恋バナチャンス(view:四月一日三葉)

 それからの浅桜さんの話を、少ししておかなきゃと思う。

 あの日――浅桜さんに引き寄せられた悪霊をはらうために、宮島君が皆の前で一世一代の大立ち回りを演じてくれた、あの文化祭の日を境に。

 学校の皆があの子を見る目は、少し……いえ、かなり変わってしまった。

 それはもう、彼女が本当は素敵な子だって皆より先に知っていた私でも、ちょっと驚いてしまうくらいに。


 どうしてそうなったかって。

 あの除霊ショーは、アミカさん絡みのプロジェクション何とかのスゴイ演出ってことで皆納得するしかなかったし……、

 その後の公開処刑、じゃない、公開告白シーンも、劇のシナリオの一部ってことで誤魔化しは効いたかもしれないけど(バレバレでも知らないフリしてあげるのがコミュ強なのよ)……、

 あれを劇と思おうと本音と思おうと、実際、その後の浅桜さんが宮島君に一層ベタベタになっちゃったのは、皆の前にある現実なわけで。

 要するに皆、お似合いの彼氏さんが出来ちゃった浅桜さんが羨ましいのである。なんてね。


 同時に、彼女がちょっと不思議な子なのも皆知ってるから、危なっかしくて見てられないところもあって――だって皆がいる学食でも構わず「あーん」とかしたがっちゃうのよ、浅桜さん。宮島君がヒェェッて身を引いたら「じゃあイツキ君が私にしてください……」ってすかさず二の矢を継いじゃったりするんだもの。

 ラブラブで羨ましがるより先に、皆ハラハラしながら止めてあげるしかないでしょ?

 私もそれで何度宮島君を助けちゃったことかしら。憧れのアミカさんと引き合わせてくれたのと、霊障から救ってくれたお返しをするには、まだまだ全然足りないけどね。


 そんなわけで、すっかり皆の人気者というか、注目の的というか、学校の有名人になってしまった浅桜さんだけど――そもそもアミカさんの動画に出た時から話題になってはいたしね。

 それでも、引っ込み思案で口ベタなところは、それまでと少しも変わってなかったりして。

 最近では宮島君を堂々と盾にして隠れるようにもなったけど、それでもあんまり頻繁に色んな人から話しかけられると思考回路が幽体離脱しちゃいそうで可哀想だから、一年生の間ではいつの間にか「浅桜さん見守りルール」みたいなのができて。別のクラスから浅桜さんに話しかけに行っていいのは一日に何人まで、なんて暗黙の了解が成り立ってしまったりしている。

 私は逆に、他クラスの生徒と浅桜さんの繋ぎ役ってことで、特別(?)にフリーパスになっちゃったりしてるんだけど。

 まあ、こんなことをしなきゃならないのも、きっと今の内だけで――

 浅桜さんが今より自信を持って皆と話せるようになって、沢山の友達に囲まれても平気で笑っていられるようになったら。そうしたら、見守りルールなんて必要なくなるわよね。

 そんな日が早く来るように、私もできる限りのお手伝いはしたいな、と思う今日この頃なのです。


 この日も、そんな浅桜さんが珍しく、お買い物に付き合ってほしいなんて誘ってくれるものだから、喜んで付いていった私。

 なんでも、宮島君へのプレゼントを買いたいんだそうで、それじゃ彼と一緒にってワケにはいかないわよね。

 でも、どうして鈴鳴りんなさんじゃなくて私に声かけてくれたの?って聞いたら、浅桜さんはお得意の「あっ……」に続いて、


「鈴鳴さんのことはモチロン好きですけど……でも、この計画は、鈴鳴さんの勢力圏から離れたところで進めないとダメなんです……」


 だって。

 勢力圏? 浅桜さんの言葉遣いってときどき独特で、よくわかんないけど。

 どうやら、鈴鳴さんがよく「あたしはイッツーのこーんなこともあーんなことも知ってるんだからねー」なんて、冗談めかしたマウンティング芸で浅桜さんや宮島君本人をからかってるのを、浅桜さんはちょっと本気で意識しちゃってるみたいで。

