第7話 商人ギルド

 はじまりの街を出る前に、当然現在のステータス確認とできる限りの情報収集が必要だ。

 ゲームとして始まったことで、街中に今までと違っている部分がないだろうか?

 僕は注意深く、さほど大きくもない街を歩き回る。


 肉屋のカルネおばさんに挨拶し、魚屋のペスカードさんに手を振る。

 アルトスさんのパン屋を通り過ぎ、市場のエンサラーダさんの野菜売り場を横切る。

 そして……エスパーダさんの武器店に辿り着いた。


 旅支度をするためにはじまりの町で立ち寄るなら、武器店と道具店だろう。

 まずは武器屋に何が並んでいるか……

 店の中に入ると、さっき教会で見た面々が何人かいる。

 職を得て『旅立つ』準備をしているのだろう。


「おいおい、エスト、おまえさんも戦闘職か?」

「こんにちは、エスパーダさん。僕は『商人』みたいだからさ、行商に出るのもいいかなーって。そしたら、武器くらい持っていた方がいいのかと思って。みんなどうしているのかなって、聞きに来たんだよ」


 なんだそうかよと、エスパーダさんは少しほっとしたような笑顔になった。

 武器店なんてやっているのに、エスパーダさんは成人してすぐの奴に魔物との戦闘なんてやらせたくねぇ、と矛盾する主張をする人だ。

 勧められたのは『護身用の短剣(初心者用)』と表示が出たものだった。


 うきうきで殺傷力の高い武器を勧められなくてよかった……やっぱり、商人というのは戦闘向きでない職という解釈で合っているみたいだ。

 商人がダンジョンに入って、戦いながらアイテムを集めるなんてゲームもあったからドキドキだったんだよねー。

 ダンジョンに『鍵を持つ人物』がいるなんていう設定も、ありそうじゃん?


 その後に行った隣にある道具屋のトゥールさんからも、旅に便利な『回復薬』とか『毒消し』を勧められただけで、これも今まで森や外壁の外に出掛ける時と変わらない。

 ゲームが始まったからといって、街の人達の言動が変わるということはないらしい。


 んむむ……ますますなんのゲームか解らないけど、某かのRPGだろう。

 やっぱり勇者とかいるみたいだし、剣士、武闘家なんてのもいるようだからなぁ。

 外には魔物がいて、魔王も……多分、いるんだろうなーって世界でいいと思うんだよね。


 この街の中まで襲ってこないのは、この街が曲がりなりにも王都の一部であって『守護結界の中』だから……という設定のようだ。

 それが『この世界の真実』なのかは不明だけど、そんなことを疑問に思うのは野暮というものだろう。

 創主様の作ったフィールドで、僕は今『商人』なのだから。

 経済活動こそ、僕のすべきことだよなっ!


 次に入ったのは『商人組合ギルド』だ。

 ここで商人として登録しておけば、他の町に入ることもできるようになって、行商もできるようになるはずだ!


「ようこそ、商人ギルドへ。御依頼ですか、登録ですか?」

 おおー、美人の受付嬢……

「登録です」

「では、こちらへどうぞご記入くださいな」


 初めて入ったギルド事務所は、区役所の受付カウンターみたいだ。

 ん? なんだっけ『区役所』って?

 まぁいいや。


 差し出された登録用紙の名前の欄には、姓を書く場所はない。

 要らないということだな。

 そっか、貴族である必要のない職だから書かなくていいんだ。

 そういえば、ギルドって初めて登録するなー。

 農民には、なかったもんなー。


「全て記入できてますね。では、登録しますから、左手に身分証を持って右手でこの『記録の珠』に触れてください」

「はい……」


 いわれた通りにすると、また小さいキラキラの星が飛び回り青く輝いて『珠』の中央に『A』と浮かび上がった。

 ……なんだろう、このアルファベット?

 あれれ、登録してくれているお姉さんがめっちゃ吃驚顔だぞ?


「ああああああなたっ、今日、叙職じょしょくされたばかりなのよねっ?」

「は、はい……あの、なんですか、この『A』って?」

「これは『商人としてのランク』よ。信じられないわ……熟練ベテランの行商人レベルのランクだなんて……! あなたは百年……いいえっ、千年にひとりの天才商人だわっ!」


 うっわー、チートが爆発してしまった。

 そうか、僕が意識的に発動しなくても『所持能力即時熟練』は、勝手に働いているのかもしれない。

 スキルが手に入った途端に、ベテランの域まで達してしまうのか。


 下積みなしでOKなのは、ちょっと申し訳ないけど……ラッキーと思うことにしよう。

 今までの夭折人生からのギフトということで。


 組合のお姉さん達に、よくぞこの町で登録してくれたとめっちゃ喜ばれた。

 どうやら、登録した町のギルドにも僕の業績の一部がロイヤリティ的に入るらしい。

 ……搾取?

 まぁ、いいか。

 登録料とか、ギルドの在籍費の代わりだというから。


「だけど、職業って熟練したら別のものに変わったりするから、気を付けてね。あ、でも、登録したギルドを勝手に脱退になったりしないわよ! だから、別の職になってもギルド証に登録ギルド名は残り続けるから、行商もずっとできるのよ。今後、他の職のギルドに入っても商人の資格は消えないから『商い』は続けてねっ?」

「はい! 僕、商人で良かったって思っていますから。どうもありがとう!」


 お姉さん達、必死だったなー。

 僕が商いをする度に、ギルドが潤うんだから当然か。

 暫くは頑張って『商人』をやるつもりだから、ご期待には添えるだろう。


 このゲーム、育成系かも。

 そうだとしたら、僕がいろいろな職を経験して成長していくことがゲームクリアの条件になるんだろうな。

 よし、頑張ろう!


 商人ギルドでは『売上金箱』という手提げ金庫型のアイテムがもらえた。

 二段になってて下の段には売りものの名前と材料費や手間賃などを考慮した『原価』や『売値』を書いた紙を入れておく。

 上の段にその商品の売り上げ金を入れると、自動的に売上げ総額と純利益が計算されて箱の蓋に表示されるんだって。


 純利益の一割が、ギルドへ納める金額だ。

 これは組合証を提示して、組合員としての販売をしたから発生するという『保障費』というもの。

 トラブルがあった時に力を貸してくれるのだから、保険みたいなものだね。

 そして、できあがったギルドカードをいただいて、僕は事務所を後にした。


 さぁ、家に戻って……旅立つことを告げよう。

 ……母様、泣かないといいなぁ。

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