第5話 幽霊少女と霊能者

 そうした経緯を経て、翌日。

 その日も朝から神月しんげつアミカの話題を振ってくる有難い同級生達に、適当に応じたりして一日を過ごしつつ……。

 放課後、吹奏楽部などの活動が終わる六時頃まで図書室で時間を潰し、人気ひとけが十分少なくなったのを見計らって、いよいよ噂の音楽室に足を踏み入れた俺は――、


「わっ、私が見えるんですか……」

「ああ、しっかり見えてる。お前を助けに来てやったんだ」


 前髪で目元を隠した陰キャ幽霊と出くわし、冒頭のシーンに至るというわけだった。



***



(そりゃ、幽霊ってのは大抵、陰気なヤツがなるもんだけど……)


 幽霊少女を庇う形で数珠を突き出し、数えきれない悪霊どもの群体が伸ばしてくる腕を必死に押しとどめながら、俺は彼女をチラリと振り返って思う。

 病室のあの子……浅桜あさくらちえりという美少女とは似ても似つかない、どよんとよどんだオーラを纏った立ち振る舞い。この世の全ての災難を自分のせいと思っていそうな、ビクビクオドオドと震え上がった意気地いくじのない態度。

 それなりに色々な幽霊を見知ってきた俺でも、ここまで陰キャ全開の霊は見たことがない。


 ――私達ワタシタチト……一緒イッショニ、ピアノ、キタイデショ……?――


 瘴気しょうきをはらんだ声で彼女をいざなう群体たちにも、ついつい突っ込みを入れたくなるほどだ。


「いいのかよ? この子、協調性とか皆無そうだけど。一緒にピアノとか無理じゃね?」


 自我を失った群体が俺の軽口に応えることは、勿論ないが……。

 代わりに「あっ……」と反応したのは、当の陰キャ幽霊本人だった。


「ふふっ、そ、そうですよね……。わっ私みたいな石の裏のダンゴムシ以下が、なっ仲間に入れてもらおうなんて……」

「お前はお前で、もうちょっと人類としての自信を持てよ」

「あっ、で、でも私、もう死んじゃってますし……。そ、そこらへんのミミズやオケラやアメンボだって……お天道てんとう様の下で立派に生きてるぶん、まだ私より上等……」

「重症だな……」

「ふふっ……重症っていうか、しっ死んでるんですけどね……」


 変な突っ込みだけはコロコロ出てくるところ、ちょっと親近感を抱かないでもないけど。


(……というか)


 師匠謹製の御札おふだを内ポケットから取り出し、群体どもの前に放って障壁バリアを強化しながら、俺は幽霊少女を見下ろして考えていた。


(本当にコイツが、あの子を連れてこうとしてる犯人なのか……?)


 眠れる美少女、浅桜ちえりが何らかの霊障で魂を引っ張られているのは間違いないが……。この内気で陰キャで自己肯定感のカケラもなさそうな幽霊少女に、生者を自分と一緒に連れて行こうとする甲斐性(?)なんてあるんだろうか。


(もし、他に犯人がいるなら……)


 目の前の群体は問題外としても。浅桜ちえりの昏睡の原因を作っているのがこの霊じゃないなら、頑張ってコイツを成仏させたところで、あの子は目を覚まさないってことに……。


「なあ、お前、この音楽室に来た生徒を一緒に連れてこうとしてないか? メッチャ可愛い子なんだけど」


 試しに聞いてみると、案の定というか、幽霊少女はぶるぶると首を横に振った。


「あっ、そ、そんな滅相もない……。わ、私、自分から人に関わったりとか出来ないです……」

「だよな……。じゃあ、一体誰があの子を……?」

「さ、さあ……私に聞かれても……。あっ、で、でも、私がここでピアノ弾いてるとき……こ、ここに来たのは、だっ男子と先生だけでしたよ……」

「……?」


 この幽霊がこんなところでウソを言うとも思えないが……。まあ、噂が事実とは限らないわけだし、浅桜ちえりが音楽室で幽霊を見て倒れたというのは、誰かの想像に尾ヒレが付いていっただけの話だったのか……?


「あっ……あの」


 意外にも今度は幽霊の方から話しかけてきた。俺の服の袖を引っ張るように、白い指をぎこちなくすり抜けさせながら、相変わらずオドオドとした表情で。


「わっ私のこと、たっ助けてくれるって言ってましたけど……。な、なんか期待外れだったみたいですし……や、やっぱり、こんな、生きてる時から死んでたみたいな無価値な人間……だっ誰も助けてくれないですよね……」

「別にそんなこと言ってねーから!」


 反射的に声を張りながら、俺は少し自分を恥じていた。

 あの美少女の霊障の当事者がコイツじゃないなら、頑張ってコイツを成仏させたところで……という思いが、心のどこかによぎっていたのは否定できない。いや、よぎるどころか、こんなコミュ障ちゃんにも見抜かれてしまうほど態度に出てしまっていたのか。


(いや……コミュ障だからこそ、自分が突き放される気配に敏感なのか……?)


