第15話 収録デビュー

 そして、引き合わせから数日を経た週末の夜。

 神月しんげつアミカこと新月にいづきさんは、さっそく浅桜あさくらちえりを伴い、霊能協会が管理する除霊済み廃病院での動画収録に臨んでいるのだった。

 パーティは新月さんとちえり、それに監視役として師匠に送り込まれた鈴鳴りんなさんと、雑用兼の俺の四人。もちろん、俺が貴重な男手としてキーボードを背負わされたのは言うまでもない。どこかのガールズバンドから借りてきたらしく、女子でも運べる軽量型だったのが不幸中の幸いというべきか……。


「どう、ちえり。ムードあるロケーションでしょ」


 朽ちた廊下をスマホのライトで照らして歩くさなか、フード付きトレーナーを纏った新月さんが振り返ってくる。


「あっはい……だっ誰からも顧みられなくなった廃墟って……自分の境遇と重なって落ち着きます……」


 キーボードを背負った俺の隣をぴったりくっついて歩きながら、ちえりは答えた。

 ちなみに今夜の幽霊少女は、初めて心霊カフェに来た日と同じ、メリーさんタイプの浮遊霊を彷彿とさせる白いワンピースを纏っている。本人の好みか親の好みかは知らないけど、生きた人間でその服装がこんなにハマるのも珍しいだろうな……。


「ていうか、今更だけどさ」


 俺がふと切り出すと、ちえりは「はい?」とかすかに俺を見上げてきた。


「こんなに頻繁に連れ回して大丈夫なのか? お母さん心配してない?」

「あっ、大丈夫です……。むしろ、お母さんもお父さんも、私に一緒に行動する相手ができたって喜んでくれてるので……」

「ふうん、まあそっちがいいならいいんだけどさ……」


 そこで、パーティの最後尾から、鈴鳴さんも「だいじょーぶだよ」と明るい声で言ってくる。


「あたしからも、ちえりちゃんのお母さんに頻繁にラインしてるしー。てか、イッツーも改めてちゃんとご挨拶行かなきゃダメだよ?」

「ええ、まあ、そうですね……」

「あっ……きっ、『君にお母さんと言われる筋合いはないっ』なんて……ふふっ」

「本当に筋合い無いんだよ」

「あたしはフツーにお母さんって呼んじゃってるけどねー」


 病室以来、親御さんとの連絡をあね弟子でし任せにしているのは、俺も気にならないでもないけど……。まあ、そこは適材適所ってことでいいんだろうか。


「そういえばトモ、三葉みつばちゃんには声かけてあげなかったの?」


 姉弟子が出し抜けに四月一日わたぬきさんの名前を出すと、前を行く新月さんはヤレヤレとばかりに首を振った。


「三葉に来られると陰気なムードが壊れるから。他の女友達のところにお泊まり会してる日を狙った」


 いや、さらっと四月一日さんの予定を把握してるのも怖いですけど……。

 というか、後から「なんでアミカさんの収録予定教えてくれなかったのっ!?」って、キラキラオーラを照射しながら詰められるのはこっちでは、なんて思って戦慄する俺だった。



