第3話
二
「次の土曜日、撮影しにいくわよ」
映画研究会のサークル部屋で、樽井会長がなんとも簡単に言い放つ。
突然の撮影決行の話に、部屋にいる樽井会長以外のメンバー六人の視線がオカマ会長に向けられる。すると皆の気持ちを代弁するかのように高柳が口を開いた。
「いきなりですね。予定が入っていて行けない人もいるんじゃないでしょうか」
「あら。そんなメンバーいるのかしら。みんな暇じゃないの? だって誰も恋人いないじゃない」
どうやら樽井会長にとっては、恋人と過ごす時間以外は、映研専用のフリーな時間という認識らしい。そんな横暴が許されるのかと俺は思ったが、久々の撮影に高揚感が湧きたったのも事実だった。
「俺は大丈夫ですよ。ほかの人は?」
樽井会長の代わりにメンバーに確認する。
会長の言った通り誰も恋人がいないのか、あるいは俺のように撮影への欲求が勝ったのか、メンバーの中で断るものはいなかった。
「でも待ってください。役者はどうするんですか。演劇部かほかの誰かにすでに手配済みなんですか」
続けて俺は問う。
映研には専属の役者はいない。誰もがメインとして裏方の仕事を受け持っているからだ。なので、どうしても役者が手配できないときはメンバーの誰かが演じることになる。今回はおそらく映研からの選出だろう。外部の役者と顔合わせもしていないのだから。
「ううん。手配していないわ。今回は映研のメンバーだけで撮影を行うわ」
「それで何を撮影するんですか? 次の土曜まで五日しかないですけど」
今度は城戸が耳のイヤリングをいじりながら聞く。
そうだ。一体何を撮影するつもりなのだろうか。予想通り映研のみでの撮影、且つ準備期間が五日しかないとなると大掛かりなことは難しい。ちょっとした小道具があれば済む撮影なのかもしれない。
樽井会長の唇がゆっくりと開く。
「ソリッドシチュエーション・スリラーよ」
「ソリッドシチュー……それって、なんですか?」
映研所属とは思えない疑問を会長にぶつける城戸。
「ソリッドシチュエーション・スリラーよ。〝逃げ場のない空間に閉じ込められ、意図しない状況に立たされる中、それでも窮地を脱しようともがき抗う人間を描いた映画や劇〟のことをそう言うの」
「あ、だったら知ってます。正に〈ソウ〉とか、そういうやつですよね?」
確かにソリッドシチュエーション・スリラーと聞けば、真っ先に出てくるのがその〈ソウ〉だ。
猟奇殺人鬼ジグゾウによって密室に閉じ込められた登場人物達。彼らはジグゾウによって悪魔的なゲームを強要され、クリアできなければ死ぬという最悪の状況に追いやられる――という内容だ。
第一作目が公開された二〇〇四年から二〇一七年までの間に、実に八つの作品が発表させている人気シリーズであり、ソリッドシチュエーション・スリラーのパイオニアとも言える作品である。作中にでてくるジグゾウなる殺人鬼も、今やジェイソンやレザーフェイス、フレディに並ぶ有名人と言っても過言でない。
ちなみにソリッドシチュエーション・スリラーでは、そのほかにも、
立方体で構成されトラップが張り巡らされた謎の迷宮に、突如放り込まれた男女六人の脱出劇を描く〈
屋敷に侵入してきた強盗達と、彼らから逃げるように緊急避難用の密室パニック・ルームに立てこもった母娘を描く〈パニックルーム〉。
スナイパーによって電話ボックスに追い込まれ、その電話ボックスから出られなくなった男について描かれた〈フォーン・ブース〉。
実際の事件を元にした、ダイビング中に手違いから海に取り残された夫婦の恐怖を描いた〈オープンウォーター〉などがある。そんなソリッドシチュエーション・スリラーを樽井は撮りたいらしい。
「そうよ。逃げ場のない空間に閉じ込められた主人公の緊張感、焦燥感、絶望感を私は撮りたいのよ。でね、概要を読んでもらえるかしら」
樽井会長がすでに印刷していた概要を皆に配る。
俺はどれどれと確認する。
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二〇二三年 九月 〇〇大学映画研究会撮影ムービー
【タイトル】
化粧マスクの殺人鬼
【脚本】
樽井賢太郎
【登場人物】
小説家の男・串田裕司
ウェバーの亡霊・高柳健
【概要】
廃キャンプ場の管理小屋に閉じ込められた小説家の男。管理小屋の椅子に拘束されている彼の前に化粧マスクを付けた人間、〈ウェバーの亡霊〉が現れる。その〈ウェバーの亡霊〉が小説家の男に言う。この状況から解放されたいのなら、〈表現ゲーム〉をクリアしなければならないと。わけも分からず〈表現ゲーム〉をやらされる小説家の男。彼は言葉の知識を総動員して〈表現ゲーム〉をクリアしていくが、最後のゲームで敗北。奮闘むなしく〈ウェバーの亡霊〉により命を奪われてしまうのだった。死んだ男を見下ろす〈ウェバーの亡霊〉が、化粧マスクを外す。現れたのは小説家の男の友人であり、切磋琢磨してウェブサイトでの小説新人賞受賞を目指していたライバルでもあった。
(受賞した小説家の男への嫉妬が憎悪となり、温厚な友人を殺人鬼へと変えた。物語の中ではずっと、別の人間を犯人だと匂わす。そこに意外性が生まれる)
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