浅桜ちえりを処刑せよ(view:新月友子)
「『劇場版・幽霊少女』『浅桜ちえりを処刑せよ――』……。何これ?」
出オチ同然の内容が手書きされた企画書から目を上げてボクが問うと、ちえりは周囲の視線から隠れるように目を伏せたまま、お馴染みの「ふふっ」という笑みとともに答えた。
「あっふふっ……あっ新しい動画のネタを考えてみたので……」
文化祭の演奏シーンの動画が伸びまくったのに気を良くしたのか、妙に前向きな幽霊少女。自信なさげに体を縮こまらせているように見えて、存外、この子は自前のアイデアに関しては謎に自信家だったりする。
面白いので、ちょっとイジってみることにしよう。バイト中のイツキに嫉妬されない範囲で。
「ふーん、なんでちえりが処刑されるの?」
「あっそれは……こ、この手のジャ◯プアニメ劇場版風のコピペ改変ネタのお決まりフレーズみたいなもので……」
「ちえりの場合、死んで幽霊になってからが本番みたいなところあるから、緊迫した状況の『つかみ』になってなくない?」
「あっふふっ……そっそうですね……。処刑宣言さえ大したインパクトにならない死にキャラ……それが私……」
「死にキャラの意味が違う……」
呟くように言い捨てるボクに、ふっと口元を緩ませるちえり。
イツキじゃないけど、この子との陰キャ漫才はなかなかに楽しい。二人が学校で陽キャ達のイジりの……もとい注目の的になる理由もわかるってものだ。
もっとも、
え、彼女の美少女ぶりの拡散に思いっきり加担しているボクが他人事みたいに言うことじゃないって? まあ、動画に関しては、ちえり自身も楽しそうだからいいじゃない。
「あっ、そっそれで、どうですか……。劇場版のウソ予告風のネタ動画……」
「うーん、まあ劇場版以前にテレビ本編が無いじゃんってツッコミは置いとくとして……。そうだね、パロディ仕立てのショートコントって発想はナシじゃないんだけどさ」
劇場版ヒロインの想定で書かれたらしき台本のセリフをトントンと指差し、ボクは問うた。
「ここ、なんで三葉がヒロインなの?」
「あっ……だって、わっ私こと陰キャ幽霊だけじゃ画面に華が足りないかなって……。
ボクの身バレを気遣ってか、元々小さい声をさらに抑えるちえり。動画ではフードで顔を隠してるから、素のボクと
それより、イツキはまだしも、女の子から名字呼びはそろそろヨソヨソしいかな。なんか本人も言いづらそうだし。
「トモでいいよ」
「えっ……あっえっ……わっ私みたいな、こないだまで霊だけに友達
「アミカもあだ名みたいなものじゃん……」
「あっ、そっそうでしたね……!? えっとじゃあ……恐れながら……とっトモさん……」
前髪で表情を隠せないのが未だに慣れないのか、ちえりは片手で目元を覆って恥ずかしがっている。
イツキのことは、まだ恋人に
なんて考えながら、カウンターを出入りするイツキに目をやると、ちょうど彼もボク達の悪巧みを気にしていたのか、ふと目が合った。ボクが小さくサムズアップしてやると、向こうは「?」という顔で首を傾げてくる。
まあ、そんなことより本題だ。
「それで、三葉が何だって?」
「あっ……。こ、こないだ、お出かけに付き合ってもらった時も……。トモさんからラインが来て、四月一日さん、嬉しそうな顔してたので……」
「どの時かな……。ああ、告白をOKしてあげた時か……」
「こくっ……!?」
ボクの冗談に律儀に驚いて、声を裏返らせるちえり。
周りのお客さんが何人か振り返ってくる中、ボクは彼女をなだめるように「冗談冗談」と訂正する。
「お泊まり会の約束をしただけだよ。ちえりも前に
「あっ、そっそうでしたか……。も、もう、びっくりして幽体離脱しちゃうかと思いました……」
「それはぜひ見てみたいね。知ってる? 実はボク、鈴鳴と付き合ってるんだけど」
「えっ……いっいや、それも冗談ですよね……? だっだまされませんよ……」
「ちっ……流石に分かるか……」
ボクがわざとらしく舌打ちすると、ちえりもテーブルに目を落としたままクスクスと笑っていたが――。
その数秒後には、ちゃんと本題を思い出して軌道修正してきた。
