第25話 俺が付いてる

 そして、その週から早速、文化祭に向けての準備が始まった。

 先日までの定期テストの鬱憤うっぷんを晴らすかのように、クラス単位や部活単位の催し物の準備に誰も彼もが躍起になっている。秋に文化祭を行う高校と比べて、六月開催だと準備期間が短いのは否めないが、だからこそ限られた時間で最大限のものを出したいという思いは多くの生徒に共通しているらしい。

 そんな中で、俺達のクラスはというと――。


「宮島っちー、台本の草案上がってきたんだけど、ちょっと見てくれるー」

「浅桜さんの意見も聞きたいなっ」


 今や誰もが知る心霊コンビとなってしまった俺とちえりに、あれやこれやと意見を求めてくるアクティブ陽キャ達。彼らに求められるがまま、仮の台本に目を通すと……。


「ヒロイン役、浅桜ちえり……。墓場の跡地に建てられたお屋敷に住んでいた病弱なお嬢様の幽霊……ピアニストを夢見ていたが病気のため叶わなかったのと、恋人が戦争で命を落としたことで世を儚んで自殺……以後、幸せな恋人達を目のかたきにする怨霊と化し、屋敷の跡地に建てられたこの学校で、夜な夜なピアノを弾いてはリア充を呪っている……。いや、設定チャンポンしすぎじゃない?」


 俺がつい思ったままを口にすると、台本を見せてきた男子は「やっぱ?」と言って舌をペロっと出した。


「皆が知ってるウチの学校のウワサを取り込んでいったら、なんか膨れ上がっちゃったらしくてさ」

「とりあえず、死因は病気か自殺のどっちかでいいと思うし、未練もピアニストか恋人の死のどっちかに絞った方がリアルだと思う……」

「おー、さすが。って幽霊のリアルって何だよ!」


 バシッと陽キャのノリで突っ込まれ、作り笑いを返す俺の横では、ちえりが黙々と台本に読みふけっている。


「浅桜さんはどう思うー?」

「あっ……わっ私は、こっ、このイツキ君が演じる霊媒師と……いっぱい絡みがあったら、なっなんでもいいです……」

「気をつけてよ、コイツ、無欲そうに見えて案外図々しい注文してくるから」


 俺が身をもって知る教訓を告げると、その女子は「あははー、知ってる知ってる」と軽く流して。


「じゃあさー、やっぱもっとロマンス寄りにしちゃう? 除霊しに来たけど幽霊と恋に落ちちゃうとかー」

「あっ、そっそれいいですね……」

「おっけー、台本係の子にリクエストしとくねっ」


 もうすっかり幽霊少女の扱いにも慣れたといった感じで、ちえりを喜ばせたりしているのだった。

 ちなみに、これだけ夫婦めおと漫才だの何だのとはやされながら、彼らの誰一人として「二人は実際付き合ってんの?」的なことは尋ねてこない。四月一日わたぬきさんも友達の前では聞いてこなかったし……。どうやら、衆目の前でどこまで踏み込んでいいかの線引きがあるらしく、そんな皆の気遣いは俺もイヤではなかった。



***



 そんな調子で、学校では文化祭の準備に参加しつつ、心霊カフェのシフトもこなし、夜は自室で入浴などを済ませてから、ちえりと一緒に浅桜家に「帰宅」するという日々が続いている俺である。

 師匠には「目を離すなよ」と言われるし、俺も十分気をつけてはいるが、今のところ、ちえりの周囲に悪霊が引き寄せられてくるような様子はない。このまま取り越し苦労に終わるんじゃないか……と思っていた矢先。

 恐れていた異常は、意外と早くやってきたのだった。


「ねーねー、宮島君ってリアルの心霊関係とか詳しいんだよね?」


 その朝、俺がちえりを連れて教室に入るやいなや、深刻な表情で尋ねてきたのはクラスの女子の一人だった。心霊にリアルとかリアルじゃないとかあるの、なんて陽キャの真似して茶化している場合ではなさそうだ。


「まあ、うん……」

「昨日、小山君と野々村ノノちゃんが被服室で衣装作ってたら、変な声が聞こえたって言うの。『いいなぁ』とか『楽しそう』とか……。それでノノちゃん、今日は朝から寒気がするって言って休んでて、小山君も心配そうにしてて……」


