3. 百物語の夜

第16話 新たな困難

「あっおはようございます……ふふっ、今日も絶好の登校日和びよりですね……」


 登校エスコートが日課になって半月ほど経ち、ちえりの神月しんげつアミカのチャンネルへの出演も二度目を数えたある日。

 今日も今日とて、学校の最寄り駅の外で忠犬ハチ公のごとく俺を待っていた隠キャ少女は、アミカのお決まりのフレーズにも似た変な挨拶を繰り出してくるのだった。


「ああ、おはよ……。今更だけど、そのナントカ日和っての、あの人の動画に出る前から言ってたけど何? 業界ではお馴染みの言い回しなの?」

「あっ……にっ日本の一般的な時候の挨拶かと……」

「それを使う場面が一般的じゃないって言ってんの」


 まあいいや、と突っ込みモードを打ち切って一緒に歩き出した直後、ちえりは俺の背中をツンとつついて「あっ……」と一言。


「ふふっ……わかっちゃいましたよ、私……」

「何が?」

「あっ、さっきの、業界ではお馴染みの云々ってやつ……。あれって……イツキ君の方がよっぽど心霊業界には造詣ぞうけいが深いのにっていうのを前提とした……クールでシュールなギャグ……」

「わかってんならいちいち解説しないでくれる!? なんかこっちが情けなくなるからさあ!」

「あっふふっ……すみません、そちらの業界の常識にはうといもので……」

「除霊してぇ……」


 自分のひたいを押さえて溜息を吐いたとき、後ろから誰かがポンっと俺の肩を叩いてきた。


「おはよー、お二人さん、今日も夫婦めおと漫才が冴えわたってんねー」

浅桜あさくらさん、新しいピアノの動画見たよー!」


 朝から元気なクラスの陽キャ達。適当に挨拶を返す俺の声をもかき消す勢いで、数人が周りに集まっては、テンション高く声を掛けてくる。

 ただでさえ、目立たず騒がずを信条とする俺の想定に反して、何かと俺達に構ってくれる彼らだったが……。ちえりがアミカの動画に幽霊少女として出るようになってからは、ただちにその情報はクラスの内外に知れ渡り、一層の注目を集めてしまっているのだった。


「ってか、クラスの子がアミカさんの動画に出てるなんてまだ信じられないしー」

「宮島君は出ないの? 友達なんでしょ?」

「いや、友達ってほどじゃないんだって……。俺は何も面白いこと出来ないしさ」


 アミカこと新月にいづきさんは、「本職」の俺を動画に引っ張り出すのをまだ諦めていないフシもあるけど、さすがにガチの除霊の光景を全世界に発信なんてしたら師匠から大目玉を食らうしな……。


「あるじゃん、面白いこと。浅桜さんとの陰キャコント」

「陰キャコントって」


 別に俺もコイツもウケ狙いで陰キャをやってるわけじゃないんだけど……と思いながら校門を入ったところで、背後からまた一段と明るい声。


「宮島くーん、浅桜さーん、おはよーっ」


 振り向くまでもなくわかるキラキラオーラ。隣のクラスの四月一日わたぬきさんだ。

 ちえりが「あっ……」に続いて挨拶を返すのも待たず、明るい髪に短いスカートのクイーンオブ陽キャは、食らいつくような勢いで言葉を弾ませてくる。


「浅桜さん、いつの間に新しい動画なんて収録してたのっ!? 宮島君も知ってたら声掛けてくれたらよかったのにっ。今度こそ私も駆け付けようと思ってたんだからっ」

「あ、うん……」


 悪意のカケラもなくまくし立てる彼女には、「またしても何も知らない四月一日わたぬき三葉みつばさん(16)」のキャプションがよく似合いそうだった。

 そこで、他の生徒と比べればまだ彼女とは話しやすいらしい元幽霊少女(15)が、顔の横で小さく挙手する仕草とともに切り出す。


「あっ……あの、アミカさんが……『三葉みつばには、ずっとボクのファンの立場でいてほしいから』……『だから収録には呼ばないんだ』……って言ってましたよ……」

「ほんとっ!? アミカさんが私にそんなふうに言ってくれるなんて感激っ!」


 ていよくパーティからハブられているのを知ってか知らずか、陽キャ女子は両手を胸の前で握ってはしゃいでいる。それを見ていたクラスメイトの一人が、「四月一日さんって、アミカさんって人に避けられてるの?」とコッソリ俺に耳打ちで尋ねてきたので、俺は無言の苦笑いで応えた。


