第13話 陰キャと陽キャと配信者

『マオさんにカギ開けてもらうから、五時頃にお店に来て』


 新月にいづきさんからはラインのメッセージでそんな指定が来た。今日は俺自身がシフトに入っていることもあり、手っ取り早くバイト先で話を済ませようということだろう。

 心霊カフェの営業開始は夕方六時。あの人の性格を考えると、たぶん手間賃と称して何か奢らされるまでセットだよな……。


「それにしても、今日お願いして今日会えるなんて! 宮島君ってコーディネーターの才能あるのねっ」


 ちえりと俺と三人で電車に揺られながら、四月一日わたぬきさんが明るく声を弾ませてくる。

 いや、俺だって、次から次へとこんなスピード展開が続くとは思ってなかったよ。昨日の今頃はまだ浅桜あさくらちえりが生きてることさえ知らなかったんだぜ。


「はは……人付き合いクイーンにお褒め頂いて光栄だよ」


 それにしても、この組み合わせは傍目には一体何の繋がりに見えるんだろうな。駅までの道中も今も、帰宅部の生徒や他の乗客達が彼女のキラキラオーラに惹かれて目を向けては、直後に「あとの二人は何なんだ」と怪訝な表情を俺達に向けてくるのが正直辛いんだけど……。


「ねえねえ宮島君、心霊カフェってどんなお店なの?」

「文字通り、心霊好きのお客さんが集まる店。ホラー映画の上映やったり、たまに百物語の会とかやってんの」


 まあ、店に関しては、ぶっちゃけただの真央まお師匠の趣味だったりする。お客さんがガチの心霊ネタを持ち込んでくることも稀にあるので、一応は上の実益を兼ねていると言えなくもないが。


「あっ……てっ店内、暗くて落ち着きますよね……」


 自分だけ黙ったままだと居心地が悪かったのか、ちえりもちゃんと話に入ってきた。相変わらず目線は俺と四月一日さんの胸部あたりをユラユラしているけど。


「そんなお店があったのねっ。心霊繋がりのお店でアミカさんがバイトしてるなんて盲点だったわ、そうと知ってれば私も通ったのにっ」


 悔しいっ、と全然悔しくなさそうに拳を握ってみせる四月一日さん。

 より正確を期するなら、心霊繋がりで神月しんげつアミカがバイトしてるんじゃなくて、の俺達とつるんでるからこそあの人は心霊チャンネルを始めたんだけど……。まあ、細かいことは言わないでおこう。


「一応、動画やってるのは店のお客さん達にも内緒みたいだから、バラさないであげてよ」

「もちろんっ。私、こう見えて口はカタいんだからっ」


 陽キャ女王はそう言って、片手の指でお口チャックのポーズをしてくるが……本当かなあ。なんか、この子に秘密を共有したら、数分後にはインスタやティックトックで拡散されてそうな気がするけど……。

 と、そこで、俺の制服の袖を指先でクイっと引いて、陰キャ女子が一言。


「あっ私も口のカタさは自慢ですよ……お話する相手がいないだけですけどね……ふふっ……」


 ここは「何の対抗心?」と突っ込むべきか、自虐ネタに突っ込むべきか、と俺が一瞬迷った隙には、もう四月一日さんが「浅桜さんっ」と切り込んでいた。


「今日からは私がいるじゃないっ。どんどん秘密のお話聞かせてくれていいのよ?」

「あっえっ……あっその……」


 いや、秘密のお話を漏らしたらダメだろ、というのは置いといて。

 善意100パーセントの友好オーラを浴びせられ、ちえりが逆に萎縮して顔を背けてしまうのはもはや予想の範疇内だった。

 これはどっちが悪いんだろう……なんて俺が考えていると、四月一日さんはふいに声をひそめて、耳打ちするようなジェスチャーで。


「ところで、皆の前では聞かない方がいいかと思ったんだけど……二人はお付き合いしてるの?」


 遠慮するフリしながらズバッと切り込んでくるので、俺は一瞬固まってしまった。

 ちえりも硬直して顔をうつむけているが、ちょっとソワソワした感情が口元から隠せていない。朝は「秘密の関係っていいですよね」とか言ってた気がするけど、たった今、秘密を聞かせてって言われたばかりだし。

 いや、でも、実際のところどうなんだろうな……。なんか勢いで流されてしまってるけど、そもそも俺は霊体のコイツに「今日だけ恋人になってやる」と言っただけで……。その「今日」は昨日で終わったわけで……。

 でも、だからって、せっかく恋人ができたと思って喜んでるコイツを失望させるのも……。


「あー、一応そういう話はしたというか、何というか……」


 心の葛藤のままに、どっちつかずの回答を俺が口にしたところで、ちえりは「えっ……」と前髪越しに俺を見上げてきた。しまった、傷付けたか……?