 これってやっぱオバケとかかなあ、と真剣に友達の身を案じている彼女。俺は無意識の内に、欠席しているという女子の席に目をやっていた。

 劇のための衣装作りを買って出てくれているとはいえ、そのカップルとちえりの接点は薄いはず。ちえりの存在が霊を引き寄せてしまったとしても、本人を差し置いてくだんの二人に霊障が向かう理由はなさそうだけど……。

 考え込む俺をよそに、他の同級生も一人また一人と周りに集まっては、心配そうな表情を浮かべている。


「え~、マジで怖いんだけど……」

「やっぱ、心霊物なんかやったら、本物をってことじゃないの?」


 クラスメイト達の何気ない発言に、傍らのちえりもビクッと肩を震わせていた。


「被服室か……」


 数日前に見て回った時には何ともなかったはずだけど……と思い返していると、同級生の一人からこんな発言。


「なんか、お岩さんの舞台とかやる時は、事前におはらいするって言うじゃん。宮島君、そういう人のツテとかない?」

「そういう人ねえ」


 目の前にいるんだけど、というのは置いといて。

 さすがに、自分が通う学校で正体を明かすわけにもいかないし。本当にお祓いが必要かはともかく、こういう時に頼れるのは姉弟子くらいしか思いつかない。師匠は猫だし。


「あー……知り合いに、高校生でそういう任務ことやってる人が居はするけど……」

「あ、それって神月しんげつアミカさん!?」

「いや、その友達……」

「マジで? 宮島君の人脈なにげにヤバくない!?」


 本当にツテがあるとは思わなかったのか、陽キャ達は友達の心配を一旦忘れたかのようにキャイキャイとはしゃぎ出している。


「じゃ、放課後来てもらえるか聞いてみるから……」

「さっすがー、四月一日わたぬきちゃんも認めたコーディネーターのプロ!」

「えっ本当にお祓いの人呼んでくれるの!? マジ!?」


 皆のざわつく反応に苦笑しながら、姉弟子にラインのメッセージを打ち……。

 それから、後を付いてこようとするちえりを教室に押しとどめて、授業前にトイレに行くと、


「……あ、宮島君」


 先程の話に出てきたカップルの片割れの男子が、落ち着かない様子で洗面台の鏡の前に立ち尽くしていた。


「幽霊とか悪霊とかって……本当にいるのかな」


 彼が不安そうな顔で聞いてくるので、俺は師匠の教え通り、その質問自体は「いやあ」とやんわり流しつつ。


「気休めかもしれないけど、俺の知り合いの除霊師を呼んどいたからさ。たぶん大丈夫だよ」


 俺も見張ってるし、とは言ってあげられないのが、絶妙にもどかしいが……。

 それでも、俺の言葉に多少は安心してくれたのか、


「そうなんだ、ありがと……頼んだよ、宮島君」


 出ていきざま、彼は少し血の気の戻った表情で言ってきた。


(……責任重大、だな)


 その後、俺もトイレを出て教室に戻ろうとすると、後ろから背後霊のごとく陰キャ少女の声。


「いっイツキ君……」

「うわっ!? お前どこに居たんだよ」

「ふふっ……わっ私はいつだってイツキ君の後ろにいますよ……」

「トイレの前まで付いてくるなって言ってんじゃん……。なに、お前も野々村さんの件が心配?」


 いくらちえりでも、最近は余程すぐに話したいことでもなければトイレまでは付いてこない。

 俺が水を向けると、ちえりは教室に戻る俺の隣をヒタヒタと付いてきながら、「あっあの……」と口を開いた。


「わっ私……せっかくの文化祭の舞台を、私のせいで幽霊が出たとかでダメにはしたくないので……」


 いつになく健気で、いじらしい態度。さっきからそれが気になってたのか……。


「あっ、対策とか対応とか……よ、よろしくお願いしますね……」

「任せろ。俺が付いてる」


 ちょっと今のは自分でも恥ずかしすぎたか、と思ったが。

 それでも、ちえりの嬉しそうな「はいっ」という返事を聞けば、俺も自ずと気合が入るというものだった。



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