「てかさー、三葉ちゃん、浅桜さんと仲いいの?」


 下駄箱で上履きに履き替えながら、女子の一人が尋ねる。


「モチロンよっ! 私と浅桜さん、名字も春繋がりで相性いいんだからっ」

「えー何それ?」

「あっホントだ、四月と桜だもんね!」


 きゃいきゃいと盛り上がる陽キャ達と対照的に、こっちの桜属性は相性のよくなさそうな陰キャオーラを纏いながら。


「あっふふっ……桜は桜でも……わっ私のは死の象徴の桜なので……。ふふっ、桜の由来になった木花コノハナ咲耶サクヤビメも短命だったそうですよ……」

「このはな……?」

「浅桜さんって面白いけど、たまによく分かんないよねー」

「ホラ浅桜さん、足元気をつけてっ」


 そこは「たまに」でいいのか?と突っ込みたくなる俺をヨソに、普通に女子に囲まれ続けてアワアワしているのだった。


 こうして、浅桜あさくらちえりは陰キャのボッチ少女から一転、学校の人気者になったのでした、めでたしめでたし……

 とは行かないのが、コイツの面倒なところで。



***



「あっ、イツキ君どこ行くんですか……」

「トイレだよっ」

「あ、じゃあ……前で待ってます……」

「だからなんでだよ!」


 これこそが最大の予想外というか。

 学校でちえりに話しかけてくれる相手が増えれば、そのぶん俺ばかりが彼女に構わなくてよくなるかと思いきや……。なんとコイツは、以前にもまして学校でも俺の後をベッタリ付いてくるようになったのである。


「あっ……だって、私だけで教室に居たら……皆が話しかけてくるので……」

「結構なことじゃん。友達欲しかったんだろ?」

「そ、それはそうですけど……。だ、だからって、急に話しかけられても対応に困るっていうか……。コミュ障は基本、前もって台本考えておかないと喋れないですし……」

「国会答弁か何かなの?」


 ちえりが「あっ今のは……」と俺の発言を解説しようとするのを遮って、俺は早足でトイレに逃げ込む。

 なるはやで済ませて教室に戻ってくると、案の定、クラスメイトの「陽」の気に囲まれて肩身を狭くしている陰キャ少女の姿があった。


「あっ帰ってきた。ダメじゃん宮島君~、大事な浅桜さんを置き去りにしたらー」

「いや、しょうがないでしょ……」

「浅桜さん、寂しくさせると幽霊になっちゃうよ?」


 もうなってたんだけど……というのはともかく、人のことだと思って完全に楽しんでいるクラスメイト達だった。

 やれやれと思って俺が自席に腰を下ろすと、たった数分が待ちきれなかったかのように、ちえりは隣の席からすっと身を乗り出してくる。


「ふふっ……花は花でも花子さんだったら……お手洗いにも自然に付いて行けたのに……」

「その場合、逆にトイレから出れないけどいいのか? つーか令和の時代に花子さん型の地縛霊なんか居ねーよ」


 あと花子さんが出るのは女子トイレだろ……と思って頬杖をついた俺に、周囲からの陽気な声。


「宮島君って、たまにガチの霊能力者みたいなこと言うよね」

「そーそー、事情通って感じ?」

「まあ自己紹介が『オバケが出そうなスポット教えてください』だもんねー」

「実は浅桜さんを幽霊から守るために、国際ゴーストバスター協会から送り込まれたとか?」


 残念、ウチの組織の管轄範囲は東京都レベルなんだ……という言葉を胸先あたりで飲み込んだとき、陽キャの一人から思わぬ一言があった。


「そうだ。文化祭の出し物、なんかそういう心霊関係の演劇とかいいんじゃね?」

「はい?」


 何やら新たな困難が襲ってきそうで、思わず目をしばたかせる俺だった。



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