エンドレス・コード

相舞藻子

Epilogue / Last Game

アナタの物語






 2つの星が、1つの悪と戦っていた。




 悪は、闇のように恐ろしい”漆黒の竜”で。

 対する星は、まだ幼さを残す”2人の女性”。




 神にも等しき悪。

 魔神竜の放つ一撃は、世界すら砕きかねない。


 輝ける2人は、大地を守るべく、その一撃を正面から打ち砕く。




 凍てつく氷の大剣と、揺るぎない鋼の大剣。

 多くの悪を挫き、何度も世界を救ってきた。今までと変わらない。


 そして、”これから先”を、変えないために。





『あぁ、もう。本当にしつこい!!』





 ただ、その”敵”は特別だった。

 前例のないほどに強く、執念深く、壮大で。


 絶対に、分かり合うことの出来ない存在。

 だからこそ互いに、負けられない。





『すでに、”終わり”は始まっている! 世界の崩壊は止められない! わたしを倒しても意味のないことは、よく分かっているはずだ!』



「「――うるさい!!」」





 素晴らしき世界。


 彼女たちの暮らす世界は、すでに運命が確定していた。



 この巨悪、魔神竜が壊すのではない。

 自ら蓄えた”罪の重さ”によって、他の世界すら巻き込んで、破滅する。



 2人の星は、運命を止めることが出来なかった。


 唯一、可能性のある2人であったが。敵の執念はそれすら上回り。

 こうして巨大な竜と化し、最後の希望を打ち砕こうとしていた。




 2つの星は、なおも輝きを失わない。

 どんな絶望のさなかでも、決して諦めなければ。最後の最後に、こっちの”愛”が勝つ。




 そう信じて、星は飛翔する。

 真っ直ぐに、一直線に。




 想いは力に、愛は希望に。


 世界を滅ぼす、漆黒の魔神竜。

 その程度の相手に、2人の刃は負けはしない。





『理解不能だわ。今まで出会ったどんな可能性より、お前たちは鬱陶しい!』






 次元の壁を超えて、星と悪の戦いは、神の領域へ。


 主の消えた”神殿”を破壊しながら、両者は死闘を繰り広げる。






「ここしか、ない」



 ここで、星の1つは”切り札”を解き放つ。





「――”憑依解放アビス・キャノン”ッ!!」





 その身に宿る力、全ての”冷気”を一点に集め。


 まるで隕石のような勢いで、魔神竜へと投擲した。





『……そんな、デタラメを』





 太陽すら、凍らせてみせる。その意志で、その一撃は何よりも強くなり。


 強大な魔神竜の体を、一瞬にして氷漬けにした。


 それに続くは、もう1つの星。

 大きな純白の翼を広げ、無骨な大剣で、氷漬けの竜に迫り。





「これで、最後!」





 強く、強く、輝き。


 一直線に、打ち砕いた。






 黒く淀んだ氷の結晶が、盛大に散っていく。

 2つの星は、強大な悪に打ち勝った。






 素晴らしき世界。

 その、今際の際。




 最後の戦いは、2つの星が勝利を収めた。


 それでも、”終わりの運命”は変わらない。









 神殿の中心部に、2人の星は立つ。



 そこに鎮座するは、この世界の根底たる、黒き柱。

 ”終わりのプログラム”は、すでに走り出している。





「「……」」





 2人は顔を合わせると、無言で意思の疎通をし。

 その手を、強く握りしめた。




 ”絆という魔法”。

 この力で、運命すら覆してみせる。




 繋いだ手で、黒い柱に触れ。

 耐えきれないほどの激痛が、2人を襲う。




――ッ。




 世界を終わらせる力。


 この星だけではない。楔で繋がれた、多くの並行世界をも滅ぼそうとしている。


 そんな力を、たった2人で抑えられるはずもない。




「……生まれようと、してるね」


「うん」





 最悪の願い。世界を終わらせるもの。


 魔王がここに、誕生する。その事実はもう、変えられない。





「でもこれは、わたしたちの罪だから」


「そうだね。ある意味で、わたしたちの子供みたいだね〜」





 そんな冗談を、笑いながら。

