チェリー&クローバーの七不思議レポ -「恐怖のベートーヴェン」編-
「皆さん、こんばんは……。ぴ、ピアノは友達、お馴染み幽霊少女のチェリーと……」
「視聴者の皆さんがお友達っ! 新人レポーターのクローバーですっ。今夜は夜の校舎内からお届けしてまーす」
「あっ……し、視聴者さんとプライベートで繋がったりしたらダメですよ、クローバーさん……」
「大丈夫よっ。私、アミカさん一筋だものっ」
「あっふふっ……チャンネル運営者とレポーターの生々しい癒着……」
「生々しくないもんっ、健全な関係ですっ」
「あっ、そっそれでクローバーさん……今日は何の怪談を取り上げるんでしたっけ……」
「ふふふっ、チェリーさんもきっとテンション上がっちゃうお話よっ。さてチェリーさん? この廊下の先には何があるでしょう?」
「あっ音楽室ですね……。あっでも、怪談なのにテンションはあまり上げない方が……」
「いいじゃないっ。そう、今夜の舞台は音楽室なんです。あっ皆さん、ちゃんと音楽室の使用許可も貰ってるので安心してくださいね?」
「ふふっ……文化祭の出し物といい、この学校って割とユルいですよね……」
「こういうのって、手続きがちゃんとしてれば案外なんとかなるものよっ。というわけで、さっそく足を踏み入れてみましょう」
「あっ……お邪魔します……」
「……や、やっぱり夜の音楽室って雰囲気あってコワイわね、チェリーさん……」
「あっ、慣れると落ち着きますけどね……。壁は防音だから、他の部屋にいるよりは周りの声も気になりませんし……」
「経験者みたいに言うじゃない?」
「ふふっ、
「そういえばそういう設定だったわね……」
「あっ設定じゃなくて本当なんですけどね……。あっ、というか、クローバーさん……今日の七不思議はその話なんですか……?」
「その話って、『ピアノを弾く幽霊』の話? ざーんねん、今日はまた別の新ネタがあるんですっ」
「あっ……現地で当事者インタビューとか新鮮だと思ったのに……」
「それはまた今度ね? 今回は私が仕入れてきた七不思議ってコンセプトだもの」
「あっ、もしかしてまたネイルサロンとかマッチングアプリとかの話……」
「ちーがーいーまーすー、アミカさんにも『そういうのじゃない』って言われちゃったもん、今日はちゃんとウチの学校の中であった話ですっ」
「すっすみません……。じゃ、じゃあ、どうぞ……」
「はぁいっ。早速だけどチェリーさん、音楽室といえば、あのズラーッと並んだ音楽家の肖像画よねっ」
「あっはい……。見てると曲が浮かんできて楽しいですよね……」
「えっ? ちょっとその相槌は予想外なんだけど……」
「あっ、そうですか……。ふふっ、バッハの『トッカータとフーガ ニ短調』とか、落ち込みたい気分の時にちょうどいいですよ……」
「落ち込みたい気分の時ってなに……。どんな曲なの、それ?」
「♪ちゃらりー……ちゃらりらりーらー……ってやつです……」
「ああ、『鼻から牛乳』の……。あれってバッハだったのねっ」
「あっ、実はバッハじゃないって説もあるんですけどね……でも、地獄絵みたいな曲調で楽しいですよ……」
「地獄絵が楽しいって感覚はよくわからないけど……」
「あっあと……ここの肖像画にはないですけど、プロコフィエフの『ヴァイオリン・ソナタ第1番』もホラー映画みたいな雰囲気で……ふふっ、深層心理をえぐるような怖さがあっていいですね……」
「ぷろこ……? そ、そうだったわ、
「あっ別にマニアってほどでは……。あっ、すみません、つい話の腰折っちゃって……」
「い、いいのよっ、きっと視聴者の皆さんもチェリーさんのそういうところを見たがってるものっ。それで、七不思議なんだけどね?」
「あっはい……」
「隣のクラスの子が、吹奏楽部の子から聞いた話なんだけどね。なんでも、その子の先輩が進学した先の音大で……」
「あっ、ちょっ、ちょっと待ってください、クローバーさん……」
「どうしたの?」
「えっと……あの、その時点で舞台がウチの学校から飛び出しちゃってるといいますか……。ま、またアミカさんに『そういうのはいいから』って言われちゃいますよ……」
「えー、でも、ちゃんとこの音楽室に関係してるんだものっ。その先輩はね、小学生の頃からずっとベートーヴェンが怖かったらしくて……」
「あっ、あくまで続けるんですね……」
「ほら、よく小学校の怪談にあるでしょ? 音楽室のベートーヴェンの肖像画が睨んでくるって話っ」
「あっはい……私の学校にもありました……。あっでも、私は友達の輪とかに入れなかったので……周りから漏れ聞こえてくるウワサ話をただ聞いてただけなんですけど……」
「ううっ、その頃に戻ってお友達になってあげたいわ……。それでね、その人は小学生の頃、本当に放課後の音楽室でベートーヴェンの肖像画に睨まれちゃって……それ以来、ベートーヴェンの曲が怖くて聴けなくなっちゃったんですって」
