第3話 白い空間 2

 僕の溢れる想いが顔に出てしまっていたらしく、バスケとバリボはごめんよーごめんよぉぉおーと繰り返しながら左右に転がる。


「だ、だけどねっ、どうも最近そういう事例が増えててねっ、僕等だけのうっかりじゃないんだけどねっ」

「そそそ、そうなのっ! だから、原因を鋭意究明中でっ」


 大慌てで僕から飛び退くふたつのボールが、ぽんっと跳ねる。


「煩い。それでもおまえ等がミスったことに変わりはないだろうが。僕の人生を弄んだのは、おまえらのミスの積み重ねだろーが!」

「そう、そうなんだけどぉ、悪いとは思っているからぁ、今、個別にこうして対応しているんだよぉ」

「……さっきまで誤魔化そうとしていたくせに」

「「あ゛う゛」」


 詰め寄る僕に、バスケが慰謝料(?)の提示をしてきた。


「だからっ、創主様からのお叱りで、バグになっちゃった人達に補填というか、修正のためのてこ入れというかで、特別能力チートスキルをプレゼントして早く輪廻に戻れる支援をすることになったんだよぉ!」

特別能力チートスキル?」

「うんっ! 普通はイグラーミールの中で色々な試練を乗り越えて獲得できるものを、予め次の生まれ変わりのタイミングで授けてあげて」

「なるべく早く『本来の輪廻ルート』に戻れるようにした方が、いいってことになったのっ!」


 つまり、上司に怒られちゃったから、少しでも早くこの世界から出て行ってもらうために、チート能力をくださる……と?

 で、世界からバグとミスを排除する……ということだな。

 ただ『存在を削除する』ということがどうしてできないのかは解んないけど、どうやらこの世界に転生させると決めたのは創主様なので大元は覆せないということらしい。

 僕のようなバグを見つけ出して、チート能力を与えることで早くクリアさせてしまう方が簡単ということだろうか。


 ミスを誤魔化せなくて、隠蔽もできないし、色々バラして優遇するチートあげるから、さっさと出て行ってくれってこと?

 えー、なーんか腹立つー。


 だけどどうやらスキルをもらって『やり直しの世界フィールド』に戻らないと、僕は天寿を全うできないバク転生を繰り返すだけのようだ。

 それも全然楽しそうじゃないし、毎度毎度人生の記憶が残っちゃうのも困るなー。


「イグラーミールはねっ、一番最初に死ぬ直前に『ゲーム世界に行きたい』って願った人向けのやり直しの世界フィールドなんだ。だから、君が願った『ゲーム』に入る……はずなんだけど、君、バグになっちゃったから……正直、次も何処に行くか、解んない」


 バリボはまたちょっとだけ、しゅん、とする。

 ゲーム……に入りたいなんて、思いながら死んだのかな?

 どんなに考えても、やっぱり全然記憶がないなー。


 そもそも、ゲームなんてのめり込むほどはやっていなかったんだけどなー。

 友達と話を合わせるため程度に、色々手出しはしたけど。

 そもそもクリアするまでちゃんとやったモノすら……ほぼ記憶がない。


「君、もう一回目の死に際の記憶、残ってない?」

「全然ない」

「……じゃあ……一番、転生希望の多い世界になっちゃうけど……」


『希望の多い』?

 あ、そーか、転生者が僕だけじゃないから『世界』があるんだもんな!

 もしかして、希望する人達全員に合わせたゲームフィールドが用意されているってこと?


「そうだよっ! 創主様は凄い人だからねっ!」

「だけどね、割と『有名ゲーム』ってのに転生したがる人が多いから、同じ設定の世界で転生の時系列をずらしているんだよっ」


 パラレルワールドで管理しているの?

 確かにそれは凄いけど……それがバグの原因なんじゃ?