 そういうところも健気でカワイイわね、ってことでいいのかしら、これは。


「心配しなくても、浅桜さんと宮島君、とってもお似合いでラブラブに見えてるわよ?」


 なーんて私が勇気付けてあげると、浅桜さんは「ふふっ……」と笑って、そのまま三分くらい自分の世界に入っていた。この世に戻ってくるまでにカップラーメン作れちゃう。

 そうかと思えば、駅を出て目的地のデパートまで歩くさなか、浅桜さんは人混みにちょっとビクビクしながらも、


「あっ、そっそういえば……四月一日わたぬきさんは、いっいつも私やイツキ君達に付き合ってくれますけど……あっあの、ご自身のデートとかはいいんですか……?」

「え?」


 唐突にヘンな質問をぶつけてくるものだから、私はキョトンと首をかしげてしまった。


「デートって? 誰と?」

「そっそれはもう、しかるべき相手と……」

「私、別に誰も叱ったりしないけど……」


 会話が噛み合わないモードの浅桜さんが出ちゃってるかな、と思った矢先、彼女はもじもじと私から目をそらすようにして。


「あっ……だからつまり、四月一日さんみたいな陽キャオーラ全開のキラキラリア充さんなら……かっ彼氏の一人や二人や五人や十人、色んなところに居るんじゃないかなって……」

