第17話 断れない系

 文化祭……?

 初出のワードに目をしばたかせる俺に、クラスメイト達の親切な説明が降りかかる。


「ほら、ウチの文化祭って来月でしょ?」

「そうそう、クラスごとに出し物やるって先生言ってたじゃん。あっ宮島君はまだ居なかったか」

「ホラこれこれ、年間の予定表!」


 ご丁寧にスマホに表示してくれた学校の予定表を見ると、なるほど確かに、六月末のところに「醍醐だいご祭」の文字が踊っていた。

 漫画やアニメなんかだと、文化祭イベントは秋のイメージがあったけど……。

 意外に思いながら隣に目をやると、ちえりは金縛りに遭ったように体を硬直させつつも、一応会話に入る意思はあるのか、おずおずと誰にともなく尋ねていた。


「あっ……ぶ、文化祭って秋の風物詩じゃないんですね……」

「最近じゃ、六月あたりにやる学校も増えてるらしいよー」

「そっそうなんですね……。あっ、じゃあ皆さん、どうぞお楽しみください……」

「浅桜さんも参加するの!」

「えっ……あっ……」


 前髪の下でオロオロと目を泳がせていそうな陰キャ少女をよそに、陽キャ達は「楽しみになってきたねー」なんて言って盛り上がっている。


「中間テストが終わったらすぐ準備始まるって、先輩達が言ってたからさ」

「マジで浅桜あさくらさん主演のホラー劇場とかいいんじゃね? ほら、幽霊役なら黙って立ってるだけでもいいし」

「えーでも、せっかくピアノ弾けるんだから幽霊少女の弾き語りとかしてもらおうよっ」


 なんだかんだで皆、コイツの個性をちゃんと見てくれてるのな……。

 と、変な感慨を覚える俺だったが、当のちえりは完全に思考回路がフリーズした感じで、人形のように「あっ」「あっ」と繰り返すことしか出来なくなっていた。

 これは俺が止めた方がいいんだろうか、それとも。


「ダンナさんはどう思いますぅ?」

「そーそー、のごケンカイはいかがでしょー」


 ちょうどマイクのジェスチャーを向けられたので、俺はちえりに視線を落としながら「まあまあ」と皆に応える。


「あんまり一度に光を当てられすぎると、コイツ、退散されちゃうからさ」

「あ、幽霊だから光に弱い的な?」

「浅桜さんが悪霊退散されちゃったら困るなー」

「まず悪霊ではないっしょ」


 ひとまず話の方向性が変わってくれたことに安堵しつつ、俺はフリーズしっぱなしの幽霊少女の様子を観察してみる。

 見た目通りイヤがってる可能性が高いとは思うけど……。コイツの場合、内向的なようでいて変に妄想が前向きなところもあるから、もしかしたら内心まんざらでもないってパターンもありえるからな……。


「まー、まずは中間を乗り切ることだよね」

「浅桜さん勉強は大丈夫? 今更だけど、ウチらのノートとか必要だったら見せるからさっ」


 どんどん話が切り替わっていく陽キャのペースを前に、俺自身も目が回りそうになりながら、「だってさ」とちえりの目の前で手を振ってやる。


「あっ……ありがとうございます……」


 何とかフリーズから再起動して皆にペコペコする幽霊少女だったが、その動作はいつも以上にぎこちないままだった。

 中間テストは俺にとっても他人事じゃないんだけど、それ以上に気にかけるべきことが出来ちゃったな……。



***



 そんな経緯を経て、放課後の心霊カフェ。

 今日もちゃっかり俺に付いてきたちえりは、開店前の店内でカウンターに突っ伏し、呪詛じゅそめいた言葉を一人で延々と呟き続けているのだった。


「ふふっ……どうしよう……こっこのままだと文化祭という陽キャの聖域で晒し者にされてしまう……。こ、これが願いの反動……。確かに、友達が欲しかったとか……人気者になってみたかったとは言いましたけど……ふふっ、身の程を越えた願いは自分の身に返ってくるんですね……」

