第19話 怪談それぞれ
「じゃあ、ここは歳上のあたしがトップバッター行っちゃおっかなー」
リビングの照明を常夜灯だけに落として、
「待ってましたっ。でも、なんだか全然百物語って雰囲気じゃないですねっ。もっと真っ暗にするとかローソク立てるとか?」
「まあまあ、今日は練習だからさ、軽くいこうよ。飲み食いしながらダラダラーって感じで」
姉弟子の言葉に四月一日さんが「ですねっ」と頷いたところで、俺の隣にぴったりくっついたちえりが、そぉっと顔の横に手を上げて言った。
「あっ……だ、大丈夫ですよ。わっ私がいれば、どんな場所でも雰囲気暗くなるので……」
「そういうポ◯モンの特性か何かなの?」
「あっ、ゴーストタイプの面汚しですみません……」
「仲いいね~キミ達は」
生暖かい目で俺達を見ていた鈴鳴さんは、それから「おほん」と咳払いのマネで場を仕切り直し、ぴっと人差し指を立てて。
「これは、あたしが小学生の頃の話なんだけど……」
何度も「本番」を経験した場慣れを感じさせる口調で、俺から見ても新ネタにあたる話を語り始めたのだった。
「あたしはその頃、両親を事故で亡くしたばかりで……」
「えっ!? 鈴鳴さんのご両親って亡くなってたんですか!?」
「あ、うん……
「ハッ、ごめんなさいっ、ああっ色んな意味でごめんなさいっ、私っそんなことも知らずにっ」
早くも話の腰を折られて困り顔の鈴鳴さんと、恐縮しまくった顔で平身低頭する陽キャクイーン。
ちなみに、
傍らのちえりも何気に興味津々という感じで身を乗り出している中、鈴鳴さんはやっとのことで四月一日さんを
「それでね、当時はお姉ちゃんも勉強と
「えっお姉さんいるんですか!? きゃーっ初耳なことばかりですっ。今は一緒に住んでないんですか?」
またしてもハイテンションに話の腰を折りまくる陽キャ女子に、キミも見たことある猫だよ、とは言うに言えず。
その代わりに、「今のは姉の存在を出したのがミスでは?」という視線を姉弟子に送ってみるが、届いたかどうかはわからなかった。
「ちょっとー、三葉ちゃんはしゃぎすぎっ。全然本題に入れないじゃん」
「ごめんなさいごめんなさいっ、ここからは黙って聞いてますっ。浅桜さんを見習って!」
「あっえっ……わっ私は別に、その、黙りたくて黙ってるわけじゃ……」
ヤレヤレ、とばかりに肩をすくめて、三度目の正直で体験談を再開する鈴鳴さん。
「……あたしが公園の砂場で一人遊びしてたら、『わたしも、お母さんいないの』って。あたしよりちょっと小さいくらいの子が、いつのまにか後ろに立っててさ……」
それからの姉弟子の語りは、さすがに心霊のプロの本領発揮というべきか、ゾクゾクくる臨場感を纏ったものだった。
学校の先生と一緒に、その子のお母さんを探してあげることになって云々。子供ながらに普通じゃない空気を感じて、この子のお母さんはもうこの世に居ないんじゃないかと先生に言っても、先生は気まずそうに笑顔を取り繕ってくるだけで云々……。
「それで、その子のお母さんを探し当てることはできたんだけどさ……。あたしが、レイコちゃん連れてきましたよーって言っても、お母さんはなぜか泣き崩れるばかりで……。先生はずっと気まずい顔してるし、あたし、どうしていいかわかんなくて」
さすがの四月一日さんも、今度ばかりはちえりと揃って話に聴き入っている。
「レイコちゃんはずっとお母さんの足元にまとわりついて泣いてるのに、お母さんは全然相手にしてあげる気配もなくて……。あたしも子供だったから混乱して、泣きながら『なんで、なんで』って言ってたら……先生がそっとあたしを親子から引き離してくれて、無理して笑顔を作ってね……」
しぃんと張り詰めた空気の中、鈴鳴さんは女性教師の優しい声色を再現して。
「『ごめんね、鈴鳴ちゃんもご両親にあんなことがあって、辛いよね、混乱してるよねって思ったら、先生、本当のこと言い出せなくて……』。あたしが顔上げて『なにが……?』って聞いたら、先生は震える声で言ったの……」
その迫真の語り口には、もはやオチが見えている俺としても、思わず息を呑まずにはいられなかった。
「『鈴鳴ちゃんがずっと話してるレイコちゃんって子……先生には見えないのよ』、って」
「きゃあぁぁーっ!」
怪談よりよっぽどビクっとする絶叫を上げて、俺の傍らのちえりに抱きついてくる四月一日さん。俺もちえりの体に押し出される形になって、ぐえっとカーペットに倒れ込んでしまった。
「あっひぇっ……!?」
戸惑うちえりの体に腕を回したまま、ケロッと我に返った四月一日さんがイタズラっぽい目で俺を見てくる。
「なーんて。ごめんね宮島君、カノジョさんに抱きついちゃったっ」
「いや、それは別にいいんだけど……」
