4. 約束と文化祭
第22話 今まで以上に傍にいて
――
真っ暗闇の廃トンネルに反響するのは、冷たい手で心臓を鷲掴みにしてくるような
「二人とも俺から離れないで!
いきなりだが、例によって雑用兼ちえり係として駆り出された
まあ、こういう事態に備えて俺が付き合わされているわけだから、「なぜか」というのは違うかもしれないけど……。いや、でも、普通だったら心霊現象は起こらないはずの場所なのだ、ここは。なぜなら――。
「ちょっとイツキ! ここって除霊済みじゃなかったの!?」
「それは間違いないですけど! だから前のとは別のヤツでしょ!」
霊気の
アミカこと新月さんが収録場所に選ぶのは、そうした除霊済みのロケーションのみ。でなければウチの師匠が許しを出すはずもない。
一般人から見れば「
――
不意に、
「危ないっ!」
間一髪、新月さんを突き飛ばし、ちえりの手を引いて跳びのく俺。直後、今まで二人がいた場所に照明の残骸が落下し、がぁんと鈍い音がトンネル内に何重にも反響した。
「ちょっと、ボクだけ扱いが雑……」
ボヤきながら身を起こす新月さんの前に
バチッと爆ぜる霊気の火花の向こう、悪霊どもが俺の肩越しにちえりを見下ろしてくるのが見える。自我を失った群体でも、この場の三人の中で誰を狙うのが得策かは本能でわかっているのに違いなかった。
――アナタモ……
「耳貸すなよ、ちえり」
彼女の片手を握り続けるのは、簡単には連れて行かせないため。じわりと
「あっ……で、でも、友達になりたいって……」
「んなわけないだろ! あれは自我のない
「ふふっ……おしゃべりミカちゃんと同じ……」
「わかったら下がってろっ」
放っておくと自分から悪霊に向かっていきそうなちえりを背後に押しとどめ、握っていた手首を離して、俺は素早く両手で
「
障壁を解き、
「
瞬間、トンネルを満たす霊気の光。
「……もう大丈夫ですよ」
振り返った俺の視界には、滅多に見られない
「ありがと。持つべきものは霊能者の友人だね」
「調子いいこと言って」
「あっ……かっ格好良かったです……」
こんな状況でどこか嬉しそうなちえりの言葉に、まあそれはそれで悪い気はしないなと思いつつ……。
俺は懐中電灯を頼りに、三脚にセットされた新月さんの撮影用スマホを確認する。
「ああ、映ってる映ってる……。せっかくなんで、協会の報告用に使わせてもらいますよ」
「あーあ、今日の撮れ高が……」
新月さんがどこまで本気で惜しんでいるのかは、正直よくわからないけど。
「ダメですからね、本物の心霊映像を全世界に発信したりしたら」
「わかってるよ。そんなことしたらマオさんに半殺しにされるって」
「半分死んでても生き返らせてあげませんしね」
いずれにしても、マジモンの霊が出てきてしまった以上、今夜の収録は中止。というか、師匠に報告すれば、この場所はもう自由に使わせないという判断になるだろう。
今更ながら、神月アミカの活動スタイルがリアルタイムの配信寄りじゃなくて良かったな、なんてことも思ったりする。
「……あっ、あの、イツキ君」
後始末を済ませて撤収するさなか、ちえりが俺の片手の先をそっと掴みながら言ってきた。
「なに?」
「あっ……そっその、惚れ直しました……。あっ今までが惚れてなかったとかじゃなくて、そのっ、より一層的な意味で……」
「……そいつはどーも」
熱くなる顔面を俺が手で
「お熱いね、お二人さん。カップル系
「新月さんが彼氏役やればいいんじゃないですか?」
そんな軽口を叩き合いながらも、俺は頭の片隅で、なぜ当面安全だったはずの場所に霊が引き寄せられたのかという疑問を拭えずにいた。
***
「――というワケで、緊急除霊対応をとりました」
「ああ、よくやったな。まずは全員無事で何よりだ」
心霊カフェに帰り着いた俺達は、閉店後の店内で、猫の姿をした
パジャマ姿にカーディガンを羽織って店に降りてきた
「でも、ヘンじゃない? その現場って、チカモトさんの除霊対応からまだ半年も経ってないでしょ?」
「そうだな。この一件だけなら、『そういうこともある』で済む話かもしれんが……」
猫の額にシワを寄せる師匠を横目に、俺は、遠慮がちにカップに口をつけているちえりを見やる。
(……まさか、コイツが霊を引き寄せてる?)
だって、あの悪霊の群体は、明らかに俺でも新月さんでもなく彼女を狙っていたのだ。少し前まで自身も心霊現象の当事者だった彼女を。
(でも、最近のちえりは前より人生を楽しんでるはず……悪い霊を引き寄せる理由がない……)
大抵の悪霊は、恨みや無念といった人間のネガティブな感情に吸い寄せられて現れる。形だけでも恋人ができた上、鈴鳴さん達や学校の皆にも受け入れられて人生の充実期(ちえり比)にあるはずのコイツが、霊と引き合ってしまうとは思えないが……。
すると、そんな俺の視線に目ざとく気付いたのか、ちえりは僅かに顔を上げ、誰にともなく言った。
「あっ、えっ……わっ私の責任だったり……?」
「いやいや」
慌てて否定する俺。姉弟子も「ちがうよ」とフォローに回る中、師匠は猫の手で器用に腕を組み、きっぱりと結論を告げてきた。
「ちえりちゃんが悪いわけじゃないけど、それはそれとして、体制は強化しといた方がいいな」
「強化って?」
「お前が今まで以上に
「えぇぇ、これ以上どうしろって……」
今でも十分ベッタリなのに……なんて反論は、きっと通用しないのがお決まりの流れで。
「またまたぁ、イッツー先生ぇ、わかってるくせにー」
「何が……」
「ちえりちゃんのお
「はぁ!?」
「そういうことだ。頼んだぞ」
ノリよく言い切る師匠と、他人事だと思ってニヤニヤしている新月さんと、急転直下の幸運(?)に口元を緩ませているちえり。
「あっ……いっイツキ君なら、お母さんも歓迎だそうです……」
「『だそうです』って何!?」
「あっ、まっ前にお泊まり会のこと話したら……『あの子ならいつでもウチに呼んでくれていいわよ』って……」
「なんで俺自身が知らない間に親公認になってんの!?」
そもそも
というか、いつ来るとも来ないともわからない悪霊への備えとして泊まり込みで警護するって、一晩や二晩で済む話じゃないだろうし、色んな意味で得策とは言えないんじゃ……?
「てか、コンプライアンス的には同性が行くべきでしょ? それか、ちえりが師匠達の部屋に泊まればいいじゃないですか」
「あたしはあたしで、お姉ちゃんが猫でいる間は店の結界守ってなきゃいけないしー」
「未成年のお子さんをこっちで預かるのは、それこそコンプラ的になあ」
どちらもそこまで致命的な問題じゃないのは、この場の全員がわかっているのに違いないが。
「……どうせ俺に断る権利はないんでしょ」
「わかってるじゃないか。しっかりな」
押し切られるがままにちえりを見ると、幽霊少女はお決まりの「ふふっ」という笑いを浮かべて。
「あっ……すっ末永くよろしくお願いします……」
「いや、末永くよろしくするとは言ってない……」
せっかく中間テストも終わったと思ったら、一難去ってまた一難と言うべきか。
六月末の文化祭まで一ヶ月足らず。ここにきて、悪霊と戦う以上の難題をまたしても背負わされてしまう俺だった。
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現在、本作はカクヨムコン9に参加中です。
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