新生・ホラー同好会(view:宮島厳)

「『ホラー同好会』設立申請書……。何これ?」


 今日も今日とて平穏とはいえない昼休み。この日はちえりと一緒に、四月一日わたぬきさんのグループと学食のテーブルを囲んでいた俺だったが。

 食後のごちそうさまの挨拶も早々に、陽キャクイーンがニコニコ笑顔で差し出してきたその用紙には、


「副会長、四月一日わたぬき三葉みつば……。会員、浅桜ちえり……」


 いかにも女子女子した丸っこい文字と、陰キャらしい控え目な文字で、その二人の名前が既に書き込まれているわけで。

 空白のまま残された会長の欄と、隣のちえりのソワソワした顔を見れば、四月一日さんが何を言いたいかは俺にも察しが付くわけで……。


「……えーと、会長はお二人のどちらが?」


 せめてものネタのつもりで、四月一日さんを囲む陽キャ女子二人に視線を振ると、彼女達は「イヤイヤ」と笑ってリアクションを返してきた。


「この流れで宮っち以外に無いでしょ」

「ですよねー……」

「そういうことで、宮島君、会長お願いしていいかしらっ」


 胸の前で両手を合わせ、キラキラオーラ全開で俺を見てくる副会長。いや、その「そういうことで」を何も説明されてないんだけど……。

 ちえりは見ての通り最初からグルのようで、ふふっと笑って俺の袖口を引いてくるし。


「あっ……同好会の立ち上げなんて、なっ何だか学園もののラブコメみたいになってきましたね……」

「ラブコメの定義については後でゆっくり突っ込むとして……。どうせこれもにい……アミカさん関係なんでしょ」


 他の友達もいる手前、新月にいづきさんの本名を出すのは思いとどまった。もうなんか、この界隈には今さら隠すことでもないような気もするけど。

 すると、四月一日さんは胸の前で合わせていた両手を「ぱんっ」と打ち直して、テンションのギアを一段上げて言ってくる。


「そうっ。なんと私っ、念願のアミカチャンネルのリポーターを任せてもらえることになったの! もちろん浅桜さんとセットでねっ」

「あっ……ふふっ、わっ私なんかが隣にいたら、四月一日さんのご尊顔にドロを塗っちゃいそうですけどね……ひゅードロドロ、なんちゃって……」

「そんなことないわよ、浅桜さんも視聴者さんの間で謎の幽霊美少女って話題じゃないっ」


 瞬く間にツッコミ不在空間と化した二人を前に、俺にもようやく今回の背景が掴めてきた。

 つまりは、こないだの焼肉会で魔王様が立案していたアレか……。ウチの高校の七不思議を動画で取り上げるとかいう。

 そうなると必然、この学校の生徒であるちえりと四月一日さんに白羽の矢が立つのは当然なわけで。


「それで私っ、校内での撮影許可を貰いたくて先生に相談に行ったら、同好会を作って正式な活動ってことにすれば問題ないって!」

「ナルホドね……。なんで俺も一緒なの、って一応聞いてもいい?」


 その答えも大体もう予想が付いてるけどさ。


「浅桜さんを巻き込むのに、宮島君を抜きにする訳にはいかないでしょ? 諸々の雑用なんかは私がやるから、お願いっ」


 俺とちえりに向けてパチっとウインクしてくる四月一日さん。両隣の二人もどこか生温かい目で頷いている。

 まあ、この子が悪気なんて概念と無縁なのは分かってるし……。俺の目と手の届くところにちえりを置いておこうという、彼女なりの気遣いなのも理解できるんだけどさ……。


「お気遣いは有り難いけど、会長職は恐れ多いって。俺なんかヒラ部員でいいよ」

「えー、だって、私達の中で一番心霊関係に詳しいの、どう考えても宮島君じゃないっ」

「それはまあ……」


 そりゃ本職だから、とは、四月一日さんの友達の前では言えないけど。

 そこで、ちえりがクイクイと俺の袖を引いて、上目遣いに見上げてきた。


「あっ……わっ私も、イツキ君が会長がいいです……」

「俺と一緒なら何でもいいです、とはならないんだ?」

「あっ、だって……会長って響き、格好いいじゃないですか……」

「生徒会長ならまだしも、ホラー同好会の会長が格好いいかあ?」

「……ま、まあ、私のイツキ君は、いつでも格好いいんですけどね……」


