CURSE MAKER

鍵崎佐吉

Faze 01

 それを手に入れたのは正月の親戚の集まりだった。大人たちが酔っぱらってくだらない話で盛り上がっていた時、私のおじさん、つまり母さんの弟にあたる亮平さんがこっそり箱を渡してくれた。最初はケーキでも入っているのかと思ったけど、持ってみるとそれは意外に重い。

「これなに?」

 そう問いかけると亮平さんは少しいたずらっぽく囁いた。

「プレゼントだよ。帰ってから開けてみて」

 亮平さんははっきり言ってしまえばかなりの変人で、一応大学で民俗学について研究しているということになっているけれど、その実態は誰も把握していない。母さんはもう大して気にもしていないみたいだけど、父さんは未だにこの怪しげな義弟のことを信用していないらしい。でも私はむしろ亮平さんのその得体の知れなさが気に入っていたので、とりあえずその箱を受け取っておくことにした。


 家に帰ってから言われた通りその箱を開けてみると、中から出てきたのはピンクに塗装された用途不明の謎の機械だった。見た目だけで言うなら大袈裟な鉛筆削りといった感じで、文房具と一緒に勉強机の上に置いていたらほとんど目立たない。でもその機械にはスイッチとコンセント、それから下の方に何かを入れるトレイがついているだけで、鉛筆を入れる穴はどこにも見当たらない。説明書も入っていないしいくら考えても謎は解けそうになかったので、私は亮平さんにLINEで聞いてみることにした。


『全自動対人呪詛機・カースメーカーの試作品だよ』

『つまり自動で人を呪ってくれる機械だ』


 それが亮平さんの答えだった。私は改めてその機械を眺めながら考える。呪いというのは機械とか文明とかいうものとは正反対のもののように感じていたけど、今はAIだって小説が書ける時代だ。呪いとはいえちゃんと手順が決まっているのなら、それを機械で再現することもできるのかもしれない。それにしてもこれは亮平さん自身が作ったものなのか、それとも誰かから買ったり譲ったりしてもらった物なのだろうか。それを聞く前に亮平さんから新たなメッセージが送られてくる。


『それは香織にあげるから適当に使って感想を教えてほしい』

『人を殺すほどの呪いはかけられないから心配はいらない』


 というのが亮平さんの言い分だった。なんだかとんでもないものを貰ってしまったなと思いながらも、新年早々誰かを呪う気にもならなかったので、とりあえず目立たない場所にそれをしまっておいて、年始の特番を見ながら例年とさほど変わらない正月を過ごすことにした。


 私がその機械の存在を思い出したのは冬休み明けの登校初日だ。

 年明けの挨拶もそこそこに担任の野間はさっそく宿題の回収を始めたのだが、案の定馬鹿の北島や不良の寺田は宿題なんてやってこなかった。それ自体は別に私の知ったことではないし勝手にすればいいと思うのだけど、こちらもまた案の定というべきか、奴らの開き直った態度を見た野間は山姥のような形相で喚き散らしヒスりながらキンキンと響く高い声で説教を始めたのだ。そして最悪なことに私の席は野間が騒ぎ立てる教卓の真ん前にある。それからの数分間はほんとに地獄そのもので、私は何の落ち度もないのに一番被害を被ることになってしまった。

 とはいえこんなことは初めてではない。中二になってからというもの、三日に一回は野間はヒスって大騒ぎし、その度に教室は音痴が全力で熱唱するカラオケみたいな耐え難い沈黙に包まれる。今からではもう席替えはないだろうし、そうなると私はこれから新学期が始まるまでの数ヶ月、ずっとこの地獄を最前列で耐えなければならないことになる。

 ようやく満足した野間がドアを鳴らして教室から出て行った後、私はやり場のない怒りと絶望を抱えたままさっきまで野間がいた教卓を睨みつけていたのだが、ふとそこに髪の毛が一本落ちていることに気づいたのだ。根元の方が白くなっているその茶色い髪の毛は間違いなく野間の毛だ。その時私はふとあの機械のことを思い出した。


