第4話


 ――〈化粧マスクの殺人鬼〉。

 ソリッドシチュエーション・スリラーである以上、明るいタイトルにはならないと予想していたが、なかなかどうして直球のタイトルである。

 

 ストーリーを読めば、正にソリッドシチュエーション・スリラーそのものであり、拘束やゲームなど、〈ソウ〉を喚起させるワードさえある。個人的には、ここまで大がかりなゲームで殺人を犯すには、犯人の動機が弱いような気がするが、そこは重要視していないのかもしれない。


 更に言えば、ストーリーにもう一ひねり欲しいところだが、そこも言及するのは止めておく。多くを求めすぎて散漫な印象になるよりかは、〈表現ゲーム〉とやらに注力するというのが樽井会長のお考えなのだろう。


 樽井会長が撮りたい映画の方向性が明確になったところで、一旦、ストーリーについての疑問は脇に置く。触れなければならないことがあるからだ。


「会長。俺が小説家の男役ってなってますけど、なんでなんですか」

「それはもちろん、串田君がふさわしいからよ。圧倒的な恐怖を抱え込みながらの生への渇望。つまり、垂れ下がった一本の藁に必死に縋りつこうとする無様で滑稽な姿を演じられるのは串田君しかいないわ。宜しく頼むわよ」

「はい。会長の期待に応えられるようにがんばります」


 素直に喜んでいいのか微妙なところだが、樽井会長に期待されて嬉しいのは事実だ。身が引き締まる思いが全身を駆け巡った。


 ところで今、樽井会長が言った滑稽な奴らなら、それこそ〈ソウ〉シリーズにはたくさん出ている。今日からさっそく、動画配信サイトで改めて視聴しようと決めた。


 すると今度は、もう一人の演者に選ばれた高柳が樽井に質問する。質問内容は演技についてではなく、「俺が演じる〈ウェバーの亡霊〉ってなんですか」というものだった。


「あ、それ、僕も思いました。それとウェバーって人っすか? だとしたらどんな人物なのかなっていうのも」


 高柳の疑問に同調するのは、照明係の一年生、天王寺てんのうじ芳雄よしおだ。風速20ノットの風でどこかに飛ばされそうな、顔も体ももやしのような天王寺がひょろ長い手を上げながら樽井の返答を待つ。


「そこは確かに説明が必要ね」


 樽井会長によってなされた説明はこんな感じだった。

 ウェバーとはアダン・ウェバー(1896年~1977年)のことであり、フランスの怪奇小説作家である。〈怪人―地獄のお母さん(デスマザー)―〉シリーズが、日本でもその方面に明るい人間には評価が高いという。


 そのウェバーは美について飽くなき探求心がある人間でもあったらしく、とある美容製品を考案していた。それは化粧マスクという名前の美白効果を謳ったものだった。装着して就寝すると〝発汗によって毛穴が開いて血行もよくなり、皮膚が柔らかく綺麗になる〟というキャッチフレーズにより売り出されたようだ。


 ちなみにウェバーは殺人の罪で死刑となっている。

 文献によれば、〈怪人―地獄のデスマザー―〉シリーズのために殺人鬼のリアルな心境、且つ惨殺する被害者の生の慟哭(どうこく)が知りたくて殺人を犯したとのことだ。犯行時に、考案した化粧マスクを装着したままだったこともあり、それによって化粧マスクは美容製品の域を出て、殺人鬼のマスクという不名誉なレッテルを貼られることになったという。


 今回、〈化粧マスクの殺人鬼〉における殺人鬼が〈ウェバーの亡霊〉という名前である理由。それは殺人鬼が化粧マスクを装着しているからであり、且つアダン・ウェバーの魂が宿ったかのように残忍でもあるからだ――。


「あ、そういうことなんすね。そういったバックグラウンドを知れば、単なる白いマスクもホッケーマスクやボタンマスク、或いは豚のマスクや赤ん坊のマスク並のおぞましさを纏うというもんすよね」


 モヤシっ子天王寺が納得する。

 ちなみにホッケーマスクは、スプラッタ映画の代名詞である〈13日の金曜日〉シリーズで、無敵の殺人鬼ジェイソンが毎回装着しているアイスホッケー用のマスク。


 ボタンマスクは、〈ミディアン/死者の棲む街〉で、連続殺人鬼であり精神科医でもあるフィリップデッカーが被っている、目がボタンになっているマスク。


 豚のマスクは、ソリッドシチュエーション・スリラーの金字塔〈ソウ〉シリーズで、ジグゾウ達が顔を隠すために着用している、長い髪の豚マスク。


 赤ん坊のマスクは、〈ビルズ・ラン・レッド〉で、殺人鬼ベビーフェイスが付けている、鉄条網の食い込んだ不気味で怖気を震う人形のマスク。

 ――である。


「でしょ。ホラーにおぞましいマスクって定番じゃない。今日は持ってこなかったけど、今の話を聞いたあと実際に見たら、その禍々しさを感じ取ることができると思うわ」

「あ、マスクもそうですけど、ウェバーもなかなかのサイコパスっすね。こんな人が実際にいたというのが本当に驚きっす」

「あら。この程度の殺人鬼なんて珍しくないじゃない。でもね、サイコパスと言ってもアダン・ウェバーの場合は小説家として向上心ゆえの行動だから、殺しが目的の単なるシリアルキラーと一緒にしちゃだめよ」


 まるで高尚な向上心さえあれば、殺人すらも許されるかのような物言いの樽井会長。若干の不快感を覚える俺はそのあと、更に理解の及ばない発言を彼の口から聞くことになる。


「それにね。なんとなくあたしに通じるところもあって、ちょっぴり親近感も湧いているのよねぇ。フランス語なんて全く話せないけどね」

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