「待って待って、浅桜さん、ちょっと待ってね」


 両手のひらで浅桜さんの発言を遮りつつ、私は次のセリフを考える。宮島君みたいにキレのいいツッコミの言葉は、ちょっと私じゃ浮かばないけど。


「百歩譲って『彼氏くらい居るんじゃないか』までならわかるけど、色んなところに五人や十人って。私、何だと思われてるの?」

「あっ……そっそうですよね、今時は正規の恋人以外にも、添い寝フレンド略してソフレとか……」

「いませんっ、そんなものっ」


 なんだか私の方が恥ずかしくなっちゃうじゃない。

 デパートのエントランスに入りながら、声を抑えて私は浅桜さんに念押しする。


「ほんとに居ないんだからね、彼氏なんてこれまで一度も」

「あっ……そっそうなんですね……。四月一日さんなら、かっ可愛いしオシャレだから……街を歩けばナンパは茶飯事さはんじ、夜は合コンでパーリナイかなって……」

「もうっ、私がそんなことしてないの浅桜さんも知ってるでしょ!? 陽キャがみんな恋人探しに熱心って思ってるなら誤解だからね?」


 浅桜さん流のペースに振り回されてると、図らずも声が大きくなって。エスカレーターで周りの人に振り向かれちゃったじゃない、もう。


「じゃ、じゃあ、すっ好きな殿方とかは……?」

「とのがた? ……いいの、私は、今はそういうのは要らないのっ」


 熱くなる顔を手であおいで、浅桜さんの足元に目をやってエスカレーターを降りる。

 彼女のお目当ての仏具ぶつぐ売り場――デパートにそんなお店があるなんて意識したことなかったわ――に向かいながら、私はふと思ったことを口にしていた。


「どうしたのよ浅桜さん、いつになくグイグイって来るのね」


 すると彼女は、嬉しそうに口元をほころばせたかと思うと、


「あっふふっ……おっお友達と恋バナって、一度してみたかったので……あっ、今が絶好のチャンスかなって思って……」


 そんなことを言ってくるので、私の口元も緩んでしまった。


「……もう。そうやって切なくしてれば許されると思って」

「あっ、コミュ障が調子に乗ってすみません……」


 実際、何を言われても許したくなる健気さがこの子にはあって。

 宮島君もそういうところがいいのかしら、なんて思っちゃったりする。


 それから、仏具売り場に辿り着いた私達は、ちょっと場違いな空気の中、宮島君へのプレゼントを一緒に選んだり――はしなくて、


「あっ……ネットで調べて、これがいいかなって思ってたので……」

「ピンク?」

「ふふっ……わっ私ことチェリーさんのイメージカラーなので……」

「いいじゃない、浅桜さんも春属性だもんねっ」


 彼女があらかじめ目星を付けていたという数珠じゅずを、手早く購入するのを後ろで見ている私という構図になるのだった。

 浅桜さんの生態にちょっと詳しい私にはわかる。きっと、お友達とあれこれ楽しく言い合いながら品物選びを楽しむ、なんて概念は、まだこの子の世界にはなくて……。

 それでも、恋人への贈り物をネット通販で済ませたくはないという気持ちが、人混みの苦手な彼女をここまで出向かせたのよね。


 ――まったく、可愛いんだから。


 なんて思いながら、浅桜さんと店員さんのやりとりを数歩離れたところで見守っていると、バッグの中で私のスマホが短く震えるのを感じた。

 お出かけ中は、他のお友達からの通知はサイレントだけど、この人からのメッセージだけはすぐ分かるようにしてある。

 神月しんげつアミカこと友子トモさん――憧れの人にお相手してもらっちゃってるんだもの、未読スルーなんて失礼はできないもんね。


『来週の土曜ならいいよ』

『言っとくけど、ボクは健全路線だからね』


 ダメ元のお誘いへの嬉しい快諾。その場で飛び上がりそうになる気持ちを抑えながら、私は「ありがとうございます」と「よろしくお願いします」のキャラスタンプを飛ばす。

 素っ気ない文面もアミカさんらしくて素敵……と喜びに浸りながら、既読がつくのを見ていると、いつの間にかお会計を終えていた浅桜さんの顔がすぐ前にあった。


「あっ……おっお待たせしました……」

「いいえっ。無事にプレゼント買えてよかったわねっ」

「あっはい……おおおお付き合い頂きありがとうございます……」


 恐縮モードの彼女にくすっと笑って、店員さんに会釈して歩き出したところで、


「あっ、アミカさんですか……?」

「えっ?」


 ふいに浅桜さんが、私のスマホを小さく指差して聞いてくるので、私は思わずドキッとしてしまった。


「うん、なんでわかったの?」


 隠す必要もないけれど、ただ不思議で聞き返してみると。


「あっ、だって……四月一日さん、スマホ見て嬉しそうだったから……」

「すごーい、浅桜さんにはお見通しなのねっ」


 正直、ちょっとだけこの子の観察力を甘く見てたかも……と思っていたら、浅桜さんは私の目元あたりに視線を上げて、


「あっ……イツキ君から連絡きた時の私と、たぶん同じ顔してたので……」


 もっとドキッとする一言を、控えめな笑みとともに差し込んできたのだった。


「えっ……」


 今度こそ言葉に詰まってしまう私と、ふふっと笑っている浅桜さん。


「……もう、からかわないでっ」

「あっ、すっすみません……私みたいな、井戸の底からやっとい出てきたような陰キャコミュ障が……あっ明るい大海の住人の四月一日さんと自分を同一視するなんて、とっ、とんだ失礼を……」

「ちがうちがうっ。怒ってないし、浅桜さんもちゃんと同じ……ってか私よりリア充じゃないっ」

「あっふふっ……生きる怪奇譚のくせにリアルが充実しててすみません……」


 と、最後はいつものネガティブ芸(?)に巻き込まれて、うやむやになっちゃったけど。

 その後、浅桜さんとランチして服見てお茶して、楽しい時間を過ごす中でも――私の頭の片隅には、さっきの彼女の言葉が消えなかったのだった。


 アミカさんに憧れる私が、宮島君を想う浅桜さんと同じ?

 ……そんな、まさかね。


 このお話に続きがあるかは分からないけど。

 今はまだ、リア充を満喫するお友達を楽しく見守っていたい私なのでした。

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