Prologue / Annihilation
壊レタ世界(1)
――邪魔が入ったわね。まったく、鬱陶しい。
声が、聞こえる。
いまだ目覚めぬ、”アナタ”のそばで。
――意地でも、世界を守るって感じかしら。とはいえわたしのほうが、一枚上手だったわね。
アナタはまだ、目覚めない。
その力と形に、慣れるまでは。
――その希望を、逆手に取ってあげる。この世界は、今度こそ粉々になるの。
いまだ、目覚めぬアナタに。
狡猾な”悪”が、忍び寄る。
◆◇
剣が、舞っていた。
数え切れないほどの剣が、たった1人の少女を囲むように。
少女は瞳を閉じて、眠るように宙に浮かぶ。
真っ黒な怪物。様々な姿をした、異形の怪物たちが少女に迫るも。
舞い踊る無数の剣に、全てが亡骸へと変わっていく。
少女は、純白だった。
肌の色も、美しく長い髪の色も。
身にまとう鋼の鎧でさえ、白銀に塗られていた。
そこは、暗黒の世界。
地上の光など届かない、底無しの地獄。
ありとあらゆるものが、”影”に染まり。それゆえ、少女は酷く目立っていた。
襲いかかる怪物たち。地面や壁、天井すらも、おぞましい影に侵食されて。
それに対抗するかのように、少女は顔に”機械式のマスク”を身に着けている。それがなければ、生きられぬ世界なのだろう。
少女の操る、無数の剣。真っ黒に染まり、怪物の体液に塗れようと。一切の勢いを失わず。
やがて、群がる全ての怪物を殲滅した。
「……」
戦いは終わり。少女が目を開くと、剣たちはその姿を消した。
彼女は決して地面には足を付けず、おびただしい量の死体と、距離を取っているようだった。
少女は周囲を見渡す。全てが黒く染まった、暗黒の空間、屍の山を。
手に持った機械が示す、僅かな反応を頼りに。少女は前へと進んでいき。
とある怪物の亡骸の前で、静止した。
機械は、この場所を指し示している。
「……」
少女が手をかざすと。怪物の亡骸が、ドクンと脈打ち。
その体内から、何かが突き抜けてきた。
それは、怪物の血によって汚れているものの。紛れもなく、”誰か”が身につけていたもの。金属製の、ドッグタグと呼ばれるものだった。
少女が念を込めると、ドッグタグに付着した汚物は消し飛び。
儚げな表情で、少女はそれを手に取った。
「勇敢な戦士よ。お前の生きた証は、わたしが地上へ届けよう」
出来ることなら。こんな形になる前に、見つけ出したかったが。何も残らないよりかは、ずっと良いだろう。
自分の無力さと折り合いをつけ、少女はドッグタグを、大切そうに懐へしまった。
これで、少女の仕事は終わり。来た道を戻り、地上へと戻るだけなのだが。
「……?」
微かな魔力を感じて、少女はそこへ惹きつけられる。
そこにあったのは、黒く染まった、”1本の剣”。それもただの剣ではなく、魔力を宿した剣だった。
少女が念じると、魔剣は近くへと寄ってくる。
影に侵食された、おぞましき魔剣。少女はそれを、”素手”で掴み取る。
「これは、掘り出し物だな」
悪しき力も、呪いも。その手を穢すことは出来ず。
魔剣を”消失”させると、少女は帰路についた。
Prologue / Annihilation
No.21 アビス前線基地。
そう名付けられた、大規模な拠点。数百人規模の人間が行き来し、その多くが何らかの武装をしている。
人種も、在り方も、多様性に溢れた人々に溢れており、そこには確かな活気があった。
そんな拠点内の、人々の往来の中を。帰還した少女は、無表情で通り抜けていく。
そんな彼女を見て、ある者は蔑み、ある者は恐れ。
そして誰も、近づかない。
とはいえ、それはいつものことなのか。
少女は気にすること無く、拠点内にあるひときわ大きな建物へと入っていった。
それなりに頑丈な造りなのだが。多くの人々が利用するためか、その建物はかなりの劣化が進んでいた。
華奢な少女が歩くだけで、ギシギシと音が鳴るのだから。穴が空くのも時間の問題だろう。
建物内には、外と同様に多くの武装した人々がおり。少女の到来に、一瞬空気が固まるも。何も見なかったかのように、元の空気へと戻った。
「……」
もとより、彼女は1人。誰とも言葉を交わす必要はない。けれども”仕事”の報告をするために、ここへ来るしかなかった。
少女の到来を、まるで待ち望んでいたかのように。制服を着た金髪の少女が、彼女のもとへと駆け寄ってくる。
その身体は小さく、白き少女よりも年下に見えた。
「”フリューゲルさん”。ご無事で何よりです」
フリューゲル。そう名を呼ばれるも、少女は表情一つ動かさない。
「どうぞ、奥のお部屋へ」
「……」
金髪の少女の言葉に従って、フリューゲルは建物の奥へと入っていった。
◇
「では、報告をお願いします」
建物内の一室で、フリューゲルと金髪の少女が向かい合う。