 言わんけど。


「君みたいな『一回目をよく覚えていないバグ』は……『設定ゲーム』を跨いじゃうんだよ。だから、あちこちに行っちゃう」

「でもでも、今度の転生で君は間違いなく『主人公』に生まれ変わるから」

「「そうそう、そしたら能力生かしてサクサク進むよ、楽しいよっ!」」


 うっわー、なんか怪しい似非宗教団体の勧誘みたーい。


「「今度の君は、主役の『勇者』だからねっ!」」


 その響きに、嫌な記憶がどばっと頭の中に蘇る。

 神官である僕を盾にして、我先に逃亡しようとしたのは『勇者』。

 魔物を切り刻んであちこちぶっ壊して後処理もせず、手柄だけを褒め称えられて兵達の不眠不休の復旧になど、感謝はおろか目もくれなかったのも『勇者』。

 村の畑や家の中にずかずか入り込み、金や物品などを根こそぎ持って行った上に魔物が村を襲うのを待っていたと快哉をあげたのも『勇者』。


 ゲームならば、いい。

 変化は全て傷つかないデータのシナリオに過ぎず、プレイヤーは誰も死なないしリセットボタンを押せば時間は戻るしNPCも生き返る。

 だけど、イグラーミールでは『現実』だ。

 世界ゲームを外から操っているのではなくて、中に入り込んだ時点で生も死もたった一度の『現実』なのに、それを理解もせずにゲームとして僕等モブの労働も命も財産も搾取し続け何ひとつ省みなかった、僕にとっての最低最悪の象徴が『勇者』だ。


 そんなものに、なれ、と……?


 怒りで身体中の毛穴が開いたみたいな感覚に襲われた。

 心がざらざらとして、目の前が真っ赤になる。

 こんなに制御できない感情は、今まで生きてきた全ての人生で初めてだ。

 そんな僕にお構いなしに、バスケとバリボは『ルーティン』とばかりに話を進める。


「君は三回死んじゃっているから、三つのスキルを選べるよー」

「えっと、えっと、お薦めはねぇ……」


 三回の生まれ変わりで、いつも振り回されたのは『職業』だ。

 何者でもないうちから勝手に決められ、なりたくもないものになって人生を振り回されてクリアしろ、だ?


 お こ と わ り だ !


「うわうわうわ、時間がもうないよ!」

「変なことに時間使い過ぎちゃったから、新しい転生場所の概要は、生まれた時に記憶の中に入れておくねっ! えっと、スキルは……身体強化と魔力増大とかお薦め!」

「……」

「え、何か希望があるの?」

「聞くよー! 希望通りにしてって、創主様に言われているからねーー!」


「スキルは『職業選択の自由』! だ!」


 僕の叫びにびくびくっとしたふたりが、持っていた月と星の指し棒を取り落とした。

 慌てて月の棒を拾ったバリボ、バスケはうっかり蹴っ飛ばしてしまい星の棒が僕の足元に滑ってきたので拾い上げた。


「もうひとつは『所持能力スキル即時熟練カンスト』!」


 僕が『星の棒』を振り上げながらそういうと、ふたつの蒼い星が僕の中へと螺旋を描いて入り込んできた。

 バスケの顔まで真っ青だ。


「僕が『勇者』ならば、今この場で『勇者』を辞める! 生き方は僕自身が決める! 最後のスキルは『盛運』!」


 三つ目は、真っ赤な星が頭の上にスパーーンと輝いて全身を包んだ。

 手に持っていたバリボの『星の指し棒』が、ぱらぱらと散って風に乗ってかクルクルと僕の周りを舞いながらこれまた僕の中へと吸い込まれた。


 唖然としたままのバスケとバリボの姿が白っぽいもやの中へと消えていき、僕の視界はすうぅっと暗くなっていく。

 頭に中にどーしよーどーしよーと泣き声を上げるバスケの声と、こうなったら仕方ないよーと嘆くバリボの声は細い。

 そうして完全に音が消え、暗闇に包まれた。


 気付いた時、ぼんやりとした視界と人の声に『生まれ変わったんだ』と理解した。

 こうして『チートな五回目』が始まる。

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