「お、お付き合いしてくれるって言ったじゃないですか……」

「ま、まあ、言ったんだけどさ」

「わっ私とは……一夜限りの関係だったんですか……」

「どこでそんなセリフ覚えてくんの!? 夜っていうか夕方だし!」


 思わず裏返ってしまった声と、周囲の乗客の白い視線。

 見れば、目の前の四月一日さんも、「えー……」とジトっとした眼差しを俺に向けている。違う違う、誤解を正さないと!


「何もしてないから! むしろ、どっちかっていうと霊体こころだけの関係! 本体からだの方は全く念頭になかったっていうかっ」


 慌てて俺が言葉を並べ立てると、陽キャ女子はぱちぱちと目をしばたかせてから、チャンネルを切り替えるようにカラっと明るい表情に戻っていた。


「よくわからないけど、純愛なのねっ。ステキっ!」

「ああうん、まあ……」


 ちえりはといえば、ふふっと口元を緩ませて。


「あっ、心の関係……純愛……ふふっ、私みたいな陰キャの一兵卒いっぺいそつがリア充に二階級特進してすみません……ふふふふ……」


 ……なんか一人の世界に入ってるけど、喜んでるっぽいから、まあいいのか?



***



 そうした珍道中を経て、営業時間前の心霊カフェに到着した俺達である。


「ふふっ、わっ私はバーターじゃなくて本命……。あっでも……初めて会う人の前で陰キャの醜態を晒したりしたら……特進を取り消されてリア充の階級を剥奪されてしまうぅ……?」

「このドアの向こうに憧れのアミカさんが……きっ緊張するぅ……」


 ちえりはともかく、四月一日さんまで揃って表情を強張こわばらせている光景は新鮮だった。この子にも緊張って概念あるんだ……。


「まあ、取って食いはしないよ」


 ラインで言われた通り、カギの開いている勝手口から店内に入ると――。

 アミカこと新月にいづきさんは、カウンター近くの座席に腰掛け、トラ猫(の体に入った真央師匠)と何やら駄弁りながらジンジャーエールを飲んでいるところだった。

 左右非対称のボブヘアーをさらりとかき上げ、クール気取りのダウナー女子が俺達に一瞥いちべつをくれる。


「やあ、イツキ。見ない間にリア充に二階級特進したそうじゃん」


 何ですかその挨拶……。なに、陰キャとリア充は二階級差って、俺が知らないだけで常識なの?


「見ない間って。こないだバイトで会ったばっかですよ」

「男子三日会わざればナントカって言うでしょ。ふむ、それで、その子達が噂のチェリーさんとクイーンオブ陽キャか」


 俺の肩越しにシャープな視線を向けられ、びくっと震える自称チェリーさんと、その横で目をキラキラさせている四月一日さん。


「ええ、同級生の浅桜ちえりと、隣のクラスの四月一日さんで――」

「はじめましてっ、四月一日わたぬき三葉みつばですっ!」


 さっきの緊張はどこへやら、陽キャクイーンは飛ぶような勢いで新月さんの前に出て言葉を弾ませる。


四月しがつ一日ついたちって書いてワタヌキに、三つの葉っぱでミツバですっ。アミカさんの動画見て背筋凍らせるのが毎晩の日課でっ、特に心霊探訪シリーズは大好きで毎回コメントしてます!」

「ああ、いつも真っ先にコメントしてくる子か……」

「きゃーっ、認知してくれてたんですかっ!? でもなんで名前言ってないのに私だって!?」

「わかるよ。ボクのチャンネルのダークなコメント欄で、毎回、ホラー映画の冒頭で雑に殺されるパリピみたいな日常書き連ねて浮いてるJKなんて一人しかいないから」

「きゃー感動ですっ、憧れのアミカさんがそこまで私のこと分かってくれてるなんてっ! 今日からファン代表、名乗っていいですかっ!?」

「無敵か?」


 普段通りの省エネモードで淡々とファンをあしらう新月さんと、軽くディスられている自覚もなさそうな自称ファン代表。なるほど、これが「厄介」という概念か……。

 新月さんは呆れ顔でこちらを見やり、「それで?」と俺の隣の陰キャ少女に水を向けてきた。


「そっちは面白い自己紹介ないの」

「あっ、ごっご紹介にあずかりました浅桜ちえりです……なっ名前通りの浅くて暗いチェリーガールですみません……」


 なんだそれ。四月一日さんの自己紹介に対抗してるの?


「あっ、チェリーといえば……韓国語でサクランボは버찌ポッチって言うそうで……ふふっ、ボッチな私にはお似合いの名前ですよね……」


 クラ~い感じでよくわからないことを喋っているちえりに、新月さんはクスリと笑いを漏らす。


「とりあえずイツキ、チェリー卒業おめでとう」

「……してませんけど!? 女子の前で何言ってんですか!」


 そんな俺達をジトっとした目で眺めながら、一般客の前ではただの猫のふりをしている師匠は、「にゃあ」と気だるそうに一声鳴いたのだった。



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