第20話 人形のお友達
「いよいよ今夜の本命ですねっ」
「緊張しないでいいからねー、
「あっ
きゃいきゃいと盛り上がる陽キャ二人に囲まれ、今夜の主役の幽霊少女がおずおずと顔の横で片手を挙げる。その口元の表情は緊張半分、ニヤけ半分といった風情に見えた。
学校で大勢に囲まれると縮み上がってしまうちえりだが、ある程度気心の知れたこのメンツの前でなら、自分が主役として注目を浴びるのはコイツにとっても嬉しい瞬間なのかもしれない。
「あっ……じゃあ僭越ながら、『
「タイトルとかあるんだ」
俺が軽く突っ込むと、ちえりは「ふふふ……」と得意げに口元を緩ませた。
コミュ障は台本用意しないと喋れないとか言ってたけど、コイツなりに熱心に準備してきたのかな……。
「あっえっと……みっ皆さんご存知のように、私は幼稚園の頃から、友達一人もいない陰キャで……ふふっ、遊びに混ざることもできなければ、何かで周りを惹き付けることもできない……つまらない人間だったんですけど……」
「そんなことないわよっ、浅桜さんは面白いわよ?」
例によって、要るのか要らないのかわからない茶々を冒頭から入れてくる
この子みたいな全肯定陽キャが子供の頃から身近にいれば、コイツの人生も少しは変わったんだろうか、なんてちょっと思ったりする。
「そ、そんな私を見かねて……お父さんとお母さんが、お喋りする人形を買ってくれたんです……。おしゃべりミカちゃんトーキングドール、メーカー希望小売価格6,980円……」
「結構高いな……」
「あっ、でも、今思っても結構ハイテクで……触ったり揺らしたり、こっちから声掛けたりすると、それに応じたセリフを喋ってくれるんですよ……」
子供が喜びそうなオモチャだなあ、というのが当たり障りのない感想だった。喋る人形って、昔だったらそれだけで怪異だけど、今はもう普通だよな……とも。
「そっ、それで私、一人でいる時には、そのミカちゃんとばかり喋ってて……。あっ、小学校に上がって、ピアノを習うようになってからは、よくミカちゃんに演奏聴いてもらってたんですけど……」
演奏「聴いてもらう」って、なんだか人形の方が上っぽいのがコイツらしい。
俺達が興味を持って聴き入っているのに気を良くしたのか、ちえりは案外楽しそうに喋り続けている。さすがに小学校の高学年になる頃には人形と話すこともなくなり、中学に上がる頃までには、いつしか人形の存在は忘れてしまっていた……とか。
(思ったよりアガらず喋れてるじゃん……)
ガチな表情で怪談に聴き入る四月一日さんを横目に、俺は姉弟子とそんな感じのアイコンタクトを交わしていた。姉弟子の温かな目線も、「ちえりちゃんが楽しそうでよかった」と言っている。
まあ、コミュ障が苦手なのは人との会話であって、自分一人で台本通りに喋るのはむしろ得意分野かもしれないしな……。
「あっ……それで、ミカちゃんは他のオモチャと一緒に……部屋の押し入れの奥深くにしまい込まれたまま、数年が経ったんですけど……」
おしゃべりミカちゃんの物語もいよいよクライマックス。ちえりは低い視線のまま、前髪越しに俺達三人を見回し、暗い声をよりクラ~くして続けた。
「ある時……押入れの
「はぅ……」
四月一日さんは変な声とともに表情をひきつらせ、そっと指先を伸ばして鈴鳴さんの手に触れさせている。そんなに怖がりでよく
「あっ……ずっと忘れてたけど、その声を聴いて、私もすぐ思い出したんです……あっ、この声はミカちゃんだ、って……。でも、もう電池なんか入ってないはずなのに、なんで声がするんだろう、って……」
「ひぃっ……!」
もう遠慮のカケラもなく鈴鳴さんの手を握りしめてしまう四月一日さんと、されるがままにしてニヤニヤしている鈴鳴さん。陽キャクイーンをビビらせているのが嬉しいのか、ちえりの語りにも心なしか熱が入ってくる。
「ふふっ……よく聞くじゃないですか、ずっと忘れてた人形が、いつのまにか自分と同じ背丈になってて……『ひどいよ、ちえりちゃん』とか言いながら、ズズズ……って押入れから出てくるの……」
よくあるよくある。まあ、現実には人形が物理法則を無視して大きくなったりはしないから、そういう姿の霊体になってるってことだけど。
「あっ……それで、その頃の私って、中学に入っても一人も友達できなくて……。さっ、寂しい思いをしてたところだったから……もうそれでもいいかな、って思っちゃったんですよね……。ふふっ……人形でも亡霊でも何でも、私の遊び相手になってくれるなら、って……」
「なんか方向性が変わってきたな……?」
