アルーデア はじまり
第4話 成人前
僕の今回の名前は『エストレージャ・ティングレーリオ』であった。
記憶とスキルを持ったチートな僕が生まれたのは、ミラーヴァ王国王都の外れスブルビオ区にある町、アルーデアに居を構える『ちょっと貧乏な子爵家』の次男坊だ。
なんでちょっと貧乏なのかというと、お人好しで善人な父も母も非常にのほほんとしており『経済力』が皆無であり、十五歳も年の離れた兄がもの凄く頑張って立て直している最中だからだ。
兄、サフィーロの口癖は『おまえには苦労はさせないからね』なので、兄も大変家族想いでいい人なのである。
この国の成人は十八歳。
一日二十四時間で、ひと月三十日、一年は三百六十日という馴染みのある『太陽暦』に似たもののようだ。
しかし『週七日』というものはなくて、五日区切りの『節』という呼び名になっている。
それと『月』は数字でのカウントではなくて『初春月』とか『晩秋月』とかいう名前が示されている。
……壁掛けカレンダーってのはなくて、でっかいカタログ本みたいな『
この世界の文字は当然、
たまーに知っている単語だと、英語やフランス語のスペルだったりもするけど。
どっちにしてもミラーヴァの文字も勉強するので、ゆくゆくはその文字表記に変えようと思いつつ、まだ変えてはいない。
町の外には、魔物もいるというファンタジーRPGによくある設定。
……これらの設定は、僕が農民だった時の設定と一緒だから、その
だけど、勇者を辞めたからか、これもバグの修正のためか解らないけど、僕のクリア条件は『導き手から『鍵』を得て扉を開けること』だと、生まれてすぐの『
魔王を倒せとか言われなくてよかった。
切った張ったの殺伐とした血なまぐさい討伐の旅なんて、ごめん
たださー……ちょーっとしくじったよねぇ、チート選び……
三つのうちふたつは、成人しないと役に立たないんだよねー。
職業は成人後の『
天才幼児とかもなんとなく憧れていたのに、ちょこっと運がいいだけの普通のお子様なんだよね。
だけど子爵家かぁ……農民とか商人の家がよかったなーと、あまりやる気なく過ごした幼少期。
裕福でないとは言っても衣食に困ることはなかったし、周りの人達もいい人ばかりで虐めや差別もなかった。
僕が十歳になって兄が二十五歳で正式に子爵位を継いだ後は、ぐぐん、と経済状態も良くなった。
王宮務めの事務官というのは、信用もあり給与も随分といいらしい。
ノーハードル、ノープロブレムなこの人生はやはり『盛運』のスキル故だろうか。
だけど、困ったことがひとつ。
長い時間過ごせば過ごすほど、この世界が僕が一回目の人生でプレイしたどのゲームにも当て嵌まっていない気がするのだ。
今まで出会った全ての人々は完全に『初対面』で、名前にも聞き覚えがない。
クリア条件もさることながら、主人公という僕が何をすべきなのかが全く見えてこないのである。
年齢を重ねたら解るのだろうか?
だとしたら……もしかして学園もの?
学校に入学したら、色々なことが起こるってことかな?
そう思っていたのだが、残念ながらその予想も外れてしまった。
この世界の学校は『義務』ではなく、金を積んで入れてもらうという『ステータスの証』でありお金持ちのための場所だった。
勉強をするというより、社交をするための場で『人脈作り』が主な目的のため、長男ならばいざ知らず家も継がない次男坊が大枚
そんな余剰資金などない我が家では当然、僕は家で勉強しているだけで充分だったし、この世界には貴族家門なら使える割と立派な図書館もあったから、知識を得ることに何も苦労はしない。
学校に行くこともなく……来月には成人となる十八歳の誕生日を迎えるというところまで来てしまったのである。
これでいいのか、チート(なはず)の転生人生……
まぁ……平穏無事、というのも立派にチートかもしれない。
そう思うことにしよう、と僕は毎日を楽しく過ごすことに決めた。
やっぱりゲームとしてスタートするのは、成人する『
それまでにどんなゲームなのかが解れば、もっと結果を左右するような下準備などができたのかもしれないけど、まーったく何ひとつ解らなかったのだから仕方ない。
さて、どうなることやら……と、十七歳と十ヶ月十日を迎えた日も、母に頼まれた買い物を済ませて家に戻る途中だった。
うちは使用人を雇えるほど裕福ではないし、父も母も貴族という家系ながら庶民的な人達だったので普通の平民家庭とさほど変わったところはない。
維持費がかかるようなでかい屋敷は兄が生まれる前に売り払ってしまっていたし、兄が務め始めてゆとりができたとはいえ贅沢できるほどではないから、料理も買い物も自分達で行うのだ。
母様の作る、チキンのクリームシチューは絶品なのである。
「あらあら、エスト、今日はあんたが買い物に来たのかい?」
「こんにちは、カルネさん。今日は図書館に来ていたから、僕が帰りに寄るって引き受けたんだ。鶏肉……もも肉がいいかなぁ」
「そうだね、もも肉もいいし……今日は骨付きのものもいいのがあるよ」
「じゃあ、両方。明日の昼に食べてもいいしね」
「はいはい、いつもありがとうねぇ」
肉屋のカルネおばさんもだが、この街で僕を呼ぶ時はみんな『エスト』と名前を呼んでくれる。
堅苦しく名字で呼ばれないのは、とても心地良い。
お陰で所領も持たない弱小貴族の子爵家門次男だとは、誰も思っていないだろう。
いや、知ってて気を遣ってくれているのかもしれない。
「もうすぐ成人だね。あんたも成人したら、この町を出ちゃうのかねぇ」
「何になるか解らないから……ずっと居るかもしれないよ?」
「そうだといいね。みーんな中央区に行きたがるからねぇ」
ずっと、と言いつつ、僕は多分『
職は選べても、ゲームの始まりをなかったことにはできない気がする。
だけど……悲しい旅立ちじゃないといいな、とは願っている。
家に戻ると、なにやら母様がオロオロと慌てふためいていた。
父様もソファに座ったまま腕を組み、一点を凝視している。
一体何があったのだろうかと母様に聞くと、予想外の答えが返ってきた。
「サフィーロが恋人を連れてくるというのよ! どぉしましょうーー!」
兄さんに、恋人。
あの仕事命とでも言ってしまいそうな、ちょっと社畜気味の真面目一辺倒の兄さんに。
いや、兄さんは結構イケメンだと思うし、真面目で誠実だから確かに優良物件でモテなくはないだろうが……結びつかない単語だ『恋人』。
どうやら来るのは明日のようなので、今日のところは心を落ち着けてシチューを作ろう、と母様と一緒に厨房に入る。
そっかー、未来のお
どんな人かなぁ。
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