第21話 距離の詰め方

「お前っ……人前で臆面もなくそーいうことをさぁ……」


 素直すぎるちえりの言葉に、俺が恥ずかしくなって顔を背けていると、横から姉弟子のはやしてくる声。


「ニクいねー、お二人さん。あたしというものがありながらー」

「勘弁してくださいよ……」


 人のことだと思って楽しそうに……。四月一日わたぬきさんも目をキラキラさせて見てくるし、当のちえりは例によって「ふふっ……」って照れてるし、状況が四面楚歌すぎる。

 いや、でも、鈴鳴りんなさんがからかってくれなければ、余計に羞恥心の持って行き場がなかっただろうから、これでいいのか……?


「なんだか私達がおジャマみたいですねっ」

「じゃあ、イッツーとちえりちゃんはしばらく二人で歓談してなよ。その間にあたし達は一緒にお風呂入っちゃおっか? ウチのお風呂広いからー」

「いいんですかっ? モチロンご一緒しますっ!」


 俺が幽霊少女の構ってオーラを浴びてマゴマゴしている間に、「陽」の者の呼吸でサクサクと次の行動を決めている二人。女子ってそんなに簡単に一緒にお風呂入ったりするのか……。

 というか、四月一日さんは元々ちえりと親睦を深めるためにお泊まり会するって趣旨だったのに、それでいいのか?と思わないでもないけど、まあ俺が口出しできる世界でもないので黙っておく。


「あ、ちえりちゃんもあたし達とお風呂の方がよかった?」

「あっふぇっ……!? いっいえ、わっ私、友達と入浴なんてしたことないですしっ……」

「なーんて。大丈夫だよ、後でゆっくり浸かってくれたらいいからっ」


 なんて確認を一応でも入れているのは、姉弟子なりに、ハブってるわけじゃないよというフォローなんだろう。


「じゃ、俺は片付けしときますから……」

「私も手伝いますっ」

「四月一日さんは休んでなよ、お客さんなんだから」

「宮島君もお客さんでしょ?」


 それから、俺と四月一日さんが競うようにテーブルの片付けや洗い物をしたり、ちえりが「わっ私もお役に……」とか言って背後霊の真似事をしてくる間に、十数分くらいはあっという間に過ぎ……。


「じゃあ、あとは若い二人にお任せで~」


 お湯の溜まったことを告げる電子音のメロディを合図に、陽キャチームは俺達にニマニマ笑いかけながら、お風呂セットを持って脱衣所に引っ込んでしまった。


「……」


 ちえりとリビングに残され、とりあえず二人分の飲み物を入れ直してソファに腰を下ろす俺。無言ですぐ隣にくっついてくるちえり。

 耳を傾けるまでもなく、脱衣所からは姉弟子と陽キャクイーンのキャッキャする声が聞こえてくる。


「落ち着かねー……」


 俺が敢えて口に出して呟くと、ちえりは二人きりの状況に気を大きくしたのか、俺の服の袖を指先でくいっと引っ張って。


「あっあのっ……いっイツキ君は、鈴鳴さんとお風呂入ったことあるんですか……?」


 とんでもない爆弾質問をぶつけてくるので、危うく飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。


「あるわけないだろ!? 大体、幼馴染って言っても、一緒に修行してただけだし」


 まあ、出先の温泉で塀を挟んで二人、なんてシチュエーションが無かったとは言わないけど……。

 ちえりは心なしかほおを膨らませて、指先に力を込めてくる。


「なに、お前、一人前にジェラシーとか感じてんの?」

「あっ……そっそれは、感じますよ……。だって……お二人の過ごした時間の長さは、後から追いつけませんから……」

「それはしょうがないだろ……」


 うつむいたままの陰キャ少女に、体を寄せて迫られると、俺も無下むげに突き放すわけにもいかず。

 緊張とも動揺ともつかない何かに心臓の鼓動が早まるのを感じて、俺は思わず呼吸を整えて。


「姉弟子は姉弟子で、お前はお前だし。そのぶん中身で埋めたらいいんじゃねーの?」


 どこかのドラマか漫画かで見たような通り一遍のセリフを口にすると、ちえりは「あっ……ふふっ」とお決まりの笑いに続いて、「そうですね……」と噛み締めるように呟いていた。


「あっ、じゃあ、イツキ君……。わっ私はイツキ君のお部屋で、一緒にお風呂入っていいですか……?」

「は?」

「ふふっ、お背中お流ししますから……」

「いやいやいや! 展開が急すぎ!」


 手を振ってツッコミに徹する俺だったが、きっともう動揺は隠せていなかった。

 まさかコイツに……目元も見えない幽霊ガールにドキッとさせられるなんて、除霊師として一生の不覚……!


