第12話 バーター×バーター

 そのまま五分ほど死んでいた(比喩)ちえりだったが、皆が食事を終えようとする頃になって、ハッと生気を取り戻して俺の制服の端をクイクイと引いてきた。


「あ、生き返った?」

「あっはい……。あっあの、それで、そのアミカさんという方は……?」


 会話が苦手なようでいて、案外ちゃんと話は聞いている陰キャ少女である。


「チラッと言ったじゃん、俺の知り合いが変な心霊系チャンネルやってるって。その人のこと」

「あっ……しっ心霊系チャンネル……」


 前髪に覆われた視線が、ぴくりと上げられたような気がした。

 短い付き合いだけど、俺には何となくわかる。これはコイツなりに興味を示した時の反応だ。

 なんなら屋上で話した時も、動画配信の話題が成仏の……もとい本体に戻る切っ掛けだったしな……。


「わぁ、浅桜あさくらさん興味あるのっ? そうよねっ、なんたって本物の心霊体験しちゃった子だものっ」


 四月一日わたぬきさんも、ちえりの僅かな心の動きを感じ取ったようで――いや、この子の場合は、相手がどうだろうと何でも前向きに解釈して話を進めてしまうだけか。

 心霊体験をしたから心霊チャンネルに興味があるだろうという理屈もよくわからないが、まあ、それでこのもと心霊が喜ぶなら何でもいいか……。


「お前、乗り気なの?」


 俺が水を向けてやると、ちえりはコクコクと小さく頷いて。

 なけなしのコミュりょくを振り絞ったのか、四月一日さんの口元あたりまで目線を持ち上げて言った。


「あっあの、わっ私のようなものでよければ……ご一緒します……」

「ほんとっ!? 嬉しいわっ! いつ行けるかしら!」


 ちえりが頑張りに頑張って承諾の返事をするのと同じセリフ量で、もうスケジュールの確認にまで入っている陽キャクイーン。さすがにコミュ力のレベルが子鬼と閻魔様くらい違う。


「あっわっ私はいつでも……」

「よかったぁ。宮島君、アミカさんのご予定って確認してもらえる? 私は今日すぐにでもいいからっ!」

「あぁ、うん……」


 あまりの勢いの良さに流れで返事をしてしまいつつ、俺は箸を置いてスマホを取り出した。


(あんまり俺から連絡するのは気乗りしないんだけどな……)


 神月しんげつアミカこと新月にいづき友子ともこさんは、あね弟子でし鈴鳴りんなさんと同じ高校に通い、俺や鈴鳴さんと同じく心霊カフェでバイトをしているのだが……。

 週に二回くらいしかシフトに入らないレアキャラだし、それ以外の日は放課後どこで何をしているのか全く知らない。とりあえず、シフトインしている日に四月一日さん達を店に連れて行って引き合わせるのが手っ取り早い気はするけど……。


(いや、ちょっと待てよ……店で働いてるのはあくまでの新月さんであって……)


 神月アミカとしての彼女のファンであるこの子を、素の状態の本人に紹介していいんだっけ?

 そのあたりの流儀というか、「仮面」の使い分けの感覚は俺には正直わからない。それも含めて本人に聞いてみるしかないか。


「? どうしたの?」

「あ、いや。後で都合聞いとくよ」

「お願いお願いっ。そうだ、今更だけどライン交換しましょっ。もちろん浅桜さんもっ!」


 相変わらず全語尾に「っ」が付く勢いで、四月一日さんは身を乗り出してID交換の画面を押し付けてくる。グイグイ来る系のラブコメのヒロインかな?

 ウチの陰キャ系ヒロインはといえば、彼女のキラキラオーラに押されてまた萎縮モードに入っているが。


「えっあっあの……らっラインは今、アーロン・マスクに買収されてて……」

「だから、せっかく言ってくれてるのにそれは悪いだろって」


 震える両手でスマホを握って「あぅ……」とか言っているちえりを宥めて、なんとか四月一日さん達とライン交換をやり遂げさせるまでに約三分。

 俺自身も、こんなことがなければ絶対増えなかったであろう女子の連絡先が増えてしまった。これは喜んでいいことなんだろうか……?


「二人さー、いいコンビしてるよね」

「付き合ったらいいんじゃん?」


 四月一日さんの友人達が、茶化しでも何でもない明るさで言ってくる。

 ちえりは「ふふっ……」と口元を緩ませ、何か言いたげに見えたが、それ以上言葉を発する勇気は出なかったようで。


「……も、もうお付き合いしてるんですけどね、ふふふふ」


 と、俺にだけ聞こえる声で言ったのは、学食を出て彼女らと別れた後だった。



***



 新月にいづきさんからの返事のラインが来たのは、次の授業後の休み時間だった。


『今日でいいよ』

『ファンに身バレは普通ならお断りだけど』

『ちえりって子のことはボクも鈴鳴から聞いて気になってた』

『そっちと引き合わせてくれるなら、バーターで陽キャ女王とやらとも会ってあげるよ』


 現役JKながら、スタンプも何も使わない素っ気ないメッセージ。省エネ重視で淡々と喋るいつもの口調が伝わってくるような文面だった。

 隣の席からひょこっと覗き込んでいたちえりは、それを見て「あっ……」と声を漏らしている。


「わっ私の方がバーターじゃなくて本命なんて……ななななんて恐れ多い……」

「しれっと人のスマホを覗くんじゃありません」


 彼女の頭を手のひらで押し戻すマネをしながら、俺は新月さんに返信を打つ。


『それはどうも』

『でも、ガチの仕事上のネタは動画に出さないでくださいね、念のため』


 数秒で「りょ」と返信が来たので、俺はスマホをしまって次の授業の教科書を出しながら、傍らのちえりにしか聞こえないくらいの小声で状況を整理してみる。


「えーとつまり……四月一日わたぬきさんは実質、アミカと引き合わせてもらうバーターで俺達とつるみたい……。当の新月さんは、ちえりと引き合わせるバーターで四月一日さんと会ってもいい……。なんだこれ、俺は一体何の仲介屋なんだよ」


 すると、ちえりは「あっあの……」と言いかけてから二秒ほど黙り込み、普段より小声になって。


「わっ私は……なっナイト君が一緒に居てくれるなら、その人達と仲良くするのも頑張ってみます……」

「お前までややこしいこと言わないでくれって。てか、ナイト君って一過性のネタじゃなかったのかよ」

「なっ、名前呼ぶの恥ずかしいですし……」


 だからナイト呼ばわりの方が千倍恥ずかしいんだって。周りに聞かれてないだろうな?


「名字でも名前でもいいから、せめて実名と絡めてくれるとありがたいんだけど」

「えっと……じゃあ、あの……厳島イツクシマさんで……」

「混ざってる混ざってる。名字が宮島で名前がイツキ」

「あっ……じゃあアッキー君で……」

「だからなんでだよ。『あ』の要素どっから来たんだよ」

「あっ、安芸あきの宮島って……ふふっ……」

「逆によく一瞬で思いつくなそれ!」


 ついつい突っ込みの声がヒートアップしてしまい、この後、周りのクラスメイトからやっぱり夫婦めおと漫才だ何だとイジられたのは言うまでもなかった。



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