壊レタ世界(2)
アビス前線基地、その食事場にて。
歓迎会を楽しむヤマトと、第1維持部隊のメンバーであったが。
そこへ、神妙な表情をした男がやって来る。
顔に多くの傷がある、中年の男性。ジャック隊長と、同年代であろうか。
男は、ジャックの側へ。
「ジャック、少しいいか」
「ガイル。お前がわざわざ来るってことは、厄介事か?」
男性の名は、ガイルというらしい。
食事をしつつも、ヤマトは彼らのやり取りを眺める。
「シンさん、あの人は?」
「あー。あの人はここにある、ハンターズギルドの支部長。つまり、俺たちの上司ってわけだ。後で、適当に挨拶しとけよ」
「なるほど」
自分はハンターで、彼はここで一番上の立場にある人。ヤマトは、そう理解する。
そんな中、ジャックとガイルのやり取りは、かなり真剣な雰囲気となる。
「本当か? 数は何人だ」
「8人だ。そのうち2人は、お前と同じミドルクラス。ピッカピカの魔剣を担いで、性格の悪そうな顔をしてやがった」
「その顔は気になるが。……本当に、半日以上戻っていないのか?」
「ああ」
なにか重要な、自分にも関わってきそうな話をしている。新人のヤマトにも、なんとなく感じ取れる。
「他の連中に聞く限り、奴らはしばらくここに滞在するつもりだったらしい。だが、今日アビスに向かった時の格好は、長期間の探索には向いてなかった。それが、未だに戻ってこないとなると、面倒な予感がしないか?」
「そうだな。未熟な連中ならともかく、ミドルが2人も居るなら、それなりの集団のはずだ。少なくとも、上層で出くわすシャドウに、苦戦するわけがない」
「だから、面倒なんだ。もしも奴らが、”下層”へ向かったとしたら?」
「アビスを闇雲に刺激しないことは、ギルドでも常識のはずだろう」
「ああ。だがもしも、奴らが高い報酬で雇われた、厄介なハンターだとしたらどうする?」
「……確かに、様子を探る必要があるか」
話をし、納得したのか。
ジャックは立ち上がり、メンバーへと目配せをする。
すると、事情を察したように。シンと、カーリーも立ち上がる。
「ほら、立てよ新入り。初任務だぞ」
「えっ、はい!」
先輩にそう言われ、ヤマトも立ち上がる。
ジャック、シン、カーリー。そして、新人のヤマト。
彼らこそ、”ハンター”。
このアビス前線支部の、第1維持部隊のメンバーであった。
「ダンジョンへ潜る。お前ら、3分で支度しろ」
――了解!
この世界に呼ばれ、最初の戦い。
ハンターとしての仕事が、ヤマトを待ち受ける。
◆
ハンターとは、恐れを知らぬ者のこと。
この世界の人類にとって、最も重要で、最後の希望とも呼べる存在である。
そんな、勇敢なる4人のハンターが、ダンジョンへと続く”暗黒の大地”を進んでいく。
空は深い雲に覆われ、陽の光は届かない。
大地は影に侵食され、正常なる自然は消え、混沌が躍動している。
ここはすでに、人類の生存できる領域ではなかった。
隊長のジャックから、新人のヤマトまで。彼らは全員、顔に浄化用マスクを装着しており。全身を覆う、強固な防御スーツを身に着けていた。
無論、身を守るだけでなく、戦う術も必要である。
ジャックは、年季の入ったアサルトライフルを。
シンは大剣、カーリーはスナイパーライフル。
新人のヤマトは、最新式のエネルギーライフルを装備していた。
どれも常人には扱えない。彼ら、ハンター専用の武器である。
「ったく、ゆっくり飯を食いたかったぜ」
ダンジョンへと向かうさなか、シンがぼやく。
「しょうがないじゃない。だって、第4と第5も行方不明なのよ? これで、アビスからシャドウが溢れでもしたら、わたしたち全員の責任になるわ」
「おーおー。新入りの前だからって、思ってもない正論言いやがって」
「あら、心外ね。わたしはハンターとして、当たり前のことを言っただけなのに」
隊長であるジャックはもちろん、シンとカーリーの2人も、経験豊富なベテランなのだろう。
緊張で顔のこわばるヤマトとは違い、軽口を言えるほどの余裕があった。