「あっ、すっすみません……。こっコミュ障は適切な距離の詰め方知らないので……」

「いやホントにな? 四月一日さんに教えてもらっ……いや、あの子はあの子でちょっとおかしいか……」


 それにしても顔が熱い……。俺も表情が隠せるくらい前髪伸ばしてればよかったな。

 ちえりの眼前から逃れるようにソファから立ち、大窓のカーテンに手をかけると、


「あっ、ベランダ出るんですか……?」

「誰かさんのせいでムダに暑いからさあ」

「あっ……お風呂入ってもないのに……」

「なんにも上手いこと言えてないからな?」


 ヒタヒタと付いてくるちえりを追い返すわけにもいかず、結局、彼女と並んでベランダに出る俺だった。


「あっ……よっ夜風が爽やかで……。あっ月も綺麗ですね……」

「そうか?」


 雲間に見えるのは、半月でもない中途半端な欠け方の月。夜風だけで止めとけばいいのに、と思いつつ、


「もしかして今の、夏目漱石のアレのつもりだった?」


 いつも解説されているお返しに、百万回手垢のついたそれに言及してやると、ちえりはコクリと頷いて。


「……あっ、あの、イツキ君っ」


 もう聞き慣れたその呼び掛けにハッとさせられたのは、滅多に顔を上げないコイツが、珍しく前髪越しに真っ直ぐ俺を見てきたからだった。


「……何だよ、かしこまって」

「あっ……そっその、ありがとうございます……。わっ私を……ふ、普通の人間の入口まで連れてきてくれて……」


 あまりにも殊勝で卑屈で、コイツらしいお礼の表現。幽体の姿で初めて会った時を思い返して、俺は苦笑いを漏らした。


「大袈裟なんだよ……。それ言うなら、姉弟子と四月一日さんのおかげも大きいんだからさ。二人にも感謝しとけよ」

「あっ……アミカさんには感謝しなくていいんですか……」

「そういや居たっけ、そんな人」


 俺の軽口にふふっと笑っていたちえりだったが、それから僅かな無言を挟んで、今度は俺の胸元あたりに視線を落として。


「あっあの……。イツキ君は私のこと……ほっ、本当に恋人って思ってくれてますか……?」


 いつになく自信のなさそうな声で尋ねてきたので、俺は一瞬ハッとして固まってしまった。

 変に袖とかに触れてくるでもなく、ただ胸の前で手を握って俺を見上げてくる、いじらしい態度。内向きな性分を映したようなその仕草が逆に、俺には「今日ばかりは逃がしませんよ」と言っているように見えた。


「お前……」


 コミュ障を自認する割に、そんなところだけは目ざとくて……いや。

 コミュ障だからこそ、他人の好意や悪意に敏感なのか。

 普通の人ならコミュニケーションに掛ける分のエネルギーまで回して、人の顔色をうかがうことに全霊を掛けているコイツに、どっちつかずの俺の態度が見透かせないわけがないのだ。


「……まあ、心配するなよ」


 師匠にはウソも方便と教えられたけど、コイツにウソを言う気にはなれなかった。本人が望んでいようと何だろうと、この健気な陰キャ少女の気持ちに付け込んで、タナボタのラッキーを享受するような気には。

 だから、今の俺に答えられる、最大限の本音はこれくらいだ。


「お前がまた生霊いきりょうになったりする心配がなくなるまで、お前から離れたりはしないからさ」


 俺が言うと、ちえりは少し寂しそうに「あっ……」といつものように声を漏らしてから、ふふっと笑い直して。


「じゃ、じゃあ私、定期的に生霊になって……イツキ君をずっと心配させてないと……」

「いや、それはお前の身が危険だからマジでやめて!?」

「ふふっ、心配してくれるんですね……」

「そりゃするだろ!?」


 どこまで本気か冗談かわからないやりとりに続いて、白い両手に恐らくは目一杯の勇気を込め、すっと俺の両手を取ってきた。

 目をしばたかせる俺の前で、ちえりはいつもの五割増しくらい声を張って。


「あのっ……。わっ、私が今度の百物語の会でしくじらないで……そっそれで、文化祭も……ほんとにクラスの出し物で晒し者にされるようなことがあっても……そっそれなりにちゃんと乗り切れたら……」

「言い方、言い方。晒し者って」

「そっその時は……今だけとか、心配だからとかじゃなく……本当の恋人にしてくれますか……?」


 喉を震わせて言い切ったその言葉に、あの日、夕焼けの中で見た笑顔がフラッシュバックして。

 正直、今までで一番ドキリとしてしまったのは、否定しようのない事実だった。

 そのまま、五秒か十秒か、俺は左胸の脈動を感じながら立ち尽くして、


「人前で目、出せるようになったらな」


 照れくささを押し込めてそう答えると、ちえりは、いつものように首を横に振りまくるでも、「むむむムリですっ」と萎縮するでもなく。


「……がんばります」


 いわゆる普通の恋する乙女みたいに、可愛い声で決意を述べたのだった。



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