第一部エピローグ 怪談披露

 ……そして、あの怒涛の文化祭から一週間が過ぎて。

 その日、営業時間外の心霊カフェの店内には、昼間から真央まお師匠(猫)の笑い声が響いていた。


「くっくく……何度見てもケッサクだな、これ」

「マオさんも見に来ればよかったのに。イツキの公開告白ショー」

「ばっか、私はそんなヒマじゃないんだよ。今だって協会への報告まとめるのに猫の手も借りたいくらいだ」


 その猫の手で器用に新月にいづきさんのノートパソコンのマウスを操作して、師匠は俺にニヤニヤ笑いを向けてくる。

 俺はといえば、カウンターでひとりコーヒーをすすり、不貞腐れた目を一人と一匹ふたりに向け返していた。


「ねえ師匠、これって新手の修行ですか? 羞恥しゅうちプレイに耐えることで精神を鍛えるとかいう……」

「んー、いや、修行って言うなら、お前はもっと笑いを増やした方がいいだろ。脳にセロトニンを回らせるのは大事だぞ」


 猫の脳にもセロトニンが分泌されるのかは知らないが、しつこく動画をリピートしてはまた笑っている師匠。

 テーブルの向かいでは、新月さんが揉み手のジェスチャーを作り、わざとらしい上目遣いを彼女に向けていた。


「じゃあ、こうして笑いのネタも上納したことだし……マオさん、どうか、ちえりの演奏シーンだけでも公開の許可を頂ければ」

「んー? 私と協会的にはまあ、霊現象が映ってなければ別にいいんだけどな?」


 そこで、師匠はくるっとこちらに首を向けて、猫の目を細めてくる。


「何ですか、その目……」

「いやあ、公開許可を求める相手が違うんじゃないかと思ってな、カ・レ・シ・君」

「そっか。じゃあイツキ、可愛いカノジョの演奏シーンを全世界に公開しちゃっていいね?」

「なんで俺なんですか……。本人に聞いてくださいよ」

「ちえりの物はイツキの物、イツキの物はちえりの物なんでしょ」

「イヤですよ、そんな相互ジャイアニズム」


 はぁっと溜息をついたとき、勝手口のドアが開いて、私服姿の鈴鳴りんなさんが姿を見せた。


「やっほー、イッツー。ちえりちゃんもう来たー?」

「見ての通りですけど。なんか、四月一日わたぬきさんの用事に付き合ってから一緒に来るって言ってましたから、まだ掛かってるんじゃないですか?」

「ふーん。ところで、トモとお姉ちゃんは何やってんの? こないだの動画?」

「そう。マオさん、ここも面白いよ。鈴鳴の全身全霊の『躊躇ためらうな、イツキっ!』」

「あっちょっ、こらトモっ、やめてよっ、お姉ちゃんも笑うなっ!」


 愛とからかいに満ちた女性陣の丁々発止を見やりながら、俺が頬杖をつき直した直後。

 カウンターに出していたスマホがぶるっと震えて、メッセージの着信を告げた。


「あ、ウワサをすれば?」

「ですね」


 ラインの画面に踊るのは、クラスの皆とお揃いで入れた幽霊のスタンプと、いつものノリのちえりの文面。

 ――私チェリーさん、もうすぐあなたの元に着くの。


「ほらー、出迎えてあげなよ、カ・レ・シ・さん」


 ニマっと笑う姉弟子に促されて、俺はカフェの扉を解錠する。

 がちゃっと扉を開けると、ちょうどそこには、キラキラした陽キャオーラを放つ四月一日さんと――


「こんにちはっ、宮島君っ。カノジョさん、バッチリ可愛くなったわよっ」

「あっ……ふふっ、サプラーイズ……」


 明らかに美容院でオシャレに前髪カットをキメてもらったことがわかる、ちえりの恥ずかしそうな笑顔があった。


「かっ――!?」


 思わず絶句して立ち尽くす俺と、皆に挨拶しながら店内に入ってくる四月一日さんと、「あっ……」と俺を見上げて口元を緩ませているちえり。


「イツキ君……いっ今なんて言いかけたんですか……? 『か』……?」

「かっ……『髪切った?』だよ、文脈でわかんだろっ」


 慌てて誤魔化しながら扉を閉めると、女子達の「えぇー……」という視線の集中砲火。


「ちょっとー、宮島君、その態度は頂けないわよー。女の子が髪の毛切ってきたら、まず何て言うの?」

「まったく、不肖の弟弟子おとうとでしでごめんねえ、ちえりちゃん」