 いずれにしても、我ながらどうかしていた。

 そもそも、コイツが群体に取り込まれて悪霊の一部と化してしまう前に救ってやるのが俺の使命。被害者の美少女云々はあくまで二の次なのに。

 と、その時、


 ――ピアノ、一緒イッショニ――!


 ばちっと霊気の火花が爆ぜて、障壁バリアの一部が群体の腕に突き破られた。


(! まずい――)


 数珠を握る手に力を込め、俺は必死に群体どもの瘴気しょうきを押し返す。背後で幽霊少女の声がした。


「あっ……や、やっぱり私……こ、ここで死ぬんだ……死んでるけど……。こ、このまま……友達も恋人もできないボッチのまま、だ、誰にも愛されずに死んでいくんだ……ふふっ、もう死んでるけど……!」


 なんて悲観的で自己肯定感のないヤツ。

 そんなこと言われたら、意地でも死なせられないじゃないか。いや死んでるんだけど……!


「安心しろ、お前をこんな悪霊どものお仲間になんかさせない。――婆娑羅ばさらおん摩利支まりしえい娑婆訶そわか!」


 真言しんごんと共に突き出した俺の両手が、霊気の光を放って群体を押し返す。


「えっ……つよ……」


 と幽霊少女の声。だが、こんなのは一時しのぎに過ぎない。この規模の群体を除霊するには、もっと効果的な手段で敵の瘴気を抑え込まければならない。

 さてどうする――と視線を巡らせたところで、幽霊が弾いていたピアノが目に留まった。


「おい幽霊、お前、死んでまでピアノにご執心しゅうしんってことは、それなりには弾けるんだよな!?」

「あっ……は、はい、クラシックからポップスまで、ゆっ有名な曲は大体弾けます……あっあとアニメの主題歌とか……」

「地味に凄いな……」


 このタナボタを活かさない手はない。音楽に悪霊をはらう力があるのは平安時代からの常識だ。


「よし弾け、とびきり明るいやつを! それで群体コイツらを弱らせる、その隙に俺がトドメを刺す!」

「あっえっ……あれ、でも、なんで人の体はすり抜けるのに鍵盤は押せるんでしょうね……」

「今気にすること!?」


 幽霊ってのは昔から、ピアノの鍵盤は押せるしカメラのレンズには映るって相場が決まってるんだよ。

 ずるっと肩を落としかけた俺の後ろで、幽霊少女はもぞもぞとピアノの椅子に這い上がり、白い両手を鍵盤に添えていた。


「あっ、じゃあ、RAPWINDSラップウィンズで『僕の名を』主題歌……『来迎らいごう来世らいせ』……」

「お、おぉ……思ったよりはっちゃけたチョイスを……」


 そして彼女は弾き始める。数年前に一世を風靡したアニメ映画の主題歌、そのアップテンポなイントロを、機械が弾いているかのような寸分の狂いもないリズムで。


(いや、どうでもいいけど、メチャクチャ上手いな!?)


 その巧みな演奏のためか、明るく激しい曲調のためか……フレーズが進むたびに、群体どもが目に見えて苦しみ、瘴気を抑え込まれていくのがわかった。

 今なら障壁バリアを解いても大丈夫、ここで決める!


おん阿毘哆耶あびてや摩利支まりし娑婆訶そわか!」


 摩利支まりしてんの加護を受けて放つ本気の一撃。陽炎かげろうを立ち上らせてほとばしる霊気の熱風が、苦痛にゆがむ群体どもを一瞬にして吹き飛ばした。


「……ふう」


 一息ついて振り返ると、そこには椅子から滑り落ち、なぜかブクブクと口から泡を噴いている幽霊少女の姿。


「えっ、なんでお前まで死にそうになってんの!?」


 いや死んでるんだけど、と脳内セルフツッコミしながら一応駆け寄ると、彼女はお決まりの「あっ……ふふっ……」という自嘲めいた笑みを漏らして。


「あっあの映画、イケメンと美少女がくっついて終わる胸キュンストーリーなの思い出しちゃって……。そ、それに引き換え、わっ私は恋人の一人も出来ずに死んじゃったんだなって思ったら……」

「引き換えるな引き換えるな、フィクションとリアルの人生をっ」

「ふふっ……ど、どうせ私は、リアルを充実させられないまま砕け散った哀しき彗星……だっ誰にも名前を聞いてもらえない無価値な存在……」

「うん、映画の内容に絡めてなんか上手いこと言おうとする元気があるなら大丈夫だな」


 ――さて、あとは、この子をどうやって成仏させてやるかだ。

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