「しっかし。ヤマト、お前も災難だったな。来たばっかりだってのに、いきなりのイレギュラー任務とは」
「いえ。ここに来る前から、戦う覚悟は出来ているので」
この世界へとやって来て。ヤマトは多くのことを知り、自分の歩むべき道を選んだ。
すなわち、ハンターとして武器を握り、人々のために戦う道である。
「頼もしいわねぇ。わたしもつい、体を預けたくなっちゃう」
「えっ。それは、ちょっと」
「はっ、こいつの言うことは気にすんな。死なずに、なるべく長く戦おうぜって意味だ。なにせ、新人がシャドウと戦って、生き残れる確率は50%って言われてるしな」
「……本部で訓練を受けている時に、それは嫌ってくらい聞かされましたよ」
「訓練つっても、流石にシャドウと戦うのは初めてだろ?」
「はい。絶対に街に入れられない、”人類の天敵”だからって」
”シャドウ”。
それがこの世界、アヴァンテリアを蝕む存在。
どこから現れるのか、なぜ生まれたのか。分かっているのは、ダンジョンと呼ばれる場所から溢れ出るということだけ。
意思を持った影のように、シャドウは大地を、世界を蝕んでいく。
彼らが歩んでいるこの場所も、シャドウによって汚染された領域である。
もしも人類が抵抗を止めれば、シャドウは惑星そのものを覆い、やがては全ての生命が失われるだろう。
ゆえに、彼らハンターが必要とされる。
ダンジョンへと、自らの身体で潜り込み。
シャドウと戦う、恐れ知らずの戦士たち。
「まっ、心配すんなよ。お前さんはラッキーな方の50%だ。うちの隊長は、ベテラン中のベテラン。ギルドも認める、ミドルクラスのハンターだからな。この人の言う事を聞いてりゃ、死ぬことはないだろうよ」
シンがおだてるも。隊長のジャックは、無言を貫く。
その無骨な後ろ姿が、ヤマトにはとても大きく見えた。
「ほら。ここが俺たちの戦場、アビスだ」
シンの言葉。目に入る風景に、ヤマトは息を呑んだ。
前線基地へと向かう、ヘリの中からも見えた存在。
超巨大な、幾何学的オブジェクト。
これこそがダンジョン、アビスの入口であった。
彼らハンターの向かうべき場所、戦場は、この巨大オブジェクトの地下に広がっている。
アビスを前にして、ジャックが腕に装着されたマシンを操作する。
「魔力計に反応は無し。どうやら、最悪の事態はまだらしい」
「そうね。でも、見知らぬハンターの集団と、うちの2つの部隊が基地に戻ってない。ということは十中八九、中でトラブルが起きてるわね」
「だな」
ここから先は、命のやり取りが行われる戦場。
ジャックだけでなく、シンとカーリーも、真剣な表情へと変わっていた。
新人のヤマトも、深呼吸をしながら、今一度ライフルを握りしめた。
「第4、第5部隊も、ここを知り尽くしたプロだ。そんな奴らが定刻通りに戻らないとなると、最悪、”カテゴリー4”の事案かもしれん」
「隊長、マジっすか?」
カテゴリー4。その単語に、シンも動揺を隠せない。ベテランのハンターである彼らにとっても、それはイレギュラーな事案なのだろう。
「ああ。もしもよそ者が、アビスの深層へ向かったのなら。俺たちも見たことのない、”化け物”を呼び起こした可能性もある」
第1維持部隊の全員に、緊張が走る。
果たしてダンジョンの中に、何が存在しているというのか。
「ガイルが言っていたが。もしも俺たちが帰ってこなかった場合、本部からハイエンドを招集するらしい。そうならないよう、俺たちで問題に対処するぞ」
――了解。
そう、覚悟を決めて。
彼らハンターたちは、ダンジョン、アビスの中へと入っていく。
どんな地獄が待ち受けているのか、想像もできずに。
◆
記録。
これは、異世界からの転移者。ヤマトという少年に起きた、不幸な出来事の一部始終。
あまりにも理不尽で。悲しいくらい、この世界ではありきたりで。
深淵より現れた、1体の”
一方的な蹂躙の記録である。
――全員、止まって。300m先に人影を発見。
それは、あらゆる障害を討ち滅ぼして、ダンジョンを上がってきた。
――え、消えた?
