第18話 突発お泊まり会

浅桜あさくらさん浅桜さんっ! A組の子から聞いたんだけど、テスト勉強で困ってるの!?」


 どういう伝言ゲームでそうなったのか、四月一日わたぬきさんが目を輝かせながらそんなことを言ってきたのは翌朝の始業前のことだった。

 教室前の廊下で俺達を待ち受けていた彼女は、いつものようにキラキラオーラ全開で、周囲の生徒の視線も気にせず詰め寄ってくる。


「あっ……えっと、そうですね……」


 ちえりがやっとのことで相槌を打つ頃には、もう陽キャ女王は俺に用件を切り出していた。


「宮島君、私っ、浅桜さんをお泊まり会に誘ってもいいかしらっ」

「なんで俺の認可制なの? それは本人が良ければ好きにしてくれたらいいけど……」


 俺が脊髄反射で答えるが早いか、四月一日さんはシームレスにちえりの手を取り、例によって全ての文末に小さい「っ」が付きそうな勢いで黄色い声を弾ませた。


「じゃあ浅桜さんっ。私が勉強教えてあげるから、今週末、一緒にお泊まり会しないっ?」

「ふぇっ!? あっえっ、おっ、おとまっ……!?」

「ウチに浅桜さんが来てくれるのでもいいし、もし抵抗あるなら私が浅桜さんにおジャマするのでもいいからっ」


 承諾も得ない内から選択肢を提示してくるグイグイ系ヒロインとは対照的に、ウチの陰キャ系ヒロインは「えっ、えっ」と声を詰まらせながら固まっている。たぶん、人生で一度も縁がなかったワードを聞いて、脳がオーバーフローしちゃってるんだな……。

 まあ、それを言うなら俺だって、修行とか以外のプライベートで友人の家に泊まったことなんかないんだけどさ。そもそも友人といえる友人は姉弟子くらいだし。


「あっ、なっ、なんでですか……!?」


 ちえりはイエスともノーとも言えず、理由を問いただすのが精一杯のようだった。

 陽キャ女子はしっかり俺にも目線を配りつつ、そんな彼女の手を握り、「陰」の気を滅却できそうな底なしの明るさで微笑みかけている。


「だって私、もっと浅桜さんと仲良くなりたいもの。テスト勉強はただの口実よっ」

「そこは正直に言っちゃうんだ……」

「宮島君も安心して? 無理にアミカさんの収録に参加させてなんて言わないからっ」


 ぱちっとウインクしてくる四月一日さんに、俺は「ああ、うん……」と生返事を返すしかなかった。

 と、そこで、カクカクとぎこちない動きで俺と四月一日さんを交互に見ながら、


「あっ……あの、お誘いは嬉しいんですけど……」


 ちえりは何やら頑張って、意味のある言葉を喉から絞り出そうとしている。


「こ、今週末は……来週の百物語の会の練習を……いっイツキくんと一緒にしようと思ってて……」

「待って、俺その予定知らないんだけど」

「あっ……ふふっ、そこは迷惑系ゆうチューバーらしく……アポなしで部屋に押しかけちゃおうかと思って……」

「迷惑系だって自覚してんならやめてくれる!? ってか女子が一人で男の部屋に来るんじゃありません!」


 ついついツッコミの声をヒートアップさせてしまう俺と、クスクス笑っている四月一日さん。いや、笑い事じゃないんだけど……。

 周りからも「あの二人、ほんとに仲いいよねー」なんて声が聞こえてきて、俺が恥ずかしさで幽体離脱しそうになっていると、


「百物語の会って、心霊カフェのイベントだったわよね。浅桜さんがそれに出るの?」


 ちゃっかり話を把握している四月一日さんが、もう会話を次のフェーズに進めようとしているのだった。


「あっ、はい……文化祭で矢面やおもてに立たされることになっても大丈夫なように……お、お店のイベントで人前に出る練習をしたらいいって、鈴鳴りんなさんとマオさんが……」

「あら、マオって猫ちゃんでしょ?」

「そうそう、今のはコイツなりのジョーク!」


 横から誤魔化す俺に、四月一日さんは「?」と不思議そうな顔を向けたかと思うと、


「そうだっ! 鈴鳴さんってカフェの上のマンションに住んでるのよねっ。浅桜さんと私で、鈴鳴さんのお部屋におジャマするのはどうかしらっ」


 昔の漫画だったら頭上に電球が浮かんでいそうな表情になって、本人不在でそんな思いつきを並べ立て始める。


「宮島君もお隣に住んでるんでしょ? ねっ、それなら、宮島君にも顔出してもらって、テスト勉強も百物語の練習も同時にできるじゃないっ」

「ああ、うん……。俺は就寝時は自分の部屋に帰るけどね……」

「そこは適宜、健全に計らって頂くとしてっ。ねっねっ、浅桜さん、どうかしらっ!?」

「あっ……えっと……そ、それは、鈴鳴さんがいいって言わないと……」


 前髪の下でお目目ぐるぐるといった風情のちえり。すごいな、コイツがツッコミ役に回らされるなんて……。

 でも、口元の緩み方を見る限り、お泊まり会自体は決してイヤがってはいないようにも思える。彼女なりに、空白だった世界が誰かとの予定で埋まっていくのが嬉しいんだろうか。


