第24話 主役抜擢

 そして翌朝。登校前に自宅に戻っている余裕はないので、浅桜家で洗面台をお借りしたり、朝食もご一緒させてもらったり……恐縮しかないイベントの連続に耐えに耐えて、やっと迎えた登校時間。

 俺と並んで電車に揺られるちえりは、前髪を貫いて表情がわかるくらいウキウキだった。


「朝からご機嫌じゃん」


 わかりきったことを敢えて口に出してみると、ちえりは俺の首筋あたりをそっと見上げて。


「あっ、だって……電車に一緒に乗って通学するの、いかにも恋人らしくて……キュンって来ませんか……」


 なんてことを言って、ふふっと口元を緩ませている。


「そういや、生き返った次の日も、わざわざ学校を通り越してウチまで迎えに来てたもんな……」

「あっはい……おっ覚えててくれて嬉しいです……」

「なんかもう、全てが遠い昔のことみたいに感じるよ」


 しみじみ呟いて、人の波からちえりを守りながら、二人で学校の最寄り駅に降りる。


「放課後はバイトもあるし、一旦自分ちに帰るから……お前はその間、店で時間潰してる?」

「あっ……わっ私はイツキ君と一緒に居られるなら、どこでもいいです……。あっ、いっそイツキ君のお部屋でもっ」


 他意のないスケジュール確認にも、逐一そういう冗談(なのか?)を差し挟みたがる幽霊少女だった。


「だから、嫁入り前の娘さんが平然と男の部屋に上がろうとするんじゃありません」

「あっ……じゃっじゃあ、お母さんも喜んでたことですし、ふふっ、いっそもう正式に祝言しゅうげんを上げちゃったりして……あっだめだ……女子の婚姻年齢って十八歳に引き上げられたんでしたね……残念……」

「妄想の話するか現実の話するかハッキリしてくんない?」


 周りにこの会話聞かれてないだろうなあ、とキョロキョロしながら校門に差し掛かると、例によってキラキラした友人に囲まれた四月一日わたぬきさんが、目ざとく俺達を見つけて声を掛けてきた。


「おはようっ。今日も朝から仲いいわねっ」


 こちらが挨拶を返すのを待ってか待たずか、ぐいぐいと俺達の前に歩み出て、速攻で本題を切り出してくる陽キャクイーン。


「A組の文化祭委員の子から聞いたわよっ。文化祭の出し物、浅桜さんメインに決まったんですって?」

「え? まだクラスの話し合いこれからだけど……」

「あら? なんかもう、そういう流れで話が動いてるって聞いたけど?」

「えー……」


 陽キャ特有の話の早さだなあ……と俺が思っていると、四月一日さんは、ちえりにそっと耳打ちするようなジェスチャーを作って。


「浅桜さん、よかったわねっ。あとは宮島君に約束守ってもらうだけね」


 心霊カフェの百物語会でコイツが暴露した話にかこつけて、俺にわざとらしい流し目を向け、ちえりに優しく笑いかけているのだった。


「あっ、はい……ふふっ、頑張らなきゃ……」

「宮島君、私も証人だからねっ。オバケって約束破ったら怖いんだよ?」

「ああうん……知ってる知ってる……」


 ナチュラルに俺の逃げ道を塞いでくるのは、むしろパニックホラーのやり口かなあ……なんて思ったりする今日この頃である。



***



 そして、その日のロングホームルームでは、いよいよ文化祭の出し物についての話し合いが本格的に始まり……。


「じゃー今のところ、ホラー物の演劇かミュージカルがいいんじゃないって話なんですけど」

「他に案ある人いたら言ってくださーい」


 文化祭実行委員という物々しい役職名に任じられた男女の陽キャ二人が、担任の見守る中、教壇から皆の意見を募ってくる。

 一応、形程度にバラバラと他の案もはしたが、四月一日さんが言っていたように、もう大枠の流れは変わらないようだった。うーん、民主的……。


「ミュージカルがいーよ、ミュージカル。浅桜さんにピアノ弾いてもらってさ」

「でも、準備期間そんなに無いしさー、あんまり本格的なのは難しくない?」

「セリフの練習だけならともかく、歌まで入るのはねー」


 積極的に話し合いを進めるのはいつだって陽キャの役目。俺はとりあえず静観を決め込んで、隣のちえりの反応をうかがっておく。

 クラスメイト達が楽しそうに自分の名前を出すたび、ビクッと肩が震えて目線が僅かに上がるのは、コイツなりに嬉しいのか恥ずかしいのか……。少なくとも、百物語会での度胸付けと、例の約束の効果もあってか、もう自分がメインを張らされること自体はイヤがっていないようだけど。


