第14話 そのままの君で

「まあ、ボクも鈴鳴りんな真央まおさんからは聞いてるんだけどさ」


 ファースト・コンタクトから約十分後。頬杖ほおづえの姿勢で俺達と丸テーブルを囲む新月にいづきさんは、俺とちえりの簡単な説明を聞き終え、ジンジャーエールの氷をストローでカランと鳴らして言った。


「つまり、ちえりはピアノを弾く霊とやらの正体で、死に上がり少女ってことでいいんだよね」


 部外者の四月一日わたぬきさんも同席している手前、話の肝心なところはボカしてあるが、新月さんは俺が除霊師として現場に赴いたことも当然承知済みのはずだった。俺達のトークを座布団の上から見守っている師匠(猫)が、なんでもない様子でアクビなんかしているのがその証拠だろう。

 まあ、部外者と言うなら新月さんも本来そうなんだけど……というのは、もう何年も前に通り過ぎた話だった。


「あっはい……や、やっぱり本当に死んでた方がお話として面白かったですよね……ふふっ、生きててすみません……」

「別にそんなこと言ってない。むしろ、本当に死んでたらボクは関われないから、生きててくれてよかったよ」

「えっ、ひぇっ……!?」


 ダウナーな表情を変えることもなく繰り出される恥ずかしげもない一言に、死に上がり少女は硬直し、陽キャ女子は「きゃあっ」とわざとらしく両手で頬を押さえている。


「アミカさんっての言葉もクールで素敵っ! もし私がそんなこと言われたらだって昇天しちゃいますっ」

三葉みつばはそのまま成仏してくれていいよ」

「っ!? なっなな名前っ!? アミカさんがっ私のっ……!? わっ、私は今天国にいますぅ……」


 本当に湯気を噴き上げそうな勢いで天を仰ぎ、そのまま放心状態をキメる四月一日さん。

 コミュりょくおばけの陽キャクイーンに、まさか神月しんげつアミカの省エネトークが特効だったとは……。というか、俺はバイト前の限られた時間に一体何を見せられているんだ……?


「ふーん、これがキュン死ってやつか」

「生き返ったら引き取ってあげてくださいよ?」

「ヤだよ。ファンの子をタラすほどボクは飢えてない」

「知りませんけど……」


 それから、新月さんは本命のちえりに視線を戻し、「それでさ」と僅かに身を乗り出す。


「ピアノ、結構弾けるの?」

「えっ……あっ、はい、一応、人並みくらいには……」


 自分に興味を持たれるということに慣れていないのか、ちえりは俺の時より随分と謙遜した言い方になっていた。


「いや実際、上手かったですよ。有名な曲は大抵弾けるとか言ってましたし」


 と助け舟を出してやると、幽霊上がりはうつむきの角度を深くして、「まっまあ……」とか細い声を絞り出している。

 そんな俺達を見て、新月さんはふっと口元にクールな笑みを――

 いや、俺も何度か見たことがある、何やら悪巧みをしているときの笑みを浮かべて言った。


「いいね。ちえり、ボクのチャンネルに出てみない」

「ふぇっ!?」


 思いっきり裏返る陰キャ少女の声。時を同じくして、いつの間にか天国から帰ってきていた四月一日さんが、横から「えっ!」とびっくりした声を出す。


「ずるいずるいっ、アミカさんっ、私ピアノは弾けませんけどメイク紹介とかだったらお役にっ」

「三葉、いい子だからちょっと黙ってて」


 グイグイ身を乗り出してくる陽キャ女子の頭に、新月さんの片手がポンっと乗せられる。そのさりげない一動作で、漫画だったら「ぷしゅーっ」と蒸気を噴出させたような顔面になって、四月一日さんは今度こそテーブルに突っ伏して沈黙してしまった。

 すごいなダウナーガール……。この人も何かの能力者だったっけ……?


「それで、ちえり、どうかな」


 何でもないように本題に戻る新月さんと、「あっ……」と声を出しながら四月一日さんと俺を交互に見ているちえり。

 彼女を落ち着かせるためか、それともただのマイペースか、新月さんは淡々と自分のプランを語り続ける。


「ちょっと話しただけでビビっときた。ちえりのキャラにはカネの匂いを感じる」

「金って……」

「ほの暗いロケーションでピアノを弾く自称幽霊少女の配信とか、普通にバズるんじゃない。廃墟とかにキーボード持ち込んでさ。本物の幽霊と違ってしっかりカメラに映るわけだし」


 座布団の上から師匠が「にゃーう」と鳴いて新月さんをニラむ。今のは多分、「別にいいけど羽目を外しすぎるなよ」くらいの合図だろうか。四月一日さんが居なければ直接会話に入れるものを、猫の身も大変だな……。


「ちなみに、収録はが除霊済みの場所でやるから、安心安全だよ」

「あっ……で、でも」


 ちえりは新月さんの前のグラスあたりに前髪越しの視線を向けて、もじもじと両手をすり合わせている。


「わっ私なんかが出ても……たぶん視聴者の方のお目汚しにしかならないですし……ぴっピアノだって、本当に大したことないですし……」


 ここにきて煮え切らない態度を崩せないちえりだったが、その言葉の裏に「本当はやってみたいけど……」という気持ちを押し込めているのが、俺にはわかるような気がした。

 学食でも心霊チャンネルに興味がありそうな反応をしていたし、何より僅か一日前、夕暮れの屋上で、あの世から動画投稿するのが楽しみと言っていたコイツの横顔は忘れられない。


