Faze 02
あれから一週間、私はずっとカースメーカーのことを考えていたのだが新たなターゲットは未だに見つけられないままでいた。理由はいくつかあるのだが、まず単純に「相手の髪の毛を手に入れる」という唯一の条件が、意外と難しいということに気づいたからだ。野間の場合は運よくほぼ本人のものだと断定できる髪の毛を見つけられたが、そういうことはそう何度も起こらない。髪の毛なんてどこかに名前が書いてあるわけではないし、DNA鑑定でもしない限りどれが誰のものかなんてわからない。そうなると呪いたい相手から直接髪の毛を取ってくる必要があるけど、それでは相手に接触しなくていいというカースメーカー最大の利点が失われてしまう。そしてもう一つ、こっちはもっと単純な理由で、よく考えれば特に呪いたい相手なんていなかったのである。そりゃあ私にだって嫌いな奴や気の合わない奴はいるが、別に呪ったところでそれが何か変わるわけでもない。どうせ殺すことはできないんだからどれだけいじめても結局自己満足でしかない。そう考えるとわざわざそんな面倒なことはしなくていいや、という気分になってくる。野間の髪の毛も機械に吸い込まれてしまったのか跡形もなく消えていて再利用はできそうになかった。
つまり私はこの機械を持て余していたのである。
「野間、来週には戻ってくるんだって」
「えー、だる。ずっと入院してればいいのに」
「もっかい転んでくれないかな。今度はもっと派手にさ」
「複雑骨折とか?」
「そうそう、そういうの」
そんな会話をしながら私たちは机を囲んで弁当を食べていた。昼休みはいつも美緒・優花の二人と過ごすことになっている。特に新鮮さはないけど、だからこそ余計な気遣いのいらないこの関係が私は気に入っているし、それはきっと二人も同じだと思う。
「でもまあ、もう一回は無理かな」
私は玉子焼きをかじりながらそうつぶやく。また髪の毛を手に入れられるという保証はないし、ただの憂さ晴らしで二度も呪うのはさすがに少し気の毒に思えた。
「そりゃあそう何度もあんな偶然が続くとは思わないけどさあ」
「野間なんていない方がいいんだから誰か消してくれればいいのに」
「殺し屋とか?」
「やば。てか日本にいんの?」
「さあ」
「……もし偶然じゃないって言ったらどうする?」
そう言ったのはその場の思い付きだった。だけど亮平さんには別にカースメーカーのことを他人に話すなとは言われていないし、私もせっかく手に入れた割には意外と使い勝手の悪いこの力を誰かに見せびらかしてみたかった。
「なにそれ、どういうこと?」
「え、香織、なんか知ってんの」
「知ってるっていうか、私がやったっていうか。まあ直接じゃないけど」
「え、え、なにそれ」
「人を呪える機械をもらったから、それ使ってみた」
二人は一瞬顔を見合わせて、そして苦笑いに近い表情を浮かべた。
「いやいや、それ絶対騙されてるって」
「香織ちょっと天然なとこあるしなあ。まあそこが可愛いんだけど。変な壺とか買っちゃだめだよ?」
私は反論しようとしたけど、冷静に考えればまあ普通はこういう反応になるよな、とも思えた。とはいえ私はもうカースメーカーの性能をまったく疑っていない。亮平さんは変人でよく冗談も言うけど、こんな質の悪い嘘をついたことは一度もないからだ。私はどうすれば二人を納得させられるか考えて、あることを思いついた。
「じゃあ誰か呪ってみようか? その人の髪の毛さえあればできるよ」
二人はまた何か言おうとしたけど、私の目を見ると言葉を飲み込んだ。数秒の間沈黙が続いて、教室の喧騒だけが私たちを取り囲んでいる。ようやく口を開いたのは優花だった。
「じゃあ、うちの父親呪ってみてよ。髪の毛は明日持ってくる」
「いいよ。使った次の日くらいには効果が出ると思う」
「それ、どれくらいの呪いがかけられるの?」
「調節はできないけど、ちょっとした怪我とか事故とか、多分その程度だと思う。人は殺せないって言われた」
「そっか。まあ、それでもいいけど」
