第28話 お前は本当は……

「あのリア充ちゃんまで霊と行き会うとはな……。どうやら、お前が思ってるより事態は深刻だぞ」


 日没後の心霊カフェ。お客さん達の目を避けるように、俺とちえりはカウンターの内側に身を寄せ、猫の姿の真央まお師匠と顔を突き合わせていた。

 店内では、冥土メイドエプロンをつけた鈴鳴りんなさんと新月にいづきさんの二人がせわしなく働きながらも、カウンターに出入りするたびに俺達の会話をチラチラと気にしてくる。

 彼女達に「仕事してろ」とジト目を向けつつ、師匠は真面目な声で続けた。


「学校に伝わるウワサが全部、根も葉もない作り話ってこともないだろう。病弱なお嬢様か、自殺したピアニスト志望か知らんが、霊的磁場を強めるような何かが昔あったのは事実なんだろうな。ちえりちゃんがあんなことになったのも、その影響かもしれん」


 名前を出されたちえりが、俺の横でうつむき加減のまま静かに息を呑む。

 せっかく決意を新たにしたコイツを悲しませたくない……。とにかく穏便に文化祭を成功させる方法をと思って、俺はすがるように師匠に尋ねた。


「でも師匠、ヘンじゃないですか。生霊いきりょうになった時と違って、今のコイツはだいぶ学校生活をエンジョイしてますよ。なあ?」

「あっ、はい……。イツキ君と四月一日わたぬきさん達のおかげで、毎日楽しいです……。あっ、やっぱり、わっ私なんかが生意気にも人生を楽しんじゃったりしてるから、む、無念を残して死んでいった霊たちが怒ってるんですかね……!?」


 平常運転のネガティブモードを見せるちえりと、「いやいや」と彼女の顔の前で手を振る俺。

 師匠は「ふーむ」と首を捻ってから、猫の目を細めて言った。


「まあ、今は理由をあれこれ考えても仕方ない。大事なのは、実際に寄ってくる霊にどう対処するかだ」

「……どうしたらいいですか」

「他の生徒の安全だけ考えるなら、文化祭の出し物を中止して、ちえりちゃんがお前のボディガード付きで学校から離れるのが一番確実だろ。それで、学校には他の除霊師を呼んで徹底的にはらってもらえばいい」