木製のイスと、テーブル。簡素な談話室のような場所で。
少女の言葉に対し、フリューゲルは無言のまま。
懐にしまっていた、誰かのドッグタグを机の上に置いた。
その行動に、少女は困惑する。
「あの。捜索対象となっていた、人物は?」
「……このタグは、シャドウの体内から見つかった。持ち主がどうなったかは、馬鹿でも理解できるだろう」
フリューゲルは、簡潔に。
ドッグタグの持ち主、捜索対象がどうなったのかを説明した。
それには、少女も納得するしか無い。
「それは、非常に残念です。この方には、奥さんと子供がいらしたようなので」
「……」
死、という現実に。1人の少女は嘆き悲しみ、もう1人は感情の色すら見せない。
どれだけ足掻こうと、この世の中には不可能というものがある。
「報酬は、予定通りお支払いします。フリューゲルさんの力がなければ、これすら回収できませんでしたから」
「……”アンチシャドウ”は、手に入ったのか?」
「あ、はい。何とか融通を利かせてもらい、必要な量はご用意しました」
仕事の報酬。普通なら、ここは金銭のやり取りとなるはずだが。この2人の場合、どうやら事情があるようで。
フリューゲルが報酬として受け取ったのは、5本の注射器が入った小さなケース。これに、一体どれほどの価値があるのか。
彼女が手を触れると、ケースは跡形もなく消失した。
「それと、もう1つ」
本来なら、これで2人の話は終わりなのだが。
今回手に入れた戦利品。影に侵食された、”真っ黒な魔剣”を、その場に具現化させた。
「ひっ」
魔剣を包み込む、おびただしい呪い。その濃度に、金髪の少女は思わず悲鳴を上げる。
けれどもフリューゲルはお構いなしに、魔剣を見つけた経緯を少女に説明した。
「この侵食度合いからして、随分前の代物だろう。少なくとも、ここ2~3年に落とされたものではない。シリアルナンバーを照合して、使っても問題のない代物か、確認してくれ」
「は、はい。了解しました」
金髪の少女は、懐からスマートフォンのような電子端末を取り出すと。そこから映し出された立体映像を、すらすらと指先で操作していく。
そして、魔剣に刻まれたシリアルナンバーから、これが誰の所有物で、どういう経緯で失われたのかが判明する。
「これは。7年前にアビスで消息を絶った、ミドルクラスのハンターが所有していた物です」
「そうか。まぁ、それなりの魔剣なのは一目瞭然だからな。それで、わたしがもらっても構わないのか?」
「……」
フリューゲルが尋ねるも、金髪の少女は答えず。
端末に映し出される”情報”に、驚いているようだった。
「……ご遺族も居ませんし、その魔剣を使うのは構いません。ですが、」
少女は、息を呑む。
「その魔剣は、少々いわくつきです。なにせ、7年前に起きた事件、”アビス01”に、関係するものなので」
「……アビス01?」
どうやら、それなりの出来事らしいが。フリューゲルは、その単語を知らないらしく。
少女は静かに、7年前の出来事を語りだす。
「――この世界ではありふれた、とても悲しい出来事です」
◆◇ 壊レタ世界 ◇◆
7年前。
真っ黒に染まった空を、1機のヘリコプターが飛行している。
軍用機なのか、ヘリには武装が積まれており。
その武装よりも”強大な者”たちが、ヘリに搭乗していた。
「おい。起きろ、坊主」
そう声をかけられて。眠っていた1人の少年は目を覚ます。
まだ、10代半ばほど。幼さを残し、青年となりつつある年頃か。
しかし、この世界において、年齢などは関係ない。
彼は”戦士”として選ばれた存在であり、武器であるライフル銃を抱え、頑丈な防御スーツを身に着けている。
少年を起こしたのは、4~50代の中年男性。
少年と同様、防御スーツに身を包んでおり、いかにも歴戦の兵士といった風貌をしていた。
その鋭い瞳は、どれだけの地獄を見てきたのだろう。
ヘリに搭乗しているのは、操縦士を除くと、彼らのみであった。
「もうじき基地に到着する。他の連中と顔を合わせる前に、少しはマシな面構えをしておけ」
「了解しました、ジャック隊長」
「そんなにかしこまる必要はない。俺たちは軍属でも、兵士でもない。この世界を守る、ただ1人の”ハンター”だ」
「……はい」
そんな2人を乗せて。ヘリは、目的地へと近づいていく。
「見てみろ、坊主。あれが俺たちの拠点、前線基地だ」
そこにあったのは、1つの街のような場所。
けれども、ただの街ではない。暮らしている者の多くが戦士であり、それをサポートする者である。
そして、その遥か後方には。
世界を脅かす、強大なる闇の根源。
”アビス”と呼ばれる、幾何学的な巨大オブジェクトが存在していた。
「デカい。あれが、ダンジョンですか」
「いいや、あれは単なる入口だ。あの場所の地下に、無限とも言える空間が広がっている。そこから溢れる怪物と戦うのが、俺たちの仕事だ」
