第4話 眠れる美少女
「それで、なんで
「女の子の病室に男子が一人でお見舞いなんて不自然じゃん。学校の外での動きはあたしにも手伝わせるって、お姉ちゃんも言ってたでしょー」
「まあ、そうですけど……」
「今日は元々、カフェのシフトも入ってなかったしねー」
転校初日の放課後。霊障で昏睡状態になっている子がいるらしいという情報を師匠達に共有していた俺は、業界のツテで秒で突き止めた入院先の病院に、早速調査に訪れたのだったが……。
この手の事件で何度も出入りしている総合病院。勝手知ったるリノリウムの廊下を歩く俺の隣には、姉弟子の
「それにしても、入院患者のプライバシーとか無いんですかね? この病院」
「イヤイヤ、何でも教えてくれるわけじゃないよ? 霊障関係の疑いがある患者さんだけ。
そんなヒソヒソ話をしながら辿り着いた個室の前には、「浅桜ちえり様」というネームプレートが小さく掲示してあった。
「アサザクラさん?」
首をかしげる鈴鳴さんに、俺は学校での
「アサクラさんって言ってましたよ。
変な名前だな、と危うく口を滑らせかけたとき、横開きの扉が中からカラリと開けられた。
「あら……?」
俺達を見てかすかに困惑の表情を浮かべたのは、線の細い中年の女性だった。入院している子の母親だろうか。
「ごめんなさい、看護師さんが来たのかと思ったわ」
「いえっ、あたし達、ちえりちゃんのお見舞いに」
今知ったばかりの下の名前をちゃっかり呼んで、鈴鳴さんが即座にソツのない受け答えを見せる。こういうときの演技力は俺も見習わないとな……。
母親らしき女性は、「あらあら、ありがとう」と優しい声で微笑みかけ、俺達を病室に迎え入れてくれた。
目の下のクマが目立つ憔悴しきった表情に、無理して作ったような笑顔……。
「ちえりちゃん、お友達が来てくれたわよ」
女性が呼びかける先、真白いシーツに包まれて眠っているのは、黒い髪と白い肌をした一人の少女。
(……!)
その寝顔を見た瞬間、俺はハッとして言葉を失ってしまった。
誰かの手で前髪を整えられ、安楽死したかのような穏やかな表情で眠り続ける彼女は、目を閉じた状態でもハッキリとわかる端正な顔立ちで――。
端的に言って、メチャクチャ可愛かったからだ。
「ちえりちゃん」
……と、数秒ほど固まっていた俺の意識は、少女の名前を呼ぶ鈴鳴さんの声と、さりげなくトンと腕を小突いてくる仕草で現世に引き戻された。
そ、そうだ、この子の親が見ている前なんだ。友達のお見舞いという体裁で来たんだから、この子のことは前から知っていたような態度を作らないと……。
「……
とりあえず、姉弟子の例にならって、立場的に自然そうな呼び名でその子に呼びかけてみる。演技でやっているだけなのに、なぜかそれだけでくすぐったいような気がした。
「二人は、ちえりちゃんの中学の時のお友達とか?」
母親らしき女性が横から聞いてきた。鈴鳴さんのブレザーが他校のものだと気付いたのだろう。
「あたしは他校の友達で、趣味繋がりっていうか」
「おれ……僕は、一応、高校の同級生です」
名簿上、この子と俺は今日から同じクラスの一員になったのだから、ウソは言っていない。姉弟子のほうは完全にウソだけど……。
女性は俺達を疑う様子もなく、どこか安心したように「そうなの」と呟いた。
「この子、中学の時から、学校の話とか全然しないから心配で。でもよかった、ちゃんとお見舞いに来てくれるお友達がいたのね」
「はい、でもスミマセン、来るのが遅くなっちゃって――」
鈴鳴さんが女性と話してくれている間、俺は無意識に、浅桜ちえりという同級生の寝顔に再び目をやっていた。
血の気の通わない真っ白な頬。静かに閉じられたままの
だけど……。さっきはあまりの可愛さに気を取られて意識がそっちに向かなかったけど、この子は……。
(魂が、どっかに引っ張られてる……)
陽キャ女子の噂話が事実なら、この子は音楽室で幽霊を目撃し、それから昏睡状態になったという触れ込みだけど。
(ピアノを弾く霊とやらが、この子を連れてこうとしてるのか……?)
これに似たケースを前にも見たことがある。
元凶の霊をなんとかしない限り、この子が生きて目を覚ますことは永遠にない。
「イッツー」
小さく呼ぶ声。俺が振り返ると、鈴鳴さんも俺と同じことに気付いているようで、コクリと小さく頷いてきた。
被害者サイドの調査は終了。面会時間は十五分しかないし、ボロを出す前に撤退だ。
「そうだ、せっかく来てくれたんだし、お茶でも入れるわね」
思い出したような女性の発言を、鈴鳴さんが「いえ」と柔らかな声で遮る。
「あんまりお邪魔したら悪いですから。ちえりちゃん、早くよくなってね」
「そう……二人とも、今日は来てくれて本当にありがとね」
この優しそうなお母さんをダマしているのは悪いな……と思いながらも、俺は姉弟子に続いてぎこちなく頭を下げ、
「じゃあ、浅桜さん……また」
何が「また」なのか自分でもわからないまま、眠れる美少女にそう声をかけて病室を出た。
***
「イッツーさぁ」
病院を出て、夕暮れの街路を駅へと歩く中、鈴鳴さんが乾いた声で言ってきた。
「事件の被害者に一目惚れとか、シャレになんないからね?」
「っ!? な、何のことですか。俺はただ、あの子の魂が持ってかれそうなのを見て……」
「目覚めて笑顔になったらアイドル級に可愛いんだろうなー、とか思ってたくせに」
俺の弁明なんてハナから聞く気がないとばかりに、姉譲りのジトっとした目を俺に向けてくる姉弟子。
「ダメだからね、除霊に成功してあの子が目を覚ましても、自分が助けたーなんて言ったりしたら」
「わ、わかってますよ。ジョーシキじゃないですか、そんなの」
ムキになって言いながら、その言葉に胸が締め付けられるような気がした。
姉弟子に釘を差されるまでもなく、俺だってわかっている。
今回の心霊現象が解決すれば、あの子は教室に――俺の隣の空いた席に戻ってくるだろうけど、ただそれだけだ。俺が霊を
というか、俺の転校自体、この案件のためだけのものだし。あの師匠のことだから、すぐまた別件で別の学校に行かされるかもしれない。そうなったら、結局あの子とは顔を合わせることもなくお別れってことに……。
ハァ、と俺がわかりやすく溜息を吐いてみせると、鈴鳴さんは「なにさー」と横から口を尖らせてきた。
「
「キュートな幼馴染? どこにいるんです?」
一応断っておくと、今のは心霊カフェの上のマンションに師匠ら姉妹と俺がそれぞれ別に住んでいるという話で、断じてこの自称キュートな幼馴染氏と俺が寝食を共にしてるってことではないのだけど。
「そーゆーこと言ってると、あたしも悪霊に引っ張られて死んじゃうよー」
「そしたら、目の上のナントカが消えてちょうどいいですね」
「ああ言えばこう言う……。まったく誰に似たんだか」
「毒舌な幼馴染にじゃないですか?」
そんなお決まりの丁丁発止を繰り広げながら、俺は一つの決意を固めていた。
俺自身がお近付きになれようとなれまいと、とにかく今回の除霊は、あの子を助けるためと思ってしっかりやろう、と……。
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