第26話 ゴーストバスター鈴鳴

 本家陰陽おんみょうコンビの「陽」担当なんて言われるだけあって、鈴鳴りんなさんのフットワークの軽さはさすがのものだった。

 どんな手を使ったのか、他校のブレザーの上にちゃっかり正規の入構証をぶら下げた彼女は、その日の放課後には昇降口で俺とちえりの出迎えを受けていたのである。


「やっほー、イッツー、ちえりちゃん。ゴーストバスターりんなちゃん、召喚に応じ参上したよー」

「あっ、りっ鈴鳴さん……ほっ本日は遠路はるばるご足労ありがとうございます……」

「全然近いけどね?」


 キョドキョドのちえりに笑顔を向けて、どこからともなく取り出したスリッパに履き替え、さっそく俺達について廊下を歩きだす姉弟子。


「呼んどいて何ですけど、よくすんなり入れてもらえましたね」


 首から掛かった入構証を指差して俺が言うと、姉弟子はそれをスッとつまんで顔の横に掲げて。


「文化祭の準備の手伝いですって言ったら貰えたよ。ウソは言ってないしねー」

「物は言いようですね……」


 まあ、文化祭当日は他校生も出入りするわけだし、同じ高校生でしかも女子なら、色々と甘くなるのも頷けるけど……。


「とにかく、わざわざありがとうございます」

「いいっていいってー。ちえりちゃんの約束を成就させるためでもあるしねっ」


 ふいに名前を出され、ちえりは「あっえっ」とビクつきながらも、数秒後には微かに俺を見上げて口元を緩ませていた。



***



「ってわけで、俺の知り合いの除霊師に来てもらいました」

「はーい、千堂せんどう高二年の鬼灯かがち鈴鳴りんなだよー。心霊関係はあたしにお任せあれっ」


 物怖じなんて概念とは無縁の姉弟子は、くだんの被服室で陽キャグループと顔を合わせるやいなや、持ち前のコミュりょくを発揮して瞬く間にアイスブレイクをキメていた。

 そういうところは本当、俺には見習おうとしても見習えない分野で……。逆の役回りは絶対できないだろうな、なんて思い知らされたりする。


「カガチさんって、いかにも霊媒師とかの家系~って感じの名字ですね!」

「あはは、いかにも霊能者の家系だからねー」

「はいはーい、宮島君とはどういう関係なんですかー?」

「まあー、ちょっとした腐れ縁だよ? オモテもウラも知ってる仲っていうかー」


 いつものように適当な冗談を飛ばす彼女に、もう聞き慣れたはずのちえりも律儀に「えっ」と反応していた。


「ちょっとちょっと、姉弟子。皆の前でいい加減なこと言わないでくださいよ」


 つい普段の感覚で呼んでしまうと、今度は俺に皆の注目。


「えっ姉弟子ってなに?」

「宮島っちも何かの弟子なの?」

「あ、はは……ホラー映画道のね……」


 俺が変な帳尻合わせを強いられている間に、鈴鳴さんは「じゃあ見てみるねー」なんて除霊師らしからぬ軽いノリで言いながら、制服のポケットからアクセサリー型の小型れい水晶すいしょうを取り出していた。

 真剣な面持ちで室内を見回すその姿に、クラスメイト達も思わず息を呑む。


「宮島君、あれって何やってるの?」

「さあ、霊の痕跡がないか見てるとか?」


 ちょっと白々しいかもしれないけど、皆の手前、適当に知らないふりをしておく俺だった。

 そのまま周囲を見渡していたJK除霊師は、やがて、アクセサリーをパシッと手の中にしまい込んで、皆に向き直って言った。


「ふーん……霊気までは残ってないけど、たしかに霊が通りそうな場所ではあるかも」

「えっ!? やっぱりですか!?」

「まー、学校ってのは、思春期のネガティブな感情が渦巻くぶん、そこかしこが霊の溜まり場になりやすいんだよ。たぶん今回のも、通りすがりの浮遊霊か何かが、楽しそうに文化祭の準備してるの見て、ちょっと羨ましいな~って呟いちゃった程度だと思う」