そう言った優花の顔は少し残念そうで、だけど確かに笑っていた。
次の日、言った通り優花は誰かの髪の毛を持ってきた。カードとかの保護に使う薄い透明なフィルムに入れられたそれを私は慎重に受け取る。
「これで間違いないよね?」
「うん。うちで髪短いのあいつだけだし、タオルについてたの取って来たから」
「じゃあ、帰ったら呪ってみる」
「ありがと」
それについてはそれ以上何も喋らなかった。誰かに聞かれたらいささか怪しまれる話題だし、正直動機とか理由もちょっと聞きづらい雰囲気があった。私は一度も優花の家に行ったことはないし、優花の父親がどんな人かも知らない。でももしかしたら優花が男子を毛嫌いしていることと何か関係があるのかもしれない、と思った。だけど私にとって大事なのは誰を呪うかじゃなくて、カースメーカーの力を証明することだ。そのついでに友達の望みを叶えてあげられるのなら、今更断る理由はどこにもなかった。
家に帰ると私はさっそく準備を始めた。母さんがテレビに夢中になっているのを確認して部屋に戻り、クローゼットからカースメーカーを引っ張り出してコンセントを差す。そして優花からもらった髪の毛をトレイに入れて、今度は何のためらいもなくスイッチを押した。二回目だから、というのもあるけど、顔も知らない相手だからこそかえってこの人の被る苦痛に無関心でいられた。カースメーカーは以前と同じように正体不明の低い機械音をたて、三分ほど経った頃に「チン」と鳴いて仕事を終えた。トレイを開けて確認してみたけど、やっぱり入れた髪の毛はなくなっている。根詰まりとか起こさなきゃいいけど、と思いながら私はゆっくりとカースメーカーのピンクのボディを撫でる。最初は少し不気味にも思えたこの機械も、慣れてしまえば他の機械と変わらない。仕組みがわからないという点では当たり前に使っているテレビやエアコンだって同じだし、むしろ操作や機能がシンプルな分こっちの方がわかりやすい。今度はいったいどんな呪いを見せてくれるのか、私は静かな期待を胸に明日を待った。
「すごい、すごいよ香織!」
声を潜めて、それでも抑えきれない興奮を覗かせて優花はそう言った。私としては想定内の反応ではあるけれど、それでも悪い気はしなかった。
「え、どうなったの? ほんとに呪われた?」
私よりもむしろ一緒に聞いていた美緒の方が興味津々という感じだ。優花の方も話したくてしょうがないといった感じで、事の顛末を説明し始める。
「昨日深夜になって父親が帰ってきて、まあそれはよくあることなんだけど、そしたらいきなり綾乃さんがブチギレてさ。……なんかあいつ、隠れてこそこそ浮気してたみたい」
綾乃さんというのは優花の母親のことだ。別に継母とかではなくて、ちゃんと血のつながった親子のはずだ。じゃあなぜそんな呼び方をしているのか、という理由は私にも美緒にもわからない。そういう漠然とした違和感の正体が少しだけ垣間見えた気がした。
「それで綾乃さんが離婚して裁判を起こすって言ったら、あいつ泣きながら土下座し始めてさ。もうほんとに最高だった」
「……でも、それってこれからどうなるの?」
「うーん、その日はいったん収まったけど、綾乃さんがそんな簡単に許すとも思えないし。まああいつがいなくなってくれるなら私は大歓迎だけど」
「そっか……。まあ、優花が大丈夫ならいいんだけど」
美緒はそう言ったけど、その表情からは心配の色は抜けきらなかった。美緒の両親は穏やかで優しそうな人たちだし、優花が言うほどには事態を単純に割り切れなかったんだろう。だけど私の関心はまったく別の場所にあった。どうもカースメーカーが与える呪いというのは色々な発現の仕方があるらしい。事故や怪我とかの物理的なものだけじゃなくて、こういう精神的苦痛を引き起こすこともあるみたいだ。
「香織、私は呪い、信じるよ」
そう言った優花の目は眩しいほどにぎらついていた。
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