いわゆる責任ってやつの話(view:鬼灯鈴鳴)

 あたしと友子トモが初めて親しく話すようになったのは、中学卒業を間近に控えた三年の冬のこと。

 もちろん、それまでにも同じ学校の同学年として、互いの存在を知ってはいたけど……タイプが違うあたしと彼女の交友関係は、まで交わることはなかった。


 美術部の名物ダウナーガールとして、中一の頃から特に同性の注目を集めていた新月にいづき友子。

 先輩達をも手玉に取ったとか、部室のキャンバスというキャンバスが彼女の肖像で埋め尽くされたとか、数え切れない浮き名を校内に轟かせながらも……。

 あたしが知る限り、彼女が一人の相手を決めて付き合うことは、ついに一度もなかった。

 それがいいのか悪いのかは知らないけど。でも、キッパリ振ってあげずに中途半端な情けをかけ続けたり、時には相手の好意を拒まず受け取るようなことを、彼女が何人もの女の子にしていたのはどうやら事実で。


 だから――

 そんな彼女の三年間の集大成のように、中三の冬休み、トモが見舞われることになった悲劇は、ある意味では自業自得とも言えるもので。


 素人の中学生がネットの知識でテキトーに掛けたオカルティックな呪いが、同じように恋破れた何人もの女子達の怨嗟えんさの念と混ざりあって――

 いびつな邪念が渦を巻いて、無防備なあの子に襲い掛かるのに――気付いてあげられるのは、校内であたしだけだった。


 除霊を担当したのは、その頃はもちろん人間の姿をしていたお姉ちゃんだった。

 本物の霊的な世界との初めての邂逅かいこうに、トモは最初は驚いてたけど……。


 見習いのあたしに守られながら、お姉ちゃんの除霊の光景を目の当たりにしたり。

 呪いを掛けていた張本人の後輩ちゃんが、全てをトモのせいにして泣き崩れるのを間近に見たりして。

 事が片付いた後、夕闇に包まれる美術室で、あの子があたしとお姉ちゃんに向かって呟いたのはこんな言葉だった。


「……ボクだって、好きでこんな見た目とキャラに生まれたわけじゃない」


 逆ギレでも恨み言でもない――あえて言うなら諦めがにじみ出たような、切ない一言。

 それを聞いて、お姉ちゃんは怒るでも哀れむでもなく、あたしを小さくあごで指して言った。


鈴鳴コイツだって同じだ。好きで霊能者に生まれたわけじゃないが――死ぬまでそれを辞められない」


 トモがハッとなってあたしを見たとき、あたしの中でも何かが繋がったような気がした。

 モテる子の気持ちなんて当時も今も分からないけど、それでも。

 あたし達とこの子は同じかもしれない……と思ったら、別世界の住人だと思っていた彼女と、急に分かり合えそうな気がして。


「お姉さん。ボクは、どうしたら……」

「手放すことができないモノとは、折り合いをつけて生きるしかない。それが責任ってヤツなんだ」


 お姉ちゃんの言葉に、意を決したように頷くトモの姿を見て。

 あたしは自然に彼女の前に手を出して、「友達になろう」と微笑みかけていた。

 彼女は一瞬、不思議そうに首をかしげてから、すぐに納得した顔になって、


鈴鳴りんな、だっけ。そっちの話も聞かせてよ」


 当時も今も珍しい笑みをふっと浮かべて、手を握り返してくれた。


 この時から、あたしにも初めて――

 お姉ちゃんや協会の関係者、それに同じ境遇のイッツー以外で、昔語りを共有できる相手ができた。


 迷子の子の母親を見つけてあげたと思ったら、その子のことが見えてるのは自分だけだったこと。

 生まれて初めて一目惚れした男の子が、何年も前にこの世を去っていたこと。

 ……どうでもいい霊はいくらでも見えるのに、お父さんとお母さんは二度と出てきてくれなかったこと。

 そういうあれこれを、この子の前でなら自然に語れるんじゃないかなって……そう思ったんだ。


 そして、その日からトモも、それまでとは人が変わったように、女の子に中途半端に優しくするのをやめて。

 ヤバそうだなと思った子には、期待を持たせる前に突き放してあげるようになった……はずだった。


 ……そう、そのはずだったからさ?



***



「……で、トモ。三葉みつばちゃんとお泊まり会でどうなったの?」

「なに、この取り調べみたいな空気」


 そして現在。高校の帰りにトモをスタバに連れ込んだあたしは、新作のピーチフラペチーノで喉をうるおしながら、ゆるーく尋問を開始しちゃったりしてるわけで。

 取り調べ対象の親友はといえば、丸テーブルに頬杖をついて周囲の客の喧騒を見やりつつ、


「三葉にボクを取られるのが気になるの? イツキもちえりに取られちゃったもんね」


 冗談めかした含み笑いで、しれっとそんなことを言ってきたりする。


「べっつにー、そんなこと思ってないけどー? ただ、あたしの立場としては、そーゆーの把握はしておかなきゃと思って」

「まあ、いーけどさ。取り調べならケーキも奢りね」

「取り調べのカツ丼ってあれ、容疑者の自腹らしいよ?」


 なんて、どうでもいいやり取りをちょっとだけ挟んで。

 自腹のフラペチーノに口をつけたトモは、実は聞いてほしかったのか、観念したように喋り始めた。


遺憾いかんながら、鈴鳴が聞いて悔しがるような話は何もないよ」


 ……いや、これはそんな殊勝なやつじゃないな、単に自慢したいだけか。


「三葉の家に泊めてもらって、マニアックなホラー映画の鑑賞会して、お風呂入ってホラバナして寝ただけ」

「ホラバナって略したら、なんかホラばなしみたいだけど」

「公序良俗に反することはしてない……ああ、強いて言うなら、三葉が一人でお手洗い行けないっていうから、扉の前まで付いて行きはしたかな……」

「寝る間際までホラバナとかするからー」

「だって本人がしてって言うから。『アミカさんのじかホラートークがタダで聞けるなんて~』とか言って、三回くらい死んでた」


 かつがエスカレートして昇天しかける三葉ちゃんの姿がカンタンに想像できて、あたしもさすがにクスっと笑った。

 まあ、この調子なら、本人が言う通り心配はなさそうかな?