 もっともらしいその説明に、陽キャ達の間から「おーっ」と口々に声が上がる。


「じゃあ……おはらいとか、してもらっても……?」

「もちろん。お祓いっていうか、霊の通り道を封じるって感じだけどね」


 それから、姉弟子は師匠謹製の御札おふだを何枚か取り出し、入口や窓際、戸棚の隙間など、霊が通りやすそうな場所にペタペタと貼り付けていった。

 一同は興味津々の様子でそれに見入り、「はー」とか「へー」とか感嘆の声を漏らしている。


「もっとこう、ヒラヒラの紙が付いた棒とか振るのかと思ってました」

大幣おおぬさのこと? 神道しんとう系の人はそういうの使うけどねー」


 何箇所かに御札を貼り終えた鈴鳴さんは、携行用の御札を別に取り出して、最前の子に渡しながら。


「うん、この部屋はこれで大丈夫。ノノちゃんって子と彼氏君には、不安だったらこの御札おふだを持っとくように言ってあげて?」


 ちなみに、欠席した子の彼氏の姿はここにはない。今頃は家にお見舞いに行っているんだろう。二人とも元気になってくれていたらいいが……。


「わあっ、本格的……!」

「あの、お金とかいいんですか?」

「あぁ、大丈夫大丈夫、イッツーにカラダで払わせるから」

「ちょっと! 誤解を招く言い方!」


 俺が慌てて否定するのが余計に面白いのか、皆はクスクスニヤニヤと笑ってくる。


「宮島君、イッツーって呼ばれてるんだ~」

「ちょっと皆、真に受けないでよ。この人、こーいう変な冗談ばっかり言う人だから」

「ははっ、慌ててる宮島君って新鮮~」

「わかってるってー、イッツー君は浅桜さん一筋だもんねっ」


 今知ったばかりのあだ名を早速引用しての追撃に、俺は顔から火が出そうになりながら「いや……」と首を振ることしかできない。

 当のちえりは、前髪で隠れた顔を赤くして「ふふっ……」とか悦に入ってるし。


「浅桜さん大丈夫、ジェラシーで怨霊になっちゃったりしない?」

「ふぇっ!? あっいえ、わっ私は大丈夫です……たぶん……」


 皆の注目がちえりに移った隙を見てか、姉弟子はスッと俺に身を寄せ、ヒソヒソ声で尋ねてきた。


「なに? ちえりちゃんとの仲ってクラス公認なの?」

「いや、ハッキリ言ってはないんですけどね……。なんか夫婦めおと漫才とかイジられるのが常態化してて……」

「いいクラスメイトじゃん、仲良くしなきゃダメだよ?」

「わかってますよ……」


 鈴鳴さんのやさしい人付き合い教室、とでも言うべきやりとりを終えて、姉弟子は再び「みんなー」と声をかける。


「この御札、たくさん持ってきたからさ。文化祭の準備する時は、とりあえずこれをポケットにでも忍ばせとけば安全だと思うよ」


 携行用の御札をテキパキと皆に配りながら、現役JK陽キャ除霊師は、ぴっと人差し指を立てて言うのだった。


「もっとも、こーいうのは気休めも半分。悪い霊はネガティブな気持ちがあるところに寄ってきやすいからね。皆が楽しく前向きに文化祭の準備してれば、たぶん大丈夫だよ」


 はーいっ、と口々に返事するクラスメイト達の顔は、確かに霊障の一つ二つ弾き返せそうな明るさに満ちていた。


「宮島君達は御札貰わないの?」

「ああ、えっと……じゃあ俺らにも……」


 姉弟子も「あ、そっか」という顔になって、俺とちえりに御札を渡してくる。一般人のフリをするのもなかなか大変だ。


「こんなところかなっ。文化祭、ちえりちゃん主演の劇だよね? 当日はあたしも見に来ちゃうから、みんな頑張ってねー」


 如才なく笑顔を振りまく鈴鳴さんに、「わあっ、ありがとうございますっ」と女子達の声。


「そういえば、鬼灯かがちさんって、神月しんげつアミカさんのお友達なんですよね!?」

「んー、アミカのっていうか、のね?」

「もしよかったら、アミカさんにも当日見に来てもらっちゃったりなんかっ」


 ラインだったら汗のスタンプが飛びそうな勢いで、女子の一人がそんなことを言っていた。さらっと図々しいリクエストを差し込んでいくのは、どうやら陰キャにも陽キャにもある共通スキルらしい。


「どうかなー、来てくれるか分かんないけど、誘うだけ誘っとくよ」

「やったぁ、ありがとうございますっ」

「じゃあ、また当日にねっ。ちえりちゃんも、また後でねー」

「あっはい……ありがとうございました……」


 そんな感じで、姉弟子と俺のクラスメイト達のファースト・コンタクトは、至極円満に終わったのだったが……。


「ねーねー浅桜さん、鬼灯かがちさんが言ってた『また後で』って?」


 皆で姉弟子を見送った後、女子の一人から何気なく尋ねられたちえりは、


「あっ……わっ私、放課後はイツキ君と一緒に、鈴鳴さんが働いてる心霊カフェにおジャマしてて……」

「一旦?」

「あっ、イツキ君がお風呂入るのとか待って……夜は私のっ」

「わーっ、何でもない! 何でもないからっ!」


 俺が横から遮っても、時既に遅く。


「えっ何何、夜は何!?」

「宮島君がお風呂って何のこと?」

「えっまさか、宮島君、夜は浅桜さんちに行ってるの!?」

「ちがっ……それは護衛の一環で……俺は別に、皆が思ってるようなことは何もっ」

「えー、ウチらが思ってるよーなことって何何ー?」

「宮島……お前はそっち側じゃないと思ってたのに……」

「そっち側って何だよっ!?」

「宮島さぁーん、浅桜さんちに行ってるのは否定しないんですかぁー?」

「あっふふっ……だっ大丈夫ですよ、お母さん公認の健全な関係なので……」

「お前はちょっと黙ってろっ!」


 この後、俺が皆からどんな風に揉みくちゃにされたかは、ご想像にお任せしたい次第である。



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