「イツキ、こういう時のオススメの褒め方は、まず――」

「あぁっ、わかった、わかりましたよ!」


 ドキドキと鳴る心臓を押さえて、俺は改めてちえりに向き直った。


「その……か、可愛いじゃん、ちえりのくせに」

「こらー、イッツー、最後の一言が余計!」


 姉弟子の叱責をよそに、当のちえりはそれでも嬉しそうに俺を見ている。


「あっふふっ……でっでも、割と素直に言えた方じゃないですか……イツキ君にしては」

「こいつ……」


 皆のクスクス笑いに続いて、鈴鳴さんがパンっと手を叩いた。


「さっ、じゃあ皆揃ったことだし、さっそく出よっかー」

「マオさんは来ないんですかっ?」


 もう猫の正体も知っている四月一日さんが、軽く首をかしげて師匠に尋ねている。


「私は協会への報告をまとめるのに忙しいからな。若い者だけで楽しんできなよ」

「いや、それは本当すみません……」


 本気で申し訳なくて俺は謝ったが、師匠は「いいって言ってるだろ」と猫の手を振って流すだけだった。


「遊ぶのも修行だ、今のお前には。ちえりちゃんとどっちが先に陽キャになれるか競争してこい」

「別に陽キャになりたいわけじゃ……」


 俺が呟く横で、ちえりもコクリと控え目に頷いて同意を示している。

 だって。無理してキャラ変しなくても、苦手意識を持たずに胸襟きょうきんを開きさえすれば、陽キャ達は普通に受け入れてくれるものだと……俺もちえりも、もう身をもって知っているんだし。


「鈴鳴といつきはシフトだからな、営業時間までには帰れよ」

「はーいっ」


 そう、今日は文化祭の打ち上げのカラオケ会。クラスメイトの大半に、四月一日さんのグループ、それに鈴鳴さんと新月さんまでゲストに迎えた、賑やかな晴れの場の予定だった。


「あっ……いっ行ってきます……」

「ああ、行ってらっしゃい」


 師匠に送り出され、ちえりはウキウキと歩調を弾ませ……まではしないが、いつもより楽しそうな足取りで、俺のすぐ隣をついて歩きだす。

 皆で駅への道を行くさなか、四月一日さんが「そういえばっ」と声を弾ませてきた。


「さっきA組の子達が、カラオケで宮島君に怪談ばなししてもらわなきゃーって、ラインで盛り上がってたわよっ」

「えぇ……歌だけじゃ飽き足らず……?」

「あっ、わっ私、歌は歌でも和歌だったら披露できますよ……ふふ……」

「てか、お前、ピアノで流行りの曲は弾けるのに自分で歌うのは無理なの?」

「あっえっ……わっ私みたいな陰キャが歌なんか歌ったら……もうそれ自体が怪談になっちゃうので……」


 よくわからない理屈を述べるちえりに苦笑を返しながら、俺はクラスメイト達のリクエストをどう処理するか考えを巡らせていた。

 ……まあ、歌よりは怪談の方が得意だからいいんだけどさ。

 とはいえ、楽しい遊びの場でガチの怪談なんて、空気読めって言われるだけだし。


「イッツー、ちえりちゃんの話してあげたらいいじゃん」

「そうだよ、生きる現代怪奇たんだし」


 気楽な感じで言ってくる先輩二人。

 どこに喜ぶポイントがあったのか、両手で頬を押さえて照れている恋人を見て、俺の中でもイメージが固まった。


 そうだな、クラスの皆には。

 実は生きてた幽霊少女を助けたら、死ぬほど纏わりついてくる――という怪談でも、披露してみようかと思う。



(第一部 完)





【作者より】


 ここまでお読み頂き、ありがとうございました!

 イツキとちえりの怪奇青春譚はまだ続きますが、ひとまず、カクヨムコン応募分としてはここで一段落となります。


 本作を気に入って下さった方は、ぜひ、ハート、コメント、星評価など頂けますと嬉しいです。

 また、今後も幕間として短編を更新していく予定ですので、よろしければ、作品フォローを外さずお待ち頂けますと幸いです。

 このたびは本当にありがとうございました。


  2023年2月1日 金時める

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