短編の部
初めての贈り物(view:鬼灯真央)
猫の手も借りたいほどの忙しさ、なんて言うが、実際に猫の手でパソコンのキーを打っているのなんて私くらいのものだろう。
その夜、営業中の心霊カフェのカウンター内に身をひそめ、私が霊能協会への報告書類を映した画面とにらめっこしていると、
「あっ……あの、マオさん……」
ヒタヒタと近付く足音に続いて、遠慮がちにカウンターを覗き込み、消え入るような声でそーっと話しかけてくる人影があった。
文化祭での除霊を経て当面の危険は去り、厳が浅桜家に泊まり込むことも無くなったというのに、それでもヤツがバイトの日は終業まで店に居ることが多い彼女。少しでも長く同じ空間に居たいのだろう、そのいじらしさは健気で可愛らしい。
「どうした? ちえりちゃんから話しかけてくるなんて珍しいね」
客席に聞こえない程度の声量で私が言うと、彼女は再度「あの……」と繰り返してから、店内をチラっと振り返って。
厳が接客中なのを確認してから、私の
「あっ、実は……アミカさんが、動画の収益から分け前を渡してくれて……」
「ほー?」
「あっ、わっ私、こんなに受け取れませんって言ったんですけど……正当な対価だからって言って……にっ二万円も……」
律儀に万札二枚を制服のポケットからチラ見せさせてくるちえりちゃん。律儀というなら、アミカこと
「ふーん。アイツもなかなか感心なところがあるな」
「あっ、それで私……親のお手伝いとか以外で、お金を稼いだことなんて初めてですから……。こっ、このお金を使って、日頃お世話になってる皆さんに、お中元の贈り物でも差し上げようかなって……」
「うん?」
猫の姿の私相手でも、やっぱり相手の目をまっすぐには見られず、ずっと伏し目がちになっている陰キャ少女。前より人と話せるようになったとはいえ、まだまだ陽キャへの道は遠いようだ。
それに、言ってることも……。心がけは感心だが、やっぱり少し世間ズレしたところを感じる。お中元って、取引先じゃないんだから。
「贈り物するなら親と彼氏くらいにしときなよ。友達には普通そういうことしないもんだ」
「あっ……そっそうなんですね……。……あっ、そうですよね……わっ私みたいな幽霊まがいからプレゼントなんか押し付けられたら……ふふっ、呪いのアイテムとしてお
「いや、そういうんじゃなくて。誕プレやクリプレでもないのに、『日頃の感謝の証』なんて言われたら重くて反応に困っちゃうだろ? 友達ってのは、もっと良い意味で軽くていいんだよ」
「あっ、はい……。勉強になります、ありがとうございます……」
急に恥ずかしくなったのか、ちえりちゃんは頬を染めてもじもじしている。
まったく、庇護欲をそそる子だ。
なんて思っているそばから、当の彼氏殿がひょいっとカウンターの外から顔を覗かせた。
「何コソコソ師匠と話してんだよ。俺の悪口?」
「いいからお前はキリキリ働いてろ」
しっしっと
「あっ、私がイツキ君のこと、わっ悪く言うなんて……しっ死んでもありえないですよ……」
そんなナチュラル
照れ隠しのように素早くきびすを返して仕事に戻る厳を、ふふっと笑って見送るちえりちゃん。なるほど、前髪を切って素顔を出すようになってから、二人の力関係にも若干の変化が生じているようだ。
「あっ、それで……かっ閑話休題なんですけど……」
「それを話し言葉で使うヤツ初めて見たな……」
「あっえっと、じゃあ、両親とイツキ君にそれぞれ贈り物するとして……そっそれなら、予算は両親に一万円、イツキ君に一万円が妥当ですよね……。あっ、私が死んだら、そうやって遺産分配することになると思いますし……」
「それは何、『配偶者じゃねーから』ってツッコんだらいいの?」
ついでに細かいこと言うと、子供がいなくて親が生きてる場合の法定相続分は、配偶者が3分の2、親が3分の1だけどな……。人の死(後)に深く関わる仕事をしてる分、イヤでもそういう話には詳しくなっちまう。
その後、数秒ほど「ふふっ……」と自分の世界に浸っていた彼女は、思い出したように現実に戻って、「それで……」と切り出してきた。
「そっ、そのイツキ君のことですけど……なっ何あげたら喜んでくれるか、マオさんなら分かるかなと思って……」
「ふむ。要はそれが聞きたかったわけだ?」
アイツのしょうもない冗談に逐一、ジェラシーの片鱗みたいなものを発露させてるのがこの子だもんな。鈴鳴のことは鈴鳴のことで好きなんだろうが、それはそれとして、厳に関して自分の持ち得ない答えがアイツから出てくるというのは悔しいんだろう。
さて、と肉球を口元に当て、私は考える。
「ちえりちゃんがすることなら何でも喜ぶんじゃないの――とは言えないのが正直なところだな」
「あっふふっ……わっ私が思うようにやったら、高確率で空回りしちゃいますからね……」
「自覚はあるんだ……。ちなみに何か候補は考えてんの?」