そういえばコイツ、音楽室で悪霊の
「でも、押し入れの中を探してみても……おしゃべりミカちゃんはどこにもなくて……。おっ、お母さんに聞いたら、そんなの何年も前に捨てちゃったわよ、って……」
「ん……?」
「あっ、つまり……人形が呼んでくれてると思ったのは、私の幻聴だったんです……」
「……?」
宇宙猫の気分で顔を見合わせる俺と姉弟子。今まで本気で怖がっていた四月一日さんさえ、どこか拍子抜けしたような表情で小さく口を開けて固まっている。
「ふふふ……人間の友達ができないばかりか……にっ人形のお友達さえ親に処分されちゃった、哀しいボッチ少女……それが私……」
「あ、浅桜さん……? 大丈夫よ、今は私達がいるじゃないっ」
「あっふふっ……ちなみに、お母さんに言ったら、もう人形って歳じゃないからって……かわりに、音声認識で会話する犬のオモチャ買ってくれましたけどね……。そ、そういうのじゃないんですよ……」
怪談はどうした?とツッコむ間もないままに、四月一日さんが今度はちえりの手を取り、「わかるっ!」と作ったように声を弾ませていた。
「私も小学生の頃、お気に入りだったぬいぐるみのウサちゃんを勝手に廃品回収に出されちゃってっ、一日親と口利かなかったものっ」
「あっ……そっそうですか……」
「でも、ミカちゃんもそこまで浅桜さんに大事にしてもらって、きっと幸せだったわよっ。ねっねっ?」
ああ、これは、さっきまでの怖さを吹き飛ばすためにわざと賑やかに振る舞ってるんだな……。
「あっあの、わっ私の怪談への感想は……?」
「途中まですっごく怖かったわっ。だから別のこと話して気分を変えましょっ!?」
「えっ……でも百物語って……」
「浅桜さんってどうしてピアノ始めたのっ?」
「あっ……お、親が、何か音楽でも習わせたらって……でっでも、バイオリンとか吹奏楽とかは、結局人と合わせられないとムリだから……じゃあ一人でも演奏できるピアノで、って……」
「ちゃんと浅桜さんの個性を考えてくれてたのねっ」
いつもより賑やかさ二割増しの四月一日さんと、そのペースに飲まれるばかりのちえり。
もう
「なんかもう普通のガールズトークになっちゃってるねー。百物語の空気どこいった?」
結局、まともに怖い話したのあたしだけじゃん、と姉弟子。
俺も冷めたピザをかじりながら、「まあいいんじゃないですか?」と二人を見やる。
「なんか、ちえりもいい感じに打ち解けてますし」
「まあねー。あと二巡くらい怪談用意してあったんだけど、なんかもうそんな空気でもないし、お風呂の支度でもするかー」
食べ物を飲み込んで鈴鳴さんが立ち上がるので、ああ、女性陣はお泊まり会なんだっけ、と改めて思い出して。
「じゃあ、俺はボチボチお
と俺が言いかけると、ちえりは「えっ……」と耳ざとく反応してきた。
「あっ……いっイツキ君も一緒にお泊まりしましょうよ……」
「いや、それはダメだって……」
百歩譲って姉弟子とちえりだけなら許されるかもしれないけど、今日は四月一日さんもいるんだし……。
万が一、その陽キャ女子が「いいじゃないっ、一緒に泊まりましょうよっ」なんて言ってきたらどうしようかと思ったが、さすがの彼女も「まあそれはねー」という顔で作り笑いしているので、ひとまずホッと胸を撫で下ろした俺である。
「あたしも中学の頃まではイッツーと一緒に寝てたんだけどねー」
と、例によっておかしな幼馴染マウントを始める鈴鳴さんに、新・陰陽コンビ(仮)は揃って「えっ!?」と顔を向けていた。
「だから、そこ、誤解を招くようなこと言わない。修行で寺に泊まったことがあるだけじゃないすか」
「
「その時は師匠が一緒だったでしょ!?」
「浅桜さんとのカップル漫才もいいけど、お二人も呼吸ぴったりですねっ」
あっけらかんと楽しそうな四月一日さんの横で、ちえりはまだ諦めきれないといった感じで、手招きのようにチョイチョイと片手を振ってくる。
「あっ、こういうのはどうですか……。わっ私は四月一日さんと天井裏に潜伏してるので……いっイツキ君は、鈴鳴さんと一緒にリビングで見張ってもらうというのは……」
「マジメに聞くけどお前はそれでいいわけ?」
「あっ……じゃあ……せめて、今夜はもうちょっと、一緒にいたいです……」
相変わらず、どこの恋愛ドラマの受け売りかは知らないけど……。
二人の前で俺を赤面させる一言を、陰キャな恋人は躊躇もなく発したのだった。
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