まず初めに犠牲となったのは、それを見つけたスナイパーの女性。
彼女は脅威を認識する間もなく、痛みを感じることなく。
一瞬で、細切れの肉塊へと変えられた。
――カーリーさんが、一瞬で。
先程まで、冗談を言い合っていた人が。これから仕事をともにする、美しくカッコいい女性が。
瞬きほどの間に、物言わぬ存在へ変わり果ててしまった。
ハンターとして、覚悟を決めたはずの少年。
しかしその心は、この瞬間に、すでに折れていたのかもしれない。
――間違いない。こいつは、カテゴリー4だ。
人のような、得体の知れない怪物のような。それは、ただひたすらに”漆黒”で。
不気味なほどに、音も、言葉も発さない。
ただ確かなのは、人類にとっての脅威であるということ。
まぁ、そんな事情も。化け物の側からしたら、どうでもいいことなのかも知れないが。
――俺がこいつを引き付ける。シン、ヤマトと一緒に撤退しろ。
この場に残るという選択。戦うという道を選んだのは、隊長であるジャックのみ。
残された2人のメンバーは、その領域に立ち入る権利すらない。
この場から逃げる。それだけが、唯一許された行為であった。
――なんなんだ、これ。
理由もわからず。必死に走る中で、ヤマトは考える。
自分は今、何を、何をしているのか。何が起こっているのか。
けれども答えは見つからない。
時間も余裕も、もう無いのだから。
――見ろヤマト。本部が、”ギガントレイス”を寄越しやがった。
2人が、必死な形相でダンジョンから抜け出すと。
アビスの上空には、4機の巨大人型ロボットが飛翔していた。
ダンジョンへと潜るハンターとは、また異なる戦士たち。
人類の叡智の結晶、この世界を守護する兵器。
シャドウに対抗する、もう1つの武器である。
しかし、忘れてはならない。
”彼ら”がどうしようもなく、人類の天敵だということを。
――なっ、どこから攻撃された!?
人型巨大兵器、ギガントレイス。そのうちの1機が、地上へと墜とされる。
すでに地上へとやって来ていた、漆黒の化け物によって。
――総員、戦闘を開始しろ!!