羽目外してんなあ……と思いながら体勢を立て直したところで、ちえりが自分の心臓あたりを押さえながら一言。
「あっ……じゃあ私も、怖かったらイツキ君に抱きついていいですか……」
「いや良くないけど……。お前、人並みに怪談を怖がる感情とかあるの?」
「あっひどーい、浅桜さんもちゃんと女子だもんねー」
「あっいえ……どっちかというと、幽霊には親近感を覚えるほうですけど……。あっ今の話のレイコちゃんも、鈴鳴さんが相手してあげないと、ずっと誰にも見つけてもらえずに一人でさまよってたんだなと思うと……ふふっ、まるで自分のことみたいで……」
「やめてやめてっ、また怖くなっちゃうっ」
拳を握ってぶんぶんと首を横に振る歳下女子を見て、姉弟子は完全にドヤ顔している。いや、仮にも本職が素人相手に本気出してドヤらないでくださいよ。
「じゃあ、次は三葉ちゃんね!」
その姉弟子に指名され、四月一日さんは待ってましたとばかりに「はーいっ」と片手を挙げた。
コップの飲み物で喉元を
「えっと、これは私の友達の妹ちゃんが塾の先生から聞いた話なんですけどっ。その先生のカノジョさんのお姉さんっていうのが……」
「なんか情報源遠くない!?」
さっきの仕返しとばかりに、ビシッと突っ込みを入れる鈴鳴さん。せっかくなので俺も乗っかってみる。
「しょうがないですよ姉弟子、一般の人はそんな身近に心霊体験とかないですから」
「あっ……いっ一応一般人なのに自分が心霊体験しちゃった私は……」
「もぉー、ちゃんと聞いてくださいよっ。それでっ、そのお姉さんが通ってたネイルサロンの話なんですけど……」
そんな感じで始まった四月一日さんの怪談は、まあ案の定というべきか、怖くも何ともなかった。
「……つまり、ネイルサロンの経営者はもう死んでるのに、お店のインスタだけがずっと更新されてたってことなんです。これって怖くないですか!?」
しぃーん、と、姉弟子の時とは別の意味での沈黙。
「……うん? 三葉ちゃん、それで終わり?」
「あっ……そ、そういう陽キャ的な怪談はわからなくてすみません……」
「SNSの運用を外注してたとかじゃないの?」
霊能者二名と
「もーっ、じゃあ次は宮島君! ホラーマニアの本気見せてくれるのよねっ?」
「あっ……イツキ君のリアルな体験談、きっ聞きたいです……」
二人に求められ、俺は姉弟子にならって咳払いする。
伝聞のストックならいくらでもあるけど、やっぱりここは空気を読んで俺自身の話をするのがいいんだろうな。
「じゃあ、半年くらい前の話……。俺……じゃない、とある除霊師が、●●区の空き家に除霊に訪れたんですけど」
「えっ、宮島君って本当にそういう人なのっ?」
「いや、そこはそういうネタだから。続けていい?」
鈴鳴さんと苦笑いを交わしながら、四月一日さんの茶々入れを手のひらで制止し、俺は話を続ける。
「近隣住民の話によれば、誰も住んでるはずがない家なのに、夜な夜な人の気配がしたり、深夜に
「報告ってどこに?」
「あー、東京都を管轄する霊能者の協会に」
「そういうのがある設定なのねっ。それでそれでっ?」
「……それでも怪奇現象が止まないっていうから、俺……その除霊師は、泊まり込みの調査を敢行したんですね。そしたら、屋根裏のあたりに、どうも何かがいるような気配を感じるものだから……。思い切って天井板を開けて上がってみたら……なんと生きた人間が住み着いてたんです! それも外国人が二人も!」
その時の光景を思い出しながら言い切ると、待っていた反応はやっぱり「しぃーん」だった。
「えっイッツー、それって怖いの?」
「いやメチャクチャ怖かったですよ!? 霊ならまだ対話できますけど、言葉通じないですし、なんかナイフとか持ってましたし」
「宮島君、自分のことみたいに言うのねっ」
「あっ……逆に悪霊かなんか召喚して、おっ驚かしちゃえばいいのに……」
「お前は霊能者を何だと思ってんの?」
コイツを召喚したら指名手配犯もビビるかなあ、なんて思ったり思わなかったり。
「ちなみに、それからどうなったんだっけ?」
「とりあえず逃げ帰って、匿名で警察にタレ込んだら、次の日には居なくなってましたけど……」
いや、よく考えたら怪談でも何でもなかったなこれ……。
まあいいか、俺の話は滑っても。だってこの後が本命だからな。
「じゃあ、ラストはちえりちゃんねっ」
姉弟子に水を向けられ、ちえりは「あっはいっ」と、ソワソワした様子で答えた。
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現在、本作はカクヨムコン9に参加中です。
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