第5話 百均の店

 翌日はいい天気で初顔合わせに緊張する父母と、お茶の準備に余念がない僕。

 兄さんの彼女さん……この家が建物も人も全然『子爵家っぽくない』って吃驚しないといいなーとおもいつつ、クッキーなど焼いていた。


 僕の心配はただの杞憂に終わり、彼女さんはめっちゃくちゃいい人だった。

 取り立てて美人とか可愛いというのではないが、真面目そうで朗らかでちょっと照れ屋な落ち着いた感じの人だ。

 雰囲気が兄さんにとてもよく似ていた。


 紅茶を入れてみんなのところに戻ろうと客間の扉を開いた瞬間に、なんだか解ってしまった。

 四人が楽しそうに会話をしている、柔らかな空気感……そこに、僕は必要ない。

 入っていけば笑顔で迎えてくれる。

 だけど、居なくても変わらない。


 きっと彼女が、僕がここを離れるきっかけだ。


「あら、それじゃ、ここで一緒に?」

「父上達が嫌でなければ、だけど」

「嫌な訳ないわ! まぁ……! 嬉しいわ!」

「いいのか、サフィーロ。ここからだと王都の中央まで通うのは大変だろうし、おまえの人脈作りとも……」


「大丈夫ですよ、父上。実は昇進しましたので、今の西側の事務所ではなくここからも通いやすい東側に移るのですよ」

「あ、あの私も……お願いしたくって……」

「まぁ……あなたが?」

「はい。私、サフィーロ様からご家族のお話を伺う度に羨ましくて」


 この世界では、結婚すればどちらかの家族と一緒に暮らすのは当たり前のこと。

 でも、兄さんは既に子爵となっているから、隠居している両親と住む必要はないんだけど……彼女さん、いい人だなぁ。

 両親も心から喜んで居るみたいだし、僕もこの人なら大丈夫じゃないかって頷いた。


 僕の『盛運』が、この人が加わることで嫌な変化はないと教えてくれているから、きっとみんなで一緒に暮らすのはいいことなんだろう。

 うーん……じゃあ、やっぱり僕はここを離れた方がいいなぁ。

 成人した小舅がいつまでも新婚さんのおうちにいるって言うのもね、僕としても居たたまれないし。


 ずっとこの街で暮らしていくのもありなんじゃないかなんて、ちょっとは思っていたのに。

 今では、すっかり僕自身が『ここを出る』と確信している。

 やっぱり、主人公が旅立たないと、ストーリーが始まらないゲームなのかもな。



 そして兄達のほのぼのとした結婚式から六日後が僕が成人と認められる、叙職式当日。

 ……雨が降っている。

 土砂降りじゃないだけマシかなと、ひとりで教会へと向かう。


 傘を差している人が多く、道の真ん中は歩きづらくて傘をたたんで雨を避けるように店の軒先のシェード内側を通る。

 ふと、その店で足が止まった。

 ちょっと不思議そうな道具をいっぱい売っているのが目に入った。

 おお、中二病全開で格好いいアイテムが山盛りっ!


 うわー、この羽根ペン格好いいー。

 歯車が透けて見える時計のようなものは、随分古そうだけどまさか……遺跡品アーキファクト……?

 それに気付いた途端、この店の異様さと空気感に肌がピリついた。


 この世界イグラーミールがゲームで僕が主人公ならば、スタートとなるのは成人となる今日で……ここは所謂『はじまりの街』だ。

 ならば、どう見たってこんな高価そうなアイテムやら、まるで『勇者が探し出してくるようなアーキファクト』があるなんて似つかわしくない。


 いくら雨だからといっても、朝っぱらから窓も開いていなくて店の中は暗くてぼんやりとした蝋燭ろうそく照明だけ。

 置いてある商品を見るて、何度か瞬きして確認してしまった『聖樹の実』『知識の図鑑』『力の図鑑』『魔法の葉』『朴樹の杖』……エトセトラ、エトセトラ。

 以前、兵士だった人生で聞いたことのある伝説級のアイテムや、面白そうな効果の期待できる物ばかりが並んでいる!

 しかも、百モネーダ均一で!


 百モネーダは日本円で百円相当だから、この店はRPG後半に出て来るようなアイテムをはじまりの街で売っているという『百均ショップ』ということになる。

 他にも変なロープとかランタンとかカラフルなリボンとか、旅をするために必要な携帯用食器や水筒、諸々の道具類も、ぜーーーんぶ百モネーダ!


 当然、全力買いだ。

 この店はおそらく『バグ』だ。

 一度離れたら二度と巡り会えないか、次に入った時は正規価格になっているはず!


 この世界ゲームの人達はモブも含めて全員が『ほんの少しだけ入れられる【収納魔法ストレージ】』を持っている。

 その中に貯めていた旅の資金を使ってしまうのは少々痛いが、これを全て買わないときっと後悔する。


 出ていたアイテムの中に『次元袋』という、いくら入れても重さも大きさも感じないという『外付けストレージマジックバック』的なものまであったので、それに入れてもらいながら買える限りの全てのものを買いまくっていった。

 使えなければ売ったっていいし、誰か旅の仲間ができたらあげても……いや、できないかもしれないから、それは今は考えないでおこう。


 すると爆買いの僕に店主はニコニコと微笑んで、おまけだよ、と小さい箱をくれた。

 そして、もう売りものがなくなっちゃったから今日は閉店だと、背中を押されるようにして追い出された。

 どうやら僕は、その店のもの全てを買ってしまったらしい。

 ……うわ、すっごくお金、減っちゃった……


 それにしてもなんだろう、この箱。

 左手に収まるサイズの青いキャラメル箱の蓋を開いて、フラップを両側に倒す。

 ……カード?

 トランプ、かな?


 リーンゴーーーン


 鐘の音が鳴り響き、教会の門が開く時間だった。

 まずい、今から並んだら結構遅くなってしまう。

 カードの中身を見ることなく蓋を閉めて、買い物中に肩から斜めがけにしていた次元袋へと放り込んで一度振り返る。


 ……あの店はない。

 それどころか僕が雨宿りに入ったシェードもなくなっていて、その場所にあったのは窓が全開の明るい喫茶店だった。

 いつの間にか、空は晴れ渡っていた。


 僕はその次元袋を肩から外して【収納魔法】に入れ、教会に向かって走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る