 突然の激甘発言に、顔から人魂ひとだまが出そうになる俺。

 ……いや、人前でそういうの勘弁してくれよ……。いつも言ってんのに……。


「今日も昼間っからお熱いねー、お二人さん」

「さっすが全校公認カップルは違うわー」

「あっふふっ……リア充が毎度ノロケてすみません……」


 ニヤニヤ顔ではやしてくる女子達と、いかにも調子に乗ってますという感じのちえり。コイツ、俺を公開処刑するのに味をしめてきたんじゃないだろうな……。

 熱くなった顔を用紙で隠し、とりあえず話題転換を試みる。


「でも、同好会作るにも、ある程度の人数は要るんじゃないの? さすがに三人だけじゃ……」

「そこはそれっ、この子達が幽霊部員になってくれまーす」


 両手で友人達を指し、四月一日さんは明るく声を弾ませた。


「堂々と幽霊部員とか言っちゃったよ」

「あっ……本当の幽霊は私ですけどね……」

「出たっ、浅桜っちの幽霊ジョーク、ウケるー」


 どうやら目の前の二人にも事前に織り込み済みだったようで、彼女達は俺の手元からすいっと用紙を取り上げると、会員の欄にすらすらと自分達の名前を書いていった。


「ってことで、ヨロっ、会長っ」

「まあ大事な時は顔出すからさ」


 かくして、俺の前に突き返されたのは、会長だけ空欄になったままの申請書。


「準備いいなあ、本当……」

「お褒めにあずかり光栄ですっ」


 えへっと笑って敬礼の真似事をしてくる陽キャ女王。

 まあ、とどのつまり、校内での撮影許可を得るための形だけの同好会申請なら……。

 というか、この状況まで持ち込まれた時点で、俺には断りようがないんだよなあ……。


「じゃあ……わかった、やるよ……」

「やったっ。ありがと、宮島君っ」


 俺ってつくづく断れない系男子だな、と噛み締めながら、自分のペンで会長の欄に名前を書き込む。


「ふふっ……こうしてると、大事な届けにサインしてるみたいですね、イツキ君……」

「死体検案書とか?」


 口元を緩ませているちえりを軽くいなし、あっそうだ、と思い出して俺は四月一日さんに念押しする。


「でも、動画には俺出ないからね? 師匠に怒られるからさ」

「そこは大丈夫、私達二人でしっかりガールズリポートしますっ。ねっ浅桜さんっ」

「あっはい……わ、私みたいな枯れ木以下が、四月一日さんに賑わいを添えるのは恐れ多いですけど……」


 そこへ、幽霊部員になったばかりの二人が、面白がって口を挟んできた。


「ねえ、師匠って何の師匠ですかー、会長ー」

鈴鳴りんなさんって人が姉弟子なんだっけ? なんで宮っちが動画に出たら師匠に怒られるの?」

「あー……えーと……ホラー映画道の流儀として、動画配信とかには肩入れできないからさ……」


 これからどれだけ付き合いが増えるかは分からないけど、この子達を毎回ごまかし続けるのは大変そうだな……。

 五人分の記入が出揃った申請書を眺め、俺は小さく肩をすくめる。昼休みはもうすぐ終わりかけていた。


「じゃあ、用紙は放課後私が出しておくわねっ」

「いや、いいよ、名ばかりでも会長なんだから俺が行くよ」

「そう?」


 小さく首を傾げながらも、「ありがと、じゃあお願いね」とすぐに切り替えてくる四月一日さん。

 用紙を畳んでポケットにしまう俺を、じっとちえりが見上げてくる。


「あっ……じゃ、じゃあ私も一緒に行きます……。ふふっ、大事な届けを役所に出しに行くみたい……」

「火葬許可申請書とか?」

「あっ、死んで火葬されてもずっと一緒にいてあげます……」

「だからそれはガチのホラーなんだよ!」


 いつものノリのちえりに、いつものツッコミを入れる俺だったが、今日からそこには新たな免罪符が加わってしまったようで。


「いいじゃない、ホラー同好会なんだからっ」


 同好会の名前に釣り合わない陽キャクイーンの笑顔に、これからまだまだ面倒事が増えそうな気がして身震いする俺だった。

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