから大丈夫。仮に何かあったとしてもあたしが全責任を取るから」


 探索と、がっつり撮影では話も違ってくると思うのだが、樽井会長からは微塵の罪悪感すら漂ってこない。それはさておき、責任を取るとの言質を頂戴したこともあり、


「まあ、そういうことなら俺はいいですけど」


 と従うことにした。


 すると他のメンバーも俺に追従して、結局反対する者はいなかった。おそらく誘惑に打ち勝てなかったのだろう。映画研究会の最大の楽しみが、撮影にあることを誰もが知っているだろうから――。

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