聞きに来る前に自分でもあれこれ考えたんだろうな……と思って尋ねると、案の定、彼女は迷いなくスマホのブラウザ画面を出してきた。
「あっ、これとかどうかなって思ったんですけど……」
「何これ? 音声認識人形……おはなしユウちゃん……?」
「さっ最新のAI内蔵式で、なっなんと贈り主の声をサンプリングして再現してくれるんですよ……。ふふっ、これに私の声を覚えさせて……イツキ君にいつでも私の存在を近くに感じてもらえれば……」
「怖い怖い怖い」
そんなものアイツが貰ってどうするんだ。
幽霊より生きた人間の発想の方がよっぽど怖い、なんてのはこの道の常識だが……。いや本当、実行する前に相談に来てくれてよかったよ。
「ってか、リアルに近くにいるんだから自分が喋ればいいだろ。スマホもあるんだし」
「あっでも……そっそんなに四六時中、通話ばっかり掛けてたらご迷惑ですから……」
「なんかこう……キミって常識的なところと抜けてるところが絶妙にチグハグなんだよな……」
私の反応に
「あっ……じゃあ、このお金で、忙しいイツキ君の一日を買ってあげるっていうのは……」
「それ、パパに遊びに連れてってもらえない子供が貯金箱持ってきて言うやつな」
まあ、私も偉そうに語れるほど普通の人生は送ってないんだけどな……。この子の歳の頃には修行漬けの毎日だったし……。
だから、結局私にできるのは、厳もこの子も結局は普通の高校生だという事実に立ち返った――あるいは、そうあってほしいという願いを踏まえた、当たり障りのないアドバイスくらいで。
「難しいこと考えないで、ちえりちゃんがアイツに一番持っててほしいと思うものでいいんじゃないか?」
「あっ……」
その一言で、彼女の中でも案が纏まったようだった。
***
そして後日。
営業終了後のカフェの店内で、私がカウンター内から見守る中、ちえりちゃんが
「えっプレゼント? 何だよ、かしこまって」
「あっ……アミカさんから動画の収益が入ったので……つっ常日頃の感謝の気持ちを込めて、イツキ君にお贈りします……」
「あ……ああ、そいつはどうも……」
照れくさそうに言いながら、小箱の包装を開く厳。
ここで「いや、必要なものは自分で買うし」とか言い出そうものなら猫パンチを食らわせてやろうかと思ったが、まずは及第点か。
「ふふっ……」
ちえりちゃんが緊張と喜びの混ざった笑顔で見つめる中、厳が箱から取り出したのは、薄ピンクの玉と二条の
「お、おお……」
思いの
私は「よかったじゃん」とばかりにフッと笑うので済ませておく。ちえりちゃんが早く感想を欲しそうだからな。
「あっ……どっどうですか……?」
「あ、ああ……プレゼントは嬉しいし、数珠はいくらあっても困らないけど……でも、なんでピンク……?」
「そっそれは、わっ私のイメージカラーっていうか……ピンクの数珠ってチェリーみたいじゃないですか……? ふふっ、いっいつでも私を近くに感じてもらえるように……。あっあと、数珠にしたのは、それ持ってる時のイツキ君が、いっ一番かっこいいと思うからで……」
自分のイメージカラーとやらに頬を染めて、上目遣いに視線をユラユラさせながら告げるちえりちゃん。
おはなしユウちゃんと発想の方向性は同じだが、モノが違うだけで随分まともなプレゼントになったものだ。
「あ、ああ……ありがとう、じゃあ大事に使わせてもらう……」
なんて、厳も顔を赤くして、素直にお礼を述べている。
ひとまず、面倒な行き違いもなく贈り物の授受が完了したことに、私が内心ホッとしていると……。
「ふふっ……じゃあ、ふっ二人の仲もより深まったってことで……今夜はイツキくんの部屋にお泊まりしていいですか……?」
「よくねえよ!? 何しれっと当たり前の流れみたいに言ってんの!?」
不意に爆弾発言を放り込むちえりちゃんと、我に返ったようにツッコミに転じる厳。ああ、いつものノリが一瞬で戻ってきたな……。
「あっ……だって、ウチへのお泊まりが終わっちゃったから……そろそろイツキ君も人肌恋しいかなって……」
「お前の代わりの数珠があるから寂しくありません!」
なんか上手いこと言って逃げる厳に、コミュ障を自称する幽霊少女が引き際を知らずに食い下がる。
「あっ、じゃあ私に温もりをください……」
今にも体に取りすがってきそうなちえりちゃんを、間一髪で身を引いてかわし、貰ったばかりの数珠をじゃらっと突き出す厳。
「ひぃっ、悪霊退散!」
「あっ……さっそく使い道があって良かったですね……」
ふふっと楽しそうに笑っている彼女と、勘弁してくれとばかりに嘆息する彼氏。
なんだかんだで、お互い相性ぴったりの相手と巡り会えて良かったな……なんて思いつつ、猫の手を舐めてアクビを漏らす私だった。
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