「あっ、可哀想……。交響曲第6番『田園』とか、第3楽章までの楽しさから一転しての、嵐の場面の不気味さがなかなかそそるのに……」
「それは知らないけど……。でも、音大志望がそんなことじゃダメだなって思い直して、その人は中学に上がってからは、小学校時代の怖さを克服しようとして……事あるごとに音楽室のベートーヴェンの絵を見ては、怖くない、ただの絵だって自分に言い聞かせ続けたんですって……」
「あっ……見てきたみたいに話しますね……」
「それでねっ、中学では結局、一度もベートーヴェンの絵が睨んでくることはなかったから、もう大丈夫だって安心しかけたところで……。高校に上がって、この音楽室の……まさにあのベートーヴェンが……またその人を睨んできたんですって……」
「へ、へえ……」
「ねっ、怖くない!? こんな話聞いちゃったら、今にもあのベートーヴェンが睨んできそうな気がしない?」
「あっ、いえ……。わっ私みたいな幽霊側の人間には、陽キャの感覚はわからなくてすみません……。そ、それで、その方はどうなったんですか……?」
「……その人は、音大には受かったんだけど……今でもベートーヴェンへの恐怖が拭えなくて、大事な実技試験をそれで落としちゃって……。最近じゃ夢にもベートーヴェンが出てくるようになって、よくうなされてるらしいわ……」
「……」
「……どう、ゾクっとしない?」
「あっ……す、すみません、クローバーさんみたいに素直なリアクション取れなくて……。所詮私は
「そう……。あっ、私の方こそゴメンね、ちゃんと怖い話できなくてっ」
「あっいえ、
「……そんなわけで、視聴者の皆さん、ごめんなさいっ。私のルートで仕入れてきた怪談じゃ、イマイチ場が盛り上がらなかったみたいですねっ。うぅん、やっぱりアミカさんやチェリーさんには敵わないのかな……でも私っ、このチャンネルのレポーターとして、せめて――」
\♪ダダダダァーン!/
「きゃあぁっ! なっ何っ!? あっ浅桜さんっ!?」
「あっ……いいリアクションができなかったお詫びに、せめて演奏で場を盛り上げようと思って……この曲知りませんか……?」
「しっ知ってるわよっ、『運命』でしょ!? び、びっくりしたぁ、心臓止まっちゃうかと思った……」
「あっ、正確には交響曲第5番ですけどね……。個人的には第3楽章の不気味なコーダのところが好きで……シューマンも子供の頃に聴いて怖いと言ったとか……」
「そ、そう……。よくそんな喋りながら弾けるわね……」
「ふふっ……。あっでも、ヘタクソって叱られちゃったので……この第1楽章だけ弾いたらやめますね……」
「えっ、私そんなこと言ってないわよっ。
「あっ……いえ、そこの子が……。ふふっ、前に
「えっ……やめてよ、チェリーさん……またそんなこと言って私を怖がらせようとするの……」
「あっ大丈夫ですよ、たぶん人畜無害な霊ですから……。あっ、自分の方がもっと上手く弾けるのにって言ってます……」
「ひっ……!? うっウソよねっ、チェリーさん、私を怖がらせたくてヘンなこと言ってるだけよね!? ほらっ、早くピアノやめて帰りましょ!?」
「あっ……実はさっきから私は弾くのやめてるんですけど……」
「っ!?」
「隣の子は、もっと弾きたいみたいです……」
「いやっ、もうやだあぁぁっ!!」
===
「……とまあ、今回はこんな感じの撮れ高なんだけど……。どう、イツキ」
「どうって、毎回俺に意見を求められても……」
「ボクはマオさんの言いつけを守ってるだけだよ。ちえりを動画に出す時はイツキの確認を経るように、って」
「
「そっちはいいんだよ、
「まあ……。俺が言うのもナンですけど、怪談のセンスがちょっと斜め上ですよね……」
「これはこれで視聴者にウケるんだろうか……。さすがのボクも自信が持てないや」
「怖がる側としてはベストな人選だと思うんですけどね。ほら、このラストのところ、たぶんちえりの隣の子のことは見えてないのに、言葉だけで美味しいリアクションしてくれてますし」
「……ふ、ふふ、ボクはもう騙されないよ? ちえりのアドリブに乗っかってボクを怖がらせようとしてるだけでしょ?」
「いや……だって現にホラ、ここで演奏の感じが変わったじゃないですか」
「し、知らん……そんなの分かるか……」
「ああ、でも、そうか……そうなると、ガチの心霊現象が映っちゃってるわけですから、この動画は師匠の検閲通らないかもしれないですね……」
「それはそれで勿体ないな……。いや本当、冗談だよね?」
「さあ、どうですかねえ」
「だからやめてってば、そういうの……」
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