「いいじゃん、やってみたら。せっかく誘ってくれたんだからさ」


 俺が言うと、ちえりは「はぇっ」と体をビクつかせた。


「少なくとも素人の俺が聞いた限りじゃ、お前のピアノ、メチャクチャ上手いと思ったし」


 ウソも方便を信条とする師匠の前だが、それは俺の本心からの感想だった。

 ちえりはそのまま数秒固まっていたが、やがて俺を見て、師匠を見て、新月さんを見て、ついでに昇天状態の四月一日さんを見て、それからおずおずと口を開いた。


「じゃあ、あの……わっ私でよければ……どうぞ物言わぬ道具としてこき使ってください……」


 僅かに顔の角度を上げて、新月さんを見上げるちえり。「よかった」と応じる新月さんの目に¥マークが浮かんでいそうなのは、この際気にしないことにしよう。

 実際、ちえり自身の興味と新月さんのビジネスプランが合致しているのなら、案外いい取り合わせなのかもしれないし。ちえりがその活動で生き甲斐を見出してくれれば、もう生霊いきりょうになったりしないだろうし。


「じゃあ、今度さっそく収録しよう。キーボードはバンドやってる子から適当に借りるからさ」

「あっはい……。あっでも、私、ほんとは生きてるのに、幽霊少女を名乗って出たりしたら……アミカさんにご迷惑になっちゃったりしませんか……?」


 喜びも束の間、何やら変な心配を始める元幽霊少女だった。


「あっ、ヤラセがバレて炎上して、醍醐だいご高校の浅桜あさくらちえりだって秒で特定されて……わっ私を人身ひとみ御供ごくうに捧げても火の手は収まらず……アミカさんまでネットリンチに遭って、チャンネルはBANに追い込まれちゃったり……」

「イツキ、やっぱり面白いね、この子」


 ネガティブな方向に妄想力を発揮して震えているちえりを、新月さんは笑って見下ろしている。


「大丈夫、ちゃんと『自称』幽霊少女って設定で出すし。生きてるのに幽霊より幽霊っぽいのが面白いんじゃん」

「あっ……ふふっ、幽霊より陰気な陰キャですみません……あっ、いっそのこと、そんな私が本当に死ねば、もっとキャラとして完成するんじゃ……!?」

「いいから、いいから。ちえりはそのままのちえりで生きてて」


 殺し文句……いやこれは文句とでも言うんだろうか、とにかくクールな口調で甘やかされ、ちえりは「ふふふ……」と口元を緩ませている。


「あんまり現状を肯定するとコイツ調子乗っちゃいますから」

「乗ったら乗ったで面白いでしょ」


 浅桜ちえりの奇人ぶりを目の当たりにしても動じない系女子、それが神月アミカこと新月友子ともこさんなのだった。

 やっぱり変人は変人を引き付けるのかな……。まあ俺もそんなに立派なもんじゃないけど……。


 と、そこで、勝手口の扉が開いて、賑やかな声とともに今夜のバイトの相方が姿を見せた。


「おっはよー、イッツー! あれっ、トモ来てたの? 今日シフトじゃないでしょ? あっ、ちえりちゃんも! えっとそちらは?」


 意外な顔がいくつもあって、驚くのに忙しそうな鈴鳴りんなさん。

 再び生き返った四月一日さんが、例によって「四月しがつ一日ついたちって書いて……」の自己紹介をキラキラモードで繰り出し、あね弟子でしも営業スマイルで「鬼灯かがち鈴鳴りんなだよー」と応じている。さすが「陽」の気を持つ者同士はコミュニケーションがスムーズでいいな……。


「私っ、アミカさんの大ファンなんですっ」


 と黄色い声を弾ませる大ファンを指さして、新月さんは一言。


「ファンと会ってあげるかわりにタダメシ奢られに来た」


 ほら、やっぱりそういうこと言うんだよ、この人は。それはちえりと引き合わせるのでチャラでは?


「こーらー、動画の収入あるんだから自分で出しなさいっ。ねえ?」


 同意を求めるように鈴鳴さんが目をやると、師匠は新月さんに目を細めて「にゃーう」と一声鳴いた。

 猫の正体を唯一知らない四月一日さんが、無邪気に目を輝かせる。


「さっきから思ってましたけど、その猫ちゃんカワイイですねっ! 名前はなんて言うんですか?」

「なっ名前……? うん、マオだよマオ。よかったね~マオちゃん」


 喉元をくすぐる妹に猫パンチが飛ぶ。いや本当、我が師匠ながらおいたわしや……である。


「さっ、イッツー、今日もキリキリ働くよー」


 冥土メイドエプロンを巻いて張り切る姉弟子に、俺も「はい」と答えて立ち上がった。


「じゃ、お三方はテキトーにごゆっくり」


 そう言ってカウンターに引っ込もうとする俺に、ちえりが「あっ……」と何やら寂しそうに顔を向けてくる。知り合ったばかりの二人とテーブルに残されるのはさすがに心細いんだろうか。


「悪いけどバイトだからさ。まあ、二人と喋っててよ」

「そうよっ浅桜さん、私達とガールズトークしましょっ」


 四月一日さんがニコリと笑いかけるが、ちえりはそれでも俺の方ばかりを見て。


「あっ……わっ私と仕事と、どっちが大事なんですか……」

「だから何由来なんだよ、そのコテコテのセリフ」


 お前との付き合いがそもそも任務しごと寄りなんだけど……とは、いくら俺でも言わないが。


「イツキ、そういう時の模範解答は『そんな質問させてゴメンな』で抱き締める、だよ」

「じゃあ新月さんがそれやっといてください」


 若干、狼の前に羊を残していくような不安がないわけでもなかったが……。

 その後、何だかんだで、動画の話や心霊体験の話をぎこちなく二人と交わすちえりを見て、俺の口元も少し緩んだのだった。



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