***



 そんなこんなで、埃の積もった病室の窓際にキーボードを運び込み、幽霊少女の動画収録が始まった。


「じゃあ、ちえり、思うように弾いてみて」

「あっ……えっと、リクエストとかは……」

「こういうとこで幽霊が弾いてそうな曲だったらなんでも」

「……あっ、じゃあ、黒津くろづ英師えいじさんで『海辺のゴースト』……」


 三脚にセットされた新月さんのスマホの向こうで、割れた窓からの僅かな月明かりに照らされ、ちえりの細い指がキーボードの鍵盤を叩き始める。

 静かで物悲しい、それでいて自分の存在を主張するようなメロディ。口元の緊張が次第にほぐれるのと連動するように、曲調も徐々に勢いを増していく。


「さすがに上手だねー」

「バンドの子より普通に上手い」


 初めて聴く彼女の演奏に、鈴鳴さんと新月さんも素直に感心しているようだった。

 機械のような正確さと、その中に見え隠れする感情表現。音楽に詳しくない俺の耳にも、その音は世界に取り残された幽霊の切ない叫びのように響いてくる。

 本人いわく、これでもピアニストを目指せるレベルには程遠いというから、ピアノ界の層の厚さって凄いんだな……。


「それでさ」


 ちえりが演奏に集中している間を狙ったのか、新月さんは横目にチラリと俺を見て、淡々とした口調のまま尋ねてきた。


「イツキは実際、あの子と本気で付き合ってく気あるの?」

「……それは」


 いきなりダイレクトに聞かれるのは予想外のような、いやどこかでそうなるのは分かっていたような。

 鈴鳴さんもシリアスな空気を察したのか、いつものように「あたしという幼馴染がありながらー」なんて茶々は入れてこない。


「そりゃあ、今更ないって言うのも……。アイツがまた生霊いきりょうになったら困るのは確かですし……」


 結局、自分の中でもまだ折り合いが付かないことなので、俺は思うままを答えるしかなかった。


「でも、開き直ってカノジョにしちゃうのも、なんか既成事実に付け込む感じで、それはそれで心が痛むというか……」

「イツキの言うことはわかるけどさ」


 スマホの画面から目を離し、シャープな視線を俺に向けて新月さんは言う。


「どっちつかずは良くないよ。中途半端な優しさは相手を傷付ける」

「……なんか、『経験者は語る』みたいな雰囲気ですね」


 その瞬間の彼女は、普段の胡散臭いクール気取りとは違って、珍しく歳上らしいオーラを纏っているように見えた。


「まあねー。トモが中学の三年間で泣かせた女の子の数、両手の指じゃ足りないから」


 さらっととんでもない事実を暴露する姉弟子と、「だから高校では封印してる」と同じくさらっと言ってのけるダウナーガール。

 まあ、配信者属性抜きでも同性からモテそうなのは、何となくわかってはいたけど……。

 この人にはこの人なりの大変さがあったんだろうな、なんて、ちょっと素直に頷いてしまう俺なのだった。


「……多分、アイツの素顔を先に見ちゃったからなんですよ。俺が割り切れないのは」


 朽ち果てた病室にちえりの演奏が響く中、俺は先輩達の前で思考を言葉にしてみる。


「その時は、幽体になってるのが本人だなんて夢にも思わなくて、ただ被害者の可愛い子として認識しちゃってたんで」

「イッツー、わかりやすく一目惚れしてたもんねー。あたしが隣にいるのに失礼しちゃうよ」


 今度こそ下らない茶々を入れてきたのは、姉弟子なりの優しさなんだろうか。


「……それで、俺が仮にでも恋人になるって言ったのは幽体のアイツなわけで。後からそこが同一人物だったって言われても、『やった、あの可愛い子と付き合える』とはならないっていうか。そういうの、なんかタナボタみたいで釈然としないじゃないですか」

「ふうん? 三葉はのボクにも構わずキュン死してたけどね」

「それとこれとは全然話違いません?」


 アミカ信者の生き死にはともかく。俺自身、改めて口に出してみることで、モヤモヤした感情の正体が見えてきたような気がした。

 病室の眠れる美少女を見て、出来ることならこういう子と青春を謳歌してみたいと思った経緯があったからこそ……。

 それが図らずも実現してしまったタナボタ的ラッキーを、良しとは出来ないのが今の俺の感覚なんだろう。


「ボクが言うことでもないけど、イツキもなかなか捻くれた子だね」

「……まあ、否定はしませんけど」

「健全な高校生男子なら、もっと情欲全開でいいと思うけど」

「ダテに子供の頃から、情欲に狂って死んだ人間の末路ばっかり見せられて育ってないんで……」


 失恋の八つ当たりで生者に迷惑を掛けまくった霊、元恋人への仕返しに躍起になっていた霊、色々いたなぁ……なんて思い返していると、ふいに新月さんはスマホを三脚ごと取り上げて、


「じゃ、ちえりの方に聞いてみるか」

「え?」


 ちょうど演奏を終えたばかりの幽霊少女の元へ、スタスタと歩いていってしまった。

 取り残された俺が、姉弟子と顔を見合わせること数秒。


「なに話してるんでしょうね」

「ろくでもない話してなきゃいいけどねー」


 見れば、スマホのカメラを向けてインタビューの真似事をしながら、ちえりの髪をすっと指で挟んで持ち上げたり、何やらあごクイのような動作までしている新月さん。いや本当に何やってるの……?

 そのまま数分ほど話していたかと思うと、また何でもないように戻ってきて、何食わぬ顔で三脚を置き直し、「じゃあ次は悲恋っぽい曲で」とかちえりに指示を飛ばしてるし。


「あっはい、じゃあ……東野ひがしのカヤさんで『震えるほど好きなのに』……」


 先程の曲とはまた全然違う雰囲気で、ちえりは鍵盤に指を走らせ始める。


「ほんっとに何でも弾けるなアイツ」

「これはちょっと選曲古い気がするけどねー。でもほんと上手いなー」


 聴き入る俺と鈴鳴さんの横で、新月さんはまた声を抑えて言ってきた。


「イツキ、あの子は本当に君に惚れてるみたいだよ」

「えっ……」


 思わぬ一言……というわけでも別にない、何かそんな感じのことを言ってくるのは読めていたのに、それでもいざ聞かされるとドキリとしてしまう俺がいた。


「大事にしてあげないとたたられるかもよ」

「それは困りますけど……。ってか、一体どういう話してたんですか」

「それはしっかり撮ってあげたから、後で確かめて」

「……いや、俺との関係とか動画に出すのはナシですからね!?」

「わかってる、わかってる」


 ぺろりと舌の先を出す配信者と、如才なく「それは協会的にもダメだよー」と釘を刺してくれている姉弟子。

 そんな俺達の様子を知ってか知らずか、割れた窓の下で物悲しいラブソングを弾き続けるちえりは――、


 その口元に少し、満足そうな笑みを浮かべているように見えた。



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