「じゃあー、逆転の発想で、浅桜さんには『ピアノを弾く幽霊』の役をまんまやってもらうのは?」


 女子の一人からそんな提案が出て、教室の空気がおおっと一際盛り上がった。


「あー、それいいじゃん。ミュージカルの演奏役より、その方が浅桜さんも目立つしさっ」

「そういえば、先輩からそーいう怪談聞いたことあるよ。なんか、この学校、ピアニストになれなくて自殺しちゃった子の幽霊が出るんでしょ?」

「学校が出来る前にここに建ってたお屋敷に、ピアノが好きだったお嬢様が住んでて、病気で死んじゃったって聞いたけど」

「そーなんですか? 先生」


 急に話を振られ、若い女性担任は「さあ、先生は知らないなあ……」と困った顔を見せていた。

 そこで、実行委員の女子が、最後列のちえりに視線を向け、明るく声を弾ませてくる。


「浅桜さんはどう? 浅桜さんの幽霊役がメインの演劇、引き受けてくれるかなっ」


 クラスの注目が集まる中、ちえりは「あっ……」と声を漏らして、前髪に覆われた目線をゆっくりと前に上げる。

 頑張れよー、と他人事のつもりで、俺が内心でエールを送っていると、すっと彼女の手が俺を指差してきて。


「あっ、えっと……み、みみ宮島イツキ君がヒーロー役ならいいです……」

「へっ!?」


 不意に名指しされたので、思わず変な声が出てしまった。

 クラスメイトからはたちまち「いいねー」と声が上がり、ちえりとセットで俺にも視線が集まる始末。


「いいじゃん宮島ー、やれやれー」

「まんまゴーストバスターの役とか似合うんじゃない?」

「いやいや……」


 俺は熱くなる顔を片手であおぎつつ、せめてもの抵抗を試みてみるが……。


「この手の出し物って、もっと明るい人が主役とかやった方がいいと思うけど……」

「何言ってんの宮島君、浅桜さんの相手役が他の人に務まるわけないじゃーん」

「頼むよー、浅桜さん係ー」


 好き勝手にはやし立ててくる陽キャグループの声を前に、それを覆すことが叶わないのは最初から明らかだった。


「……まあ、じゃあ、はい、やります」

「あっ……ふふっ、よろしくお願いします……」


 図ったな?という目でちえりをニラんでも、返ってくるのは、どこか得意げな口元の笑みばかりだった。


「じゃあ、他に異論がなければ、今出たテーマの演劇ってことで決定したいと思いまーす」

「さんせーい」


 教室がパチパチと拍手に包まれ、多数決を旨とする実に民主的な話し合いがこうして決着した後……。

 終業のチャイムを経た教室で、担任が「浅桜さん?」とちえりに声を掛けに来てくれた。


「本当にあの内容でいいの? 無理はしてない?」

「あっえっ……あっあの、わっ私は……イツキ君が一緒にやってくれるなら、むしろ歓迎です……」


 それが本音だとすぐに察したのか、先生は笑顔になって。


「わかったわ、ありがとう。楽しい劇になるといいわね」

「はっはい……おっお気遣いありがとうございます……」

「宮島君もそれでいい?」


 俺の方は事後承諾なんですね、なんて些細な茶々は今入れている時じゃないだろう。


「決まったからには、尽力します」

「ありがとう、よろしくね」


 それから、先生が立ち去るのを待って、委員の二人をはじめとする陽キャ達も、ちえりと俺の周りにガヤガヤと集まってきた。


「浅桜さんっ、主役引き受けてくれてありがとねっ」

「あっはい……」

「これから台本作りとか練習とか忙しくなるからさー! 浅桜さんもできたら参加してくれたら嬉しいな」

「あっはい……」


 botのように返事することしか出来ないちえりだったが、ややあって、皆の間にゆらゆらと目線を泳がせて。


「あっあの……でも、な、なんで皆さん、私みたいな浮遊霊以下のこと……そっそこまで構ってくれるんですか……」


 少し前までのコイツだったら、きっとこんな質問を切り出すことすら出来なかったんだろうな……と思わせる内容を、誰にともなく尋ねていた。

 すると、女子の一人が「ふゆーれー?」とオウム返ししてから、俺達二人にニカッと笑って言ってくる。


「余計なお世話かもしれないけどさ、宮島君は転校生だし、浅桜さんも初っ端ずっと休んでたから、言うなら途中入りみたいなものじゃん? だからさ、この文化祭をキッカケに、二人がほんとに皆と馴染んでくれたらいいと思うんだよねっ」

「そーそー。なんか、四月一日ちゃんが主催しよーとしてたカラオケ会も流れちゃったしー」

「二人だけの世界で仲良くしてるより、ウチらとも絡んだ方がお得じゃん?」


 それはこの子達なりの価値観で、ちえりはおろか、俺だってこれまで体験したことのない類のものだけど……。

 それでも、押し寄せる陽キャオーラの波に込められた純度100パーセントの善意は、この「陰」の世界の住人にも伝わらないはずはなく。


「……あっ、ありがとうございます。……嬉しいです」


 なけなしのコミュニケーションスキルを目一杯に動員して、ちえりは皆に「ふふっ」と笑い返していた。



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