 そんなことを淡々と告げながらも……。

 それを聞いたちえりの顔色が曇るよりも先に、師匠はすぐに付け加えていた。


「なんて、そんな選択肢は取れないんだろうけどな。色んな意味で」


 張り詰めかけたちえりの口元の表情が、ふわっと弛緩に転じる。

 俺も内心ホッとしつつ、それに同調して頷いた。


「ええ、それは最後の手段にしといてくださいよ。俺は別にどうなってもいいですけど……せっかくできたコイツの居場所を失わせたくない」


 虚飾なしの本心を俺が口にすると、師匠はくくっと小気味よく笑った。


「変われば変わるもんだな。お前が生きた人間をそこまで思いやれるようになるなんて」

「ちょっと。師匠の中で俺って何なんですか」

ねるな拗ねるな、珍しく褒めてんだよ。そうか、幽霊としかロマンスできなかったお前がなあ……」


 師匠のくだらない冗談に、ちえりは律儀に「えっ……」と反応して俺を見てくる。


「あっ……いっイツキ君、私の前にもそういうことが……?」

「ないない。師匠流のジョークだから、今の」

「あっ、そっそうなんですね……。ふふっ、つまりイツキ君は私一筋……」

「いや……」


 別にお前にも一筋なんてことねーから、と普段のノリで突っ込みしかけて、俺は無意識にその言葉を飲み込んでいた。

 宮島君は浅桜さん一筋――からかい好きのクラスメイト達からも度々言われるフレーズ。それを軽口として一蹴するのは簡単なことかもしれないが、しかし……。


「……なっ、何ですか……?」


 頭上にクエスチョンマークを浮かべたちえりに視線を向けられ、俺がなぜか鼓動の早まる心臓を押さえながら「いや」と繰り返したとき、


「ホントにねー。こーんなキュートな幼馴染がずっと身近にいるのに、ぜーんぜんそういう気にもならなかったくせにねー」


 いつからかカウンターを覗き込んでいた姉弟子が、いつものノリの冗談を放り込んできた。


「何ですか、そういう気って」

「自分が守ってあげなきゃ、って気持ちだよ」


 いや、いつもの冗談かと思ったところにマジ顔でそんなことを言われ、俺はドキリと硬直する。

 ちえりの「あっ……」という反応と、姉弟子のわざとらしい微笑みと、ついでにトラ猫のニヤニヤ顔。


「いや……。そもそも姉弟子は、俺が守るとかそういうんじゃないでしょ……。ちえりを守るのは、今の俺の任務しごとですから……」


 しどろもどろになってそんな返ししか出来ない俺に、師匠はフッと笑って「そうだな、大事な仕事だ」と被せてきた。


「だが、どうする? ヘタすると本番が台無しにされるぞ。何が霊を引き寄せてるにしても、準備を邪魔しに出てくるくらいだ。本番で来ないわけがない」

「ですね……」


 シリアスモードに戻った師匠につられて、俺も冷静な思考を引き戻すことができた。

 俺にももう分かっている。今は微弱な浮遊霊が小出しで悪さをしているだけだが、この分だと本番ではそれなりの規模の群体ぐんたいが襲ってくる可能性が濃厚だろう。


「……じゃあ、当日は学校じゅうに結界でも張って、来る人全員に御札おふだでも渡しとくしかないですかね」

「そうやって本番を乗り切ったところで、弾かれた霊はまた戻ってくる。ちえりちゃん一人ならともかく、生徒の全員なんて守りきれないだろ」


 それもまた、言ってみる前から分かっていることではあった。

 見れば、隣のちえりも不安げに唇を噛み締めている。俺がなんとかしないと……と思ったところで、今度は新月さんがひょいっと俺達の前に顔を覗かせた。


「大変そうだね。いっそ、ボクの収録現場に悪霊をおびき寄せて、除霊ショーを配信させてくれたらいいのに」

「お前は黙って働いてろ」


 しっしっと猫の手で新月さんを追い払おうとする師匠だが、瞬間、俺の脳裏にはふと閃くものがあった。

 前回の収録時、トンネル跡に現れた悪霊の存在……。人生を楽しめるようになった「もと同類」への嫉妬か羨望か知らないが、本当にコイツの存在が霊を呼び寄せてしまうのなら……。


「いや待って……新月さん、それですよ」


 呟くように言った俺の言葉に、当の新月さんも「えっ」と意外そうに振り返る。

 間髪入れず「除霊シーンを動画に出すのはダメだぞ?」と師匠。俺は「いえ……」と答えながら、この思いつきに賭けるように、まとまり切らないアイデアを強引に整理しながら口にした。


「俺がって言ったのは、除霊ショーって方です。どうせ文化祭の本番を狙って悪霊が出てくるなら……その場で待ち受けて、ステージの上で祓っちゃえばいいんじゃないですか」

「ああ、探偵物の謎解きシーンみたいなものね」


 近いのか遠いのか分からない新月さんのたとえで、俺の中でもイメージが繋がる。

 恐る恐る師匠を見やると、意外にも彼女は「ほー……」と声を漏らしていた。あれっ、案外有りなのか、この案……?