「あっ……でも、四月一日さんが、トモさんともっとお近付きになりたいと思ってるのは……たぶん本当ですから……。ふふふ、私なりに援護射撃できたらって……」
「それをボクにバラしてたら意味なくない?」
「あっ、でっでも……どのみち、四月一日さん自身でお泊まり会に誘ったりしてたなら……わっ私なんかが援護する必要はなかったですかね……。ふふっ、なんておこがましい……わっ私みたいな地を這うゾンビもどきが、ゴッドオブ陽キャさんにお力添えしようだなんて……」
「ゴッド……」
女神ならゴッデスじゃないかな、というのはひとまず置いといて。
ちえりが変な気を回しすぎる前に、一応、念押しはしておいた方がいいか。
「ちえり、言っておくけどね……。ボクは三葉と……というか、どこの女子とも、親しい友人以上の関係になるつもりはないんだよ」
「あっはい……。ファンの子を食べちゃったりはしない、でしたよね……」
「そんな直接的な表現はしてない……。いや、してるか……」
この子の前で言ったことがあるのは「ファンの子をタラすほど飢えてない」だったかな……。どっちにせよ否定形で言ってるんだから何でもいいけど……。
「あっ……トモさんは、誠実な人なんですね……」
「そんな大したものじゃないよ。自分が面倒な思いをしたくないだけ。イツキには言ったけど、中学時代はボクも色々あったからね」
「あっ、女の子に十股掛けてたって話……?」
「それは本当に言ってない……。聖徳太子か」
イツキが面白がって何か吹き込んだな? と、接客中の本人の横顔を睨みつけておく。
ちえりが控えめに笑ったところで、ボクは声を落として続けた。
「大体ね、昔の人が言ったように、憧れは理解から最も遠い感情だよ。三葉だって、アミカという仮面に惚れてるだけで、ボク本人をどこまで見てるかなんて分からないものさ」
「あっ……でも……」
ボクの胸元あたりに視線をユラユラさせていたちえりは、ふとイツキの姿を目で追ってから、僅かな逡巡を振り切るように口を開いた。
「わっ、私は、一目惚れって言うんじゃないですけど……け、結構すぐに恋に落ちちゃった側なので……。あっ、どちらかというと……『アミカさん』を切っ掛けにトモさん本人を好きになっちゃう気持ちのほうが、わっ分かるっていうか……」
言いながら自分で頬を赤くしているちえり。三葉の紅潮した顔をそれに重ねながら、ボクは「ふむ」と頷く。
「なるほど。一考の価値がある意見かもしれないね」
「あっふふっ……お、お恥ずかしい……」
自分で言って自分で恥ずかしがっているちえりだが、そんなことより、ここは彼女の変貌ぶりに感心するところだろう。陽キャという人種を別次元の存在と捉えていそうだったあの幽霊少女が、よりにもよって陽キャ女王の恋心に共感を示すまでになるとは……。
とりあえず、マジメなテンションでこの話を続けるのはボクだって恥ずかしいので、適当なジョークで空気を変えるか。
「でも、三葉には悪いけど、ボクはちえりの方が好みなんだけどね」
「ふぇっ!?」
「『
「あっ……じょ、冗談でもダメです、わっ私は……」
アワアワしながらちえりが振り仰いだ先には、ちょうどテーブルの近くを通りがかったイツキの姿。
ボク達の様子を気にして顔を向けてきたイツキに、ちえりは席から身を乗り出すようにして、
「私は、イツキ君のものなので……」
割と普通の声量でそんなことを言うので、周りのお客さんが何人も振り返ってきた。
「ちょっ、お前……だからTPOとかさあ……」
哀れ、公開処刑。赤くなって困り果てるイツキを、ちえりはどこか余裕さえ感じさせる調子で「ふふっ……」と笑って見上げている。
「ふーん、劇場版で処刑されるのはイツキの方だったか……」
「何の話ですか!?」
こういうノロケ芸を動画にした方が、変なウソ予告なんかよりよっぽどウケるんじゃないか……なんて思いつつ。
ひとまず、今度の週末に約束したサシのお泊まり会で、三葉に本当に迫られでもしたらどう言って
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