「そうねっ。じゃあ宮島君から鈴鳴さんにお願いしてもらってもいいかしら? コーディネーターのプロだもんねっ」

「プロって言うならお金貰わなきゃ……」


 なんて、新月にいづきさんが言いそうな冗談を口にしながら、流れでスマホを取り出してしまう俺なのだった。

 ……やっぱり、断れない系って俺のことだったっけ?



***



 そして、四月一日さんほどではないにせよ、霊能業界屈指の「陽」属性JK(俺調べ)と名高いウチの姉弟子が、カワイイ歳下の友人からの誘いを拒むはずもなく。

 お泊まり会には秒でOKが出て、あっという間に週末がやって来たのだった。

 ちなみに、この数日の間にも、例によってクラスメイトからダンナさんだの浅桜さん係だのとはやされたり、文化祭に神月しんげつアミカを呼べないかと軽いノリで相談されたり、一部生徒の憧れの的らしい四月一日さんと接近していることで謎のジェラシーの目を向けられたり……と色々あったのだけど、そのあたりは報告を求められてもざっくりで流したい。というか、最後の件に関しては、ちえりの存在がある意味で防波堤になってくれていて、ちょっと感謝したくらいである。


「じゃあー、第一回『ちえりちゃんを囲む会』の開催を祝してー、かんぱーい」


 今適当に思いついたような会合名を口にして、ジュースで乾杯の音頭をとる鈴鳴さん。

 ところは鬼灯かがち姉妹の居室のリビング。宅配のピザやパスタにサラダ、それにお菓子類が所狭しと並んだローテーブルを囲むのは、彼女と四月一日さん、主賓(?)のちえり、付き添いの俺の四人。

 男女比の偏りにはもう慣れたけど、普段立ち入ることもない女子の生活空間に足を踏み入れるのはさすがに緊張するな……。なんだか空間全体にフローラルな香りが立ち込めたりしてるし……いやこれは清めの塩代わりの芳香剤ファ◯リーズ結界か。

 乾杯といただきますの挨拶も早々に、陽キャ同士はもう会話を弾ませている。


「今日は無理言っておジャマしちゃってすみませんっ。今更ですけど、カフェの方は大丈夫なんですか?」

「問題ないよー、今夜はトモと他のスタッフさんが頑張ってくれてるし!」


 鈴鳴さんの言葉通り、今頃はただの猫のふりをした師匠と、その正体を知る新月にいづきさんが、他のスタッフと一緒に店を回してくれているはずだった。


「それなりにイヤミは言われましたけどね。『ボクが働いてる間にそっちはお楽しみなんだ』とか」

「よくゆーよ、ほとんどシフト入らないくせにー」


 冗談めかして口をとがらせる姉弟子だったが、そうは言っても、俺達が任務しごとでバイトに入れない時もそんな感じで助けてもらっているので、なんだかんだで店に欠かせない人員ではある。少なくとも師匠が猫になっている内は……。

 ついでに言うと、ちえりのお母さんは外泊の心配より何より、我が子にそんな友達ができたことに感激して、喜んで送り出してくれたらしい。そのあたりは、姉弟子がこまめにラインで連絡を取ってくれていることも大きいのだろう。


「あーあ、アミカさんも参加してくれたらいいのになー」


 わざとらしく願望を述べた四月一日さんは、それからコロっとモードを切り替えて、


「浅桜さんも、今夜は楽しみましょうねっ」


 俺の隣にくっついてピザの端っこをもぐもぐやっているちえりに、明るく笑いかけてくるのだった。


「あっはい……。あっあの、テスト勉強は……」

「そんなの明日起きてからでいいわよっ。それより百物語の練習するんでしょ?」

「ちえりちゃんにとっては、百物語の会自体が文化祭のための訓練だから、言うなら今日は練習の練習だけどねー」


 姉弟子がわかりやすく状況を整理してくれたところで、ちえりはコップのジュースをこくんと飲み干して、


「あっ……じゃあ、みっ皆さんご自慢の怖い話、はっ拝聴させていただきます……」

「いや、お前も喋るんだよ?」

「あっそうですよね……ふふっ……」


 思ったより楽しそうに、口元にかすかな笑いを浮かべていた。



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