人間、個としての力が通用しないのなら。科学や、魔法を用いて対処する。
この世界の人類には、それを可能にするだけの力があった。
だがしかし、
――ダメだ! 機体が追いつかない! こいつ、こっちの装甲を紙切れみたいに。
そんな人類の団結をもってしても。
この世界は、着実に滅びへの道を歩んできた。
あまりにも理不尽で、慈悲無き化け物によって。
――なんだよ、これ。
少年は、立ち尽くす。
自分という存在が、何一つ通用しない、この異次元の状況に。
――なんなんだ、この世界。
”
この世界ではありふれた、理不尽で不幸な光景。
ヤマトという少年の物語は、ここで終焉を迎えた。
◇
ダンジョン、アビスの周辺。
幾何学的オブジェクトから広がるように、周囲一帯は”焼け野原”へと変わっていた。
どれだけ、激しい戦闘が行われたのだろう。
そんな凄惨な光景でも、アビスには傷一つ付いていない。
ハンターたちの拠点。前線基地のあった場所にまで、戦火は広がっており。
無惨にも、破壊し尽くされていた。
唯一、かろうじて形状を保っているのは。
彼ら人類をここまで追い詰めた、シャドウの亡骸のみ。
『任務完了。推定、カテゴリー4のシャドウは、活動を停止しました』
アビスの上空には、この戦いの勝者である、人類側の戦力が。
およそ数十機にもなる、ギガントレイスの軍勢が存在していた。
たった1匹の化け物を仕留めるために、人類は多くのものを失ってしまった。
こんな戦場が、こんな地獄が、この世界では”ありふれている”。
悲しいほどに、むごたらしいほどに。
『残念ながら、生存者は確認できません。また、新しいハンターたちが、必要になるかと』
この一件は、”アビス01”と呼ばれるようになり。
人類を襲った、ありきたりな悲劇として、後の人々に伝えられることになった。
◆◇
「う、くっ」
その一部始終を、”アナタ”は見せられた。
頭の中に、直接情報を送り込まれる。そんな未知なる感覚に、思わず苦悶の声を上げてしまう。
(ここ、は?)
アナタが目覚めたのは、恐ろしいほどに”真っ白な部屋”。
気持ち悪さすら覚える。無理やり塗りつぶされたような、そんな部屋。
(今の映像は、一体)
明確に、思い出すことが出来る。ヤマトという1人の日本人、1人の少年に起きた、理不尽な光景。
訳が分からないと。
アナタは、頭を抱える。
自分でも淋しいと思う、肌寒い、孤独な年末を送っていたはずなのに。
気づけば、何かに吸い込まれて。
その結果、見知らぬ真っ白な部屋で目覚めているのだから。
とはいえ、全てが白、というわけではない。
その視線の先には、不自然な、”真っ黒な木”が生えていた。
禍々しい、とも感じられる。
まるで、あの映像の中で見た、シャドウと呼ばれた怪物のように。
真っ白な部屋において、その黒い木は、あまりにも異質であった。
何かがおかしい。
理解の追いつかない状況に、アナタが呆然としていると。
「――おはよう。ようやく、目覚めたようね」
女性の声がして、視線をずらすと。
1人の黒髪の女性が、壁際に立っていた。
部屋に合わせたような、真っ白なドレスに。悪寒を覚えるほど、美しい顔立ち。
そんな女性が、微笑んでいた。
「あなたは? それに、ここは」
「わたしは、そうね。女神のような存在、とでも言っておきましょう」
「女神?」
「ええ。人間よりかは、そっち寄りの存在ですので」
彼女は、自らを女神であると名乗った。
それは”絶対に違う”と、アナタは本能的に感じ取る。
「そして、ここはホワイトルーム。まぁ、名前の通りの場所です。この凄惨な世界において、全てを変えることが出来る、唯一の場所」
「ホワイト、ルーム」
それだけを聞かされても、何も状況は理解できない。
「今さっき、僕の頭に流れてきた、あの映像は?」
「ああ。あれは、この世界を知ってもらおうと思い、わたしが見せたものです」
「……つまり。ここは異世界で、さっきのが、この世界の現状?」
「その通り。理解してもらえたようで、わたしも嬉しいわ」
女神は、なおも微笑む。
どこか歪んだように、どこか完璧なように。
その表情に、アナタの心はざわめく。
「どうして、僕はここに?」
その問いに、女神の表情が僅かに歪む。
愉快さを、隠しきれないと。
「それはもちろん。アナタが選ばれし存在。悲劇を終わらせ、”この世界を救う者”だからです」
ホワイトルーム。
塗り固められたナニカが、音を立てながら崩れていく。
それでもまだ、アナタは気づかない。
自分がこの場所に、この世界に呼ばれた、本当の理由に。
本当の、”願い”に。
物を言わぬ。
真っ黒な木が、アナタを見つめるようだった。
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