 自分たちだけじゃない。もっと多くの人たちが、もっと多く笑っていけるように。





 ”誕生”は、止められなくても。

 ”在り方”くらいは、変えられる。





「出来るかな?」


「大丈夫だよ、わたし達なら」


「流石に、死ぬかな?」


「ふふっ。そうかもね」





 2つの星は、そうして。

 体だけではなく、魂までも1つに。



 最初で、最後。





――”憑依融合アビス・フュージョン”。





 心残りは、在るけれど。

 それでも、世界が滅びるよりはずっといい。



 ずっと。

 そう、ずっと。





『無駄な足掻き、ね』





 悪はしぶとく。

 地べたを這いずるヘビとなって、2つの星の側へとやって来る。

 もはやそこに、戦えるだけの力はない。





『これが、どれだけ”大きな存在”か。分からないほど馬鹿じゃないでしょう? 無数の並行世界を連鎖崩壊に導く、わたしの集大成、宇宙の終わり! まだ誰も成し遂げていない、最高の芸術が生まれるのよ?』





 悪の言葉に、星が振り返る。

 すでに2つは、1つの大きな光と化していた。


 けれども、想いは初めから変わらない。





「――何度も、何度も言うけどさ。この世界は、お前の”おもちゃ”じゃない!!」





 そうして、戦いは終わり。


 とある物語は、1つの結末へ。




 終わりのプログラムは、星の輝きにより凍結し。


 小さな”影”を滲ませながらも、世界は再び動き出した。











◆◇


◇◆











「……もう、”終わり”かな」





 微かに白い吐息と共に、”あなた”は小説を閉じた。


 偶然手に取ったあの日から、面白くて、気になって、読み続けてきた小説。




 もう、読むことはないだろう。




 これが最終巻、というわけではない。おそらく、もうしばらくは続くだろう。

 それでも彼は、読むことを止めた。



 ゆえにこれが、彼にとっての最終巻。

 物語は終わらずに、永遠に続いていくだろう。





 寒い日の夜。

 街頭の明かりの下で、溜め息を吐く。





 彼は、”終わり”が嫌いだった。

 特に、”物語の終わり”である。




 適当に名前を付けるなら、”最終話恐怖症”、とでもしておこうか。


 どれだけ好きなアニメでも、漫画でも、小説でも。

 好きであればあるほど、終りを迎えるのが怖くなる。



 そんな、ちょっとした欠点を持った。

 何者でもない、特別でもない青年。



 それが、あなた。





 最終回を見なければ、結末を知らなければ。

 自分の中で、物語は永遠に続いていく。


 たとえ、実際には存在していても。

 自分が知らなければ、物語は決して終わらない。


 だから彼は、小説を閉じた。





「……ふぅ」





 そんなことを繰り返して、繰り返して、繰り返して。

 また今日も、愛着のある作品と別れを告げる。


 どうでもいい、つまらない物語なら、遠慮なく最後まで見られるのに。





 多くの人々が、友人と、家族と過ごす夜。

 それでも彼は1人で、静かに小説を読んでいた。


 あの登場人物たちが、自分も想像できないほど、幸せな日々を迎えますように。


 自分なりの結末を想像して、今日も。





 もうすぐ年が終わる。

 紅白の歌が、そこら中の家から聴こえてくる。



 1人で小説を読むアナタは、きっと少数派だろう。

 終わりが怖くて、最後まで読めもしないのに。





 終わることを怖がって。

 どこか馴染めず生きてきた。


 そんな青年、そんな”読者”。


 これは、そんなあなたの物語。





 目の前に、光が。


 扉のような何かが、姿を現した。





「――」





 落ちるように、吸い込まれるように。


 あなたの体は現実を離れ、その不思議な世界へと入っていく。






 素晴らしき世界。

 最後の戦いから、14年。



 君から、アナタへ。

 物語は託された。





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