『使い方は簡単だ』

『呪いたい奴の髪の毛をトレイに入れてスイッチを押すだけ』

『あとは機械が全部やってくれるし証拠は何も残らない』


 正直に言えば亮平さんの言うことを全部信じていたわけではない。でも今の私はとにかくこの苛立ちをどうにかしたくて、それを解決する方法はこれ以外に思いつかなかった。私は教卓の上の髪の毛をつまんで、それを畳んだティッシュの間に挟んで、そっと上着のポケットにしまい込んだ。


 家に帰ると私は早速カースメーカーを引っ張り出して、ポケットから取り出したティッシュを慎重に開く。そこには確かに野間の髪の毛があった。それをトレイに入れて、後はスイッチを押すだけ。数秒のためらいはあったけど、すぐに怒りと好奇心の方が勝って、私の指はスイッチを押し込んだ。

 すぐには何も起こらなかった。しばらく様子を見ていると、かすかにカチャカチャと歯車の噛み合うような音が聞こえる。そして不意に機械が低い音を放ち始める。死にかけの蝉の鳴き声みたいなその機械音は、まるで何かを焦がしているようにもドリルで何かを削り取っているようにも聞こえる。そのまま三分ほど経過すると突然「チン」という小気味いい音と共に動作が停止した。どうやらこれで終わりらしい。なんだか拍子抜けという感じもしなくはないけど、急にうめき声とか出されるのもそれはそれで嫌だ。機械の仕組みにしたって少しは興味はあるけど、分解して調べてみるほどの勇気はない。結局一番大事なのはちゃんと呪えたかどうかという結果だけで、それに関しては現時点で確認する方法はない。

 だけどふと気づいたら、私の心は随分と軽くなって苛立ちもほとんど感じなくなっていた。呪いの効果はまだわからないけど、少なくとも明日また登校するまでは穏やかな気持ちで過ごすことができそうだ。私は心の中で亮平さんに感謝して、まだ休みボケの抜けきっていない体をベッドに沈めた。


 次の日の朝、教卓の前に立ったのは野間ではなく教頭先生だった。ざわつきの収まらない教室に向かって、教頭はどこか気だるげに話し始める。

「えー野間先生なんですが今朝学校に向かっている途中、駅の階段で足を滑らせて怪我をしてしまったそうで、どうも骨折の可能性もあるとかでしばらくは学校に来れないそうです」

 事務的な口調で淡々と今後のクラス運営について語り続ける教頭の前で、私は自分の心臓がドクドクと踊り回っているのを自覚していた。あのカースメーカーは本物で、昨日の呪いはちゃんと成功したのだ。人は殺せない程度の呪いというのがどのくらいのものなのかは使ってみるまでわからなかったが、はっきりいってこれは私の期待をはるかに上回っていた。これさえあれば嫌いな奴、気に入らない奴を片っ端から痛めつけてやることだって不可能ではない。しかも誰にもそれを悟られることなく一方的に。

 私が溢れ出す全能感に浸っている間にいつのまにかホームルームは終わってしまっていた。すると私の視界に美緒が滑り込んできてニヤニヤした顔で語りかける。

「ねえ、野間転んで骨折だって。マジでうける、ほんとにババアじゃん」

「……うん、そうだね」

「いっそ頭打って死ねばよかったのにね」

 それが本気かどうかは置いといても、この教室に野間の心配をしている人間は一人もいないことは確かだった。だけどもし、本当に人を殺せるだけの呪いがかけられるのだとしたら、私は野間を呪っただろうか。少しだけ考えて、私は美緒に答えた。

「まあでも、骨折くらいがちょうどいいんじゃない?」

 美緒は少し意外そうな表情をしたけど、すぐに私に同調してくれた。

「そうかもね。死んだら死んだで、なんか逆にキモいし」

 私はそれを聞きながら、あの機械をどう使おうか、ということばかり考えていた。

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