 と、そこで、ちえりがそっと片手を顔の横に上げて。


「あっ……でっでも、いいんですか……? みっ皆の前で、イツキ君の能力を見せちゃって……」


 コミュ障のようで、いつもちゃんと周りの会話を聴いている陰キャ少女。俺が何を気にしていたのかも把握して、しっかりそれを踏まえた質問を差し込んでくる。


「それは、まあ、モノが演劇だし……皆誤魔化されてくれるかな、なんてさ……」


 さすがに無理筋かなあと思いながら俺が言うと、意外にも師匠の反応は明るかった。


「幽霊の正体見たり尾花おばな、って言ってな。怖い怖いと思って見れば何でも霊に見えるし……逆に、劇の一環だと思って見れば、本物の霊だって作り物にしか見えない。……かもな」

「じゃあ、師匠……」

「やってみたらいいんじゃないの? お前だってもう見習いじゃない。一人前の除霊師なんだから」


 師匠の許しを受け、俺が思わずちえりと顔を見合わせてから、「はい」と向き直って答えたところで。


「そうは言っても、実際一人じゃ厳しいけどねー」


 新月さんと二人、仕事そっちのけでカウンターに身を乗り出していた鈴鳴さんが、すかさず口を挟んできた。


「学校の子達にも言ったように、当日はあたしも見に行くからさ。一人じゃ防御役まで手が回らないでしょ?」


 にかっと笑って、得意げにウインクなんか飛ばしてくる先輩に、俺は胸に温かいものを感じて目礼した。


「姉弟子……。感謝します」

「感謝しろしろー。上手くいったらイッツーの奢りでゴハンねー」


 それから、続けていっちょ噛みしてくるのは、もちろん新月さんだった。


「ボクも行っていいかな。表に出すかはともかく、記録映像はあった方がいいでしょ」


 そうは言いながらも、あわよくば自分のチャンネルのコンテンツにしてしまおうという魂胆は、この場の誰にも分かっていることで。


「リアルタイムの配信だけはするなよ。やったらぜん殺しな」

「がってん承知」

「そこは半殺しじゃないんですね……」

「あっ……アミカさんが本当の心霊になっちゃう……ふふっ」

「そーなったらあたしが成仏させてあげるよ」


 なんて、最後は皆で冗談を飛ばし合ったりして――

 こうして、不安定な要素を多く残しながらも、一応の作戦は定まった。

 元々、霊なんて不安定極まりない存在を相手にするのが俺達の任務しごとなのだ。事前に予測が立てられないことはアドリブで対処するしかない。



 その後、カフェを出て、駅に向かって夜の街を歩くさなか。


「あっあの……イツキ君」


 俺のすぐ後ろをヒタヒタと付いてくるちえりは、いつかのベランダを思い出させる雰囲気で、意を決したように言ってきた。


「えっと……あの……わっ私、あのとき助けに来てくれたのが、鈴鳴さんでも他の除霊師さんでもなくイツキ君で……本当によかったです……」

「そっか。そいつは除霊師冥利みょうりに尽きるよ」


 そんな言い方しか出来ない俺だったが、別に突き放したいわけじゃない。ただ照れくさくて、ひねたポーズでも取ってないとたないだけだ。


「だ、だから……無事に文化祭を乗り切って……約束、叶えましょうね」


 勇気を振り絞って発したに違いないその言葉に、俺はハッとして振り返る。

 約束を「忘れないで」でも「守ってください」でもなく、「叶えましょうね」と来た。こんな風に人を誘う言い方が出来るのなんて、もしかしたら浅桜ちえりの人生で初めてのことなのかもしれない。

 コイツが頑張る分、俺も頑張らないと――。

 そう思って、俺は緊張を抑えて、前髪に覆われたちえりの目のあたりを見て。


「人前で目、見せて笑えるようになっとけよ。お前は本当は……」


 勢いで言ってしまおうとした言葉は、やっぱりとても口にできなかった。


「あっ……ほ、本当は、なんですか?」

「……本当は、すげーヤツなんだから」


 誤魔化すように言い切って、少し歩調を早める俺。

 ――本当は可愛いんだから、なんて言いかけたのは、墓場まで持って行きたい秘密だった。



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