「猿の手じゃねーんだから」


 イギリスの古典ホラーを引用して突っ込んでいると、姉弟子の鈴鳴りんなさんが、抱えた猫の手をふにふにしながらカウンターから顔を出してきた。


「イッツー、今日のちえりちゃんどうしたの? いつもより陰キャ度が増してない?」

「なんか、文化祭の出し物でメインキャストに据えられそうになって、困り果ててるんですよ」

「文化祭? イッツーの学校ってこんな時期に文化祭やるんだ」

「なんか最近は夏前にやるとこ増えてるらしいですよ」


 俺がクラスメイトからの受け売りをそのまま披露したところで、ちえりはビクッと上体を起こし、「あっ……そうだっ」と、か細い声を店内に響かせた。


「文化祭の話し合いが始まるまでに、私がクラスからいなくなれば……。で、でも、仮病で学校休むなんて、また先生やお母さんに迷惑掛けちゃうし……」

「そこは罪悪感みたいなのあるんだ」

「あっ、そうだ、せっかく中間テストがあるんだし……全部赤点取って退学になれば……!? わっ我ながらナイスアイディア……!」

「いや、そんな一発退学とかないだろ。なっても留年までだろ」


 鈴鳴さんの腕に抱かれた師匠(猫)も、「留年になってもこの一年は同じクラスだろ……」と突っ込みを被せてくる。

 いよいよ万策尽きたという感じで、ちえりは「じゃあっ」と俺に前髪越しの視線を向けてきた。


「の、残された道は……ふっ不純異性交遊で退学になるくらいしか……!」

「いや、そんな一筋の希望みたいな空気で見られても」

「いっイツキ君っ、わわわ私と放課後の音楽室でイケナイことしませんかっ……!?」

「幽霊ごっことか?」


 苦笑いしている姉妹を横目に、そろそろ陰キャ漫才の応酬に疲れてきた俺は、カウンターにそっと手をついて言った。


「断る勇気が出せないくらいなら、お前が変わった方がいいんじゃないの」

「ふぇっ……」


 実際、それは俺の本音でもあった。本当は友達が欲しいと願っていた彼女にとって、クラスメイトが心霊ネタで持て囃してくれる今の状況はまたとないチャンスだろうし。


「そうだよっ、ちえりちゃん」


 鈴鳴さんも横から優しく同意してくる。

 虚を突かれたように体を縮こまらせていたちえりだったが、数秒置いて、白い手をかすかに握り締めて。


「あっ……。そ、そうですよね……逃げてばかりじゃなくて……」


 珍しく顔を上げたまま、胸の前で握った両手に力を込めて、


「ちゃんと……文化祭なんて出たくないですって自己主張する勇気を……」


 俺達が思ったのと逆のことを言い出すので、俺と姉弟子は揃ってズルっと肩を落としてしまった。


「いや……うん、まあ、それでもいいかもしれねーけど……」


 出来ないことを出来ないと言うのも仕事の内っていうしな……。断れない系コミュ障から、せめて拒める系女子にレベルアップできるなら……。

 と俺が諦めかけたところへ、鈴鳴さんが「それじゃさっ」と声を弾ませた。


「ウチで場慣れしたら? ピアノでも語りでもさっ。ここのお客さんなら心霊キャラは喜んでくれるだろうしー。ねっ、お姉ちゃん」


 さらっと経営者の同意を取り付けながら、店内の小さなステージを手で示す姉弟子。心霊系のトークショーや百物語の会で使われる場所で、俺も師匠命令で何度もそこに立たされたことがある。

 ちえりは想定外という感じで震え上がり、「でっでも……」と声まで震わせていた。


「わっ、私みたいなポルターガイスト以下が、つまらない演奏や話を披露したりしたら……お店の迷惑になっちゃいますよ……」

「別に迷惑ってことはないけど。いいんじゃない? ウチの空気にはハマってるから」


 妹の腕に抱かれたまま、さらっと外堀を埋めてくれる師匠だった。


「だいじょーぶだよ、動画のカメラの前でなら喋れるんだからさっ。キャラも普段通りのちえりちゃんのままでいいし」

「ちょうど百物語が来週末だな。『幽霊少女出る』ってSNSで告知するか……」


 姉妹の合わせ技でトントン拍子に話を進められ、ちえりの口元の緊張は、次第にかすかな笑みへと変わっていった。

 動画の話の時と同じ……。これは、コイツなりに興味を示した時の表情だ。


「じゃ、じゃあ……イツキ君も一緒にやってくれるなら……」


 まさしく冥界に誘う霊のように、すうっと俺に手を差し出してくるちえり。

 師匠姉妹の目が注がれる中、俺にそれを拒む自由があるはずもなかった。

 ……あれっ、断れない系ってむしろ俺のことなんじゃ?



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