第6話 叙職式

 ゴシック建築の細い尖塔がずらずらと並ぶ造りの教会入口に、同じようにずらずらと今月成人した人々が並んでいる。

 叙職式は、毎月月末の日に行われ、その月に十八歳になった人達が『職』を示されて今までの生活や勉強などで手に入れた『能力スキル』が示される。


 生まれた時に、名前を付けられるとすぐ作ってもらえる免許証サイズでIDカードみたいな金属製の『身分証』がある。

 それは【収納魔法】が使えるようになった時に親が手渡してくれるもので、身分証は必ず【収納魔法】に入れて携帯しているものなのだ。

 その他だと【収納魔法】には、財布やちょっとした貴重品、一日分くらいの食糧と薬草くらいなら入れておける。


 ……これも、僕がなんのゲームなのか特定できない要因のひとつだ。

 NPCまで【収納魔法】を持っている設定なんて、僕の知っているゲームでは聞いたことがない。


 そして、身分証を手に持って教会の『神託のたま』に触れると空中にホログラムみたいに、ステータスが浮かび上がるのだ。

 成人するまでは誰にも見えないものだから、自分でもその時に初めて自分のステータスを知ることができる。

 だけど成人後であれば、身分証を手に持てばいつでも自分だけならステータス確認ができる。


 僕が『神託の珠』に触れている時だけは、神官達にもステータスの一部が見えるみたいだが、基本的にステータスは他人には見えない。

 この辺の仕様は、ついこの間父様から聞いたことだったけど『仕様説明ガイダンス』では、近年のアップグレードで変更になった点とか言っていた。

 幾つかの前世では、なかったシステムが導入されているようだ。

 もしかして『全員【収納魔法】持ち』も、アップグレードされた追加機能なのだろうか。


 創主様……いろいろ大変だな。

 だけど、僕をバグ扱いにしたミスを許したわけじゃないからね。


 小一時間ほど並び、五人ずつ聖堂に入って『神託の珠』に触れる。

 式というのはそれだけのことなのだが、ここでうっかり上位職という名の搾取されるだけの職になってしまうとこの扉から出てこられなくなってしまうこともある。

 一番最初にした転生で『神官』になってしまった時は、まさにそれだった。


 だけどさ、ゲームってのが子供向けだからだろうけど、なんで十代の若者を『討伐』になんて放り出すんだろうね。

 訓練しているわけでもないし、才能があるからっていう理由なら、それこそしっかりとした熟練の人達が育てるべきでしょ。

 そもそも若者を戦場に送るなんて、大人達何やってんだよって話だよね。


 そういう世界って歪んでいると思うし、そんな大人達の社会は腐っているってことだから滅んじゃってもよくない?

 極論だけど、そんな社会だから魔獣とかが現れて、魔王とかに『腐っているから簡単に墜とせる』と思われて襲われるんじゃないのかねーなんて思うワケ。


 解っていますよ、こんなこと言ったって無意味だってね。

 だけど、何度も人生弄ばれた記憶のせいか、体制批判気味なんですよ。


 そんな奴等に利用されるだけってのが……多分『勇者』とか『聖女』なんじゃないのかな。

 だから自分勝手で利己的な奴の方が、搾取してくる奴等をはねつけられるんじゃないかと思うんだよ……それで、僕が出会った勇者達はそんな奴等が多かった気がする。

 ブラックな職場に縛り付けられる人生も、魔物とはいえ殺しまくる人生もぜーったい嫌だよね!

 どっちも確実に『心が死ぬ』気がするもんな。



 聖堂の扉が開き、前の五人が出てきた。

 彼等の中に『使える』と思われた職やスキルの人がいなかったということだ。

 僕と次の四人が聖堂に入り、神官が五人、衛兵が三人並んでいる前に立つと後ろで聖堂の扉が重々しく閉まった。


 僕は一番最初に名前を呼ばれて、前に進み出る。

 目の前には姿見というには随分と大きな鏡が置かれていて、その前に大玉西瓜くらいの『神託の珠』があり、両隣には神官その後ろに衛兵達。

 何度この式を繰り返していても、この瞬間は緊張してしまう。


 身分証を持ち、その身分証で『神託の珠』に触れる。

 もう片方の手が珠に触れると……鏡に文字が浮かび上がる。


 ゆらゆらと揺れる文字が……なんとなーく『勇者』と示したがっている。


 絶対に拒否!

 勇者の素質があるというならば、今一度勇気を出して、ここでスキル発動だろう!


『職業選択の自由』!


 心と頭の中で強くそう叫ぶと、鏡に蒼い星の燦めきが飛び散る。

 ……あれ?

 このキラキラは、僕にだけ見えているのかな?

特別チート能力スキル』使う時だけ、出るのだろうか。


 そういえば、彼女さんが初めて来た時に『盛運』を使ったらキラキラしていたなー。

 いいお知らせの『予祝』であってくれよ!


「ふむ……『商人』ですね」


 残念そうな神官の言葉と、無表情ながら表彰台の真ん中でトロフィーを掲げんばかりの大勝利という僕の心の声。

 その他に示された『他人が読み取れるスキル』は、一般的に『生活能力』といわれるものばかりだった。


 僕が子爵家門だから、変な期待をしていたのかもしれない衛兵達も舌打ちをせんばかりである。

 ぺこり、と神官達に一礼し、新成人達の列に戻る。


 ふっ。

 ふっふっふっふっふーーっ!

 これでこいつ等に搾取されることも拉致られることもなく、何処にでもなんの問題もなく移動が可能になったぞ!


 ちょっと心配だったが特典(?)でもらった特別能力は、ここの『神託の珠』では読み取れないみたいだ。

 もしかしたら中央都スタリーツァ大聖堂の『神聖の珠』だと、全部見られちゃうのかもしれないけどそんなものに触れることはないからあーんしん!


 あれれ?

 そういえばいつも叙職の時に聞こえていた『御遣い様』の声……聞こえなかったなー。

 チート人生だから、バスケとバリボはノータッチになったのかな。

 声帯模写(?)聞きたかったなー。


 その後、僕は農民の人生だった時と同じように神官にも衛兵にも『拉致スカウト』されることなく、聖堂の元来た扉から出て家に帰ることができた。

 うきうきと、教会の敷地を出ようと足を踏み出したその時。


 足元の地面に『START』とでっかく書かれていることに気付き、やっとここからか、と気を引き締める。

 三つの星が三つの分かれ道へと飛び、どの道を選ぶか僕に問いかけるように煌めく。


 それにしても、事前準備が結構かかるよね、毎回。

 さて……僕の人生ロードも、本格的にスタートだ!

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