思わず圧倒される、理解を超えた世界。
そうして、1人の少年は戦いの最前線へとやって来た。
◇
「はじめまして、”ヤマト”って言います。本日付けで、アビス前線基地の維持部隊配属となりました」
緊張した様子で、少年、ヤマトは自己紹介をする。
それを聞くのは、ここまで連れてきた老兵、ジャックと。その部下である、2人の戦士たち。
「そう緊張すんなよ、新入り。お前、かなり適正が高いんだろう? そのうち、俺たちより強くなる」
大剣を背負った、若い兄貴肌の男に。
「……よろしく。あなた、もしかして寝てたの? 顔によだれの跡が残ってるわよ」
スレンダーな体型をした、スナイパーライフルを持った女性。
そこに、隊長であるジャックと、新入りのヤマトを合わせ。
彼ら4人が、ここアビス前線基地の、第1維持部隊のメンバーとなる。
このまま、いきなり任務に。ということは流石になく。
彼らは前線基地にある食事場で、軽い歓迎会を行うことに。
そこで、話題となったのが、彼らの”出身地”について。
「俺たちは全員、”異世界”出身のはぐれ者だ。お前もそうなんだろう?」
大剣の男が、ヤマトに尋ねる。
「あ、はい。地球って星にある、日本って国に暮らしてて。この世界に来るまでは、学生をしていました」
「お前、日本人か!? なら俺と同郷かもな」
「えっ。”シン”さん、日本人なんですか」
ヤマトと、大剣の男、シン。その2人に、意外な共通点が判明する。
だがしかし、
「なぁヤマト。お前の居た地球って、平和だったか?」
「平和、ですか? そうですね。知らない国とかだと、紛争とかあったかも知れないですけど。少なくとも、日本は平和だったと思います」
「問題は無いのか?」
「そう、ですね。地球温暖化とか、そういう話ですか?」
「あー、いや、気にしないでくれ。どうやら俺たちは、別の世界の出身らしい」
どうやら、同じ地球、同じ日本といえど、2人は”異なる世界”から来たようで。
「俺の居た世界は、海から現れた怪物のせいで、人口が8割以上減少してた。当然、島国である日本は、そりゃあ酷い有り様だったぜ」
「そんな。同じ地球でも、そんな違いが?」
「いわゆる、”平行世界”ってやつだな。この宇宙には無限に等しい世界が存在していて、似たような世界でも、全く異なる歴史を歩んだりしてる。で、そんな平行世界が交わって、最終的に辿り着くのが、”この地獄”ってわけだ」
同じ地球でも。ヤマトの暮らしていたのは、戦争のない平凡な世界で。シンが暮らしていたのは、怪物と戦う修羅の世界。
無数にある、もしもの1つ。
「羨ましいわぁ。確か隊長も、地球って星の出身だったわよね」
「ああ」
奇遇なことに、4人のうち3人が、地球という星の出身であった。
けれども、それぞれが異なっている。
「俺の居た地球は、怪物なんて存在しなかった。だが、平和も存在しない。行き過ぎた科学によって、意義のない戦争が続いていた」
ジャックはタバコを吸いながら、遠い記憶を呼び覚ます。
「……とはいえ、”この世界”よりかはマシだがな。ここの地獄を味わったら、どんな世界でも楽園に思えるぞ」
この世界。
無数にある並行世界の中でも、ここは異質な世界であった。
「”カーリー”さんは、どんな世界出身なんですか?」
「どんな世界って、言われてもねぇ」
メンバーの紅一点。スナイパー、カーリーの話となる。
「わたしは、惑星ハロペンの出身で、医者の娘だったの。でも退屈な生活に飽きて、システインの商業船に潜り込んで。こっちに来る前は、宇宙船の狙撃手をしてたわ」
「……へ、へぇ」
色々な意味で、ぶっ飛んだ経歴に。ただの学生であったヤマトは、唖然とするしかなかった。
「故郷なんぞ気にするな。今大切なのは、俺たちが同じ世界に生きる仲間であり、人々を守る”ハンター”だということだ」
「……はい、隊長」
みな、この世界へと流れ着いた。
平和な世界で、学生をしていた者。
怪物に抗う世界で、武器を持っていた者。
戦争の絶えない世界で、国に尽くした者。
広大な宇宙を、好奇心旺盛に旅していた者。
不思議なゲートに導かれ、やって来た。
終末世界、”アヴァンテリア”へ。
◆◇
(これは、一体)
アナタは、不思議な映像を見せられる。
知らない人たち、知らない世界の人たちが、一致団結する様子を。
自分と同じ、日本人だという少年が、未知なる世界へと足を踏み入れている。
(異世界? これは、異世界なのか?)
躍動する、かつての神殿の中で。
アナタは目覚める前に、世界を見せられていた。
――これからアナタが救う、とっても不幸な世界です。
誰かの囁く声が、耳にへばりついた。
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