「三葉ちゃんも変わった趣味してるよね。わざわざこんなのに行かなくても、いっくらでも男子にモテモテだろーに」

「こんなのって。……いや、あの子はあの子で普通に彼氏が出来づらい立場なんだよ。ヘタに陽キャのヒエラルキーの上層に居るもんだから、普通の男子は恐れ多くて遠巻きに見てるのが精一杯で、たまにアタックしてくるのはチャラついたウェイ系ばっかりとか」

「あー……さもありなんだね。てゆーか、ちゃっかりそういう事情は聞き出してるんじゃん」


 あたしのジト目を「まあね」と軽く流したトモは、それから、ちょっと予想の斜め上のことを言った。


「まあ、ボクとしては、イツキとちえりの姿から学ぼうかとも思ってね」

「何それ? 夫婦めおと漫才がしたいってこと?」

「いや……。いや、まあ、ある意味そうとも言えるかもしれない」


 勝手に納得したようなトモの言葉に、あたしは頭上に「?」を浮かべるばかり。


「ちえりがこないだ言ってたんだよね。自分はイツキに助けられてすぐ恋に落ちた身だから、三葉が『アミカ』を切っ掛けに素のボクに惚れる気持ちも分かるって」

「まあ、ちえりちゃんのは結構特殊なパターンだけどね……」

「だから、そういうパターンがあること自体はボクも否定はしない。その上で、三葉がボクとどうこうなりたいなら、イツキとちえりみたいに対等な関係になってくれないと」

「うーん、その対等ってのがよくわからないけど。今はファンの目線に過ぎないからダメって話?」


 あたしが聞くと、トモは「そうだね」と頷いて。


「例えばボクがこんなことを言ったとする――『毎回奢ってくれるならデートしてあげてもいいよ』」

「それ、例えばじゃなくてホントに言ったやつでしょ」

「まあ、本気じゃないからいいじゃん。そしたら三葉は、予想通りこう言うんだ――」

「『トモさんになら喜んで貢ぎたいです』って?」

「そう、『食い物にされたいです』って」

「あちゃー……三葉ちゃんもよっぽど歪んでるねぇ……」


 あのちえりちゃんと仲良くできるだけのことはある……いやそれは、あたしも一緒か。


「鈴鳴ならどうする? ボクの『奢りなら付き合ってあげる』発言に対して」

「『なにバカなこと言ってんの』って霊能チョップするけど」

「でしょ。だから、三葉がそのくらい出来るようになったら、付き合ってあげてもいいって話」


 さらっと言われて、あたしは数秒ぽかんと固まってしまった。


「いやいやいや、それはームリでしょー。三葉ちゃんにとっては、こんなのでも先輩だし、憧れの人だし」

「だから、こんなのって。ボクをどんなのだと思ってるんだよ」

「あんなの」


 昔の光景が浮かんでいるかのように虚空を指差すあたしと、ふっと口元を緩ませるトモ。


「そのくらいの枠は超えてくるような子じゃないとさ、一緒に乗り切れないじゃん」

「何を?」

霊能者キミタチが出張ってくるようなアレコレを、だよ。お子様程度のお遊びに終始してた中学時代でさえ、になったんだからさ」


 あんなこと――呪いの暴走に苦しめられた目の前の親友の姿を、ふとあたしは思い返す。


「今や人気配信者のボクが特定の女子とオトナの付き合いになっちゃったりしたらさ、そりゃあ悲惨な事態になるでしょ。三葉の学校にもボクのこと知ってる子は沢山いるんだし、あんな目立つ子との関係を隠し通せるわけないし」

「なんだ。一応マジメに考えてはいるんだ」


 安心半分、茶化し半分くらいであたしが言うと、自称ダウナーガールはアシンメトリーのショートヘアをわざとらしくかき上げて、


「それがモテる女子の責任ってやつだからさ」


 なんて、臆面もなく言ってのける始末だった。


 ……まあ、そこをちゃんと気にしてるなら、あたしが心配することもないか。

 今のトモなら、三葉ちゃんのことも他の誰のことも、昔みたいに泣かせたりはしないでしょ。


 そう思ったから、あたしももう、成り行きに任せて見守ることにした。

 ていうか、あたしの心配事がなくなったなら、今度はあたしがトモを安心させてあげなきゃね。


「まあ、安心してよ。今は一人前になったあたしも居るんだからさ。何かあったら守ったげるよ」


 お姉ちゃんが猫の姿あんなでも――と付け加えると、トモはニヤリと悪い笑みを作って。


「そっか。じゃ、やっぱり今から三葉をあそびに誘うか」

「ちょっとちょっと、相手未成年!」

「ボクも未成年だから合法だよ」

「夜遊び自体が違法でしょーが!」


 冗談だと知りながらも口をとがらせずにはいられないあたしを、小さく指差して意地悪く笑っている彼女。


「やっぱり呪われちゃいなさい」


 なんて口では言いながら――

 もちろん、内心ではそれなりに、親友が今度こそ青